第1話 俺の名は、

文字数 6,960文字

 俺の名前は、回胴 渡。安アパートに一人暮らしの22歳。外見は、これと言って目立った特徴もなく、可もなく不可もなく、普通だ。正格は、優しいと言われることが多いけど、実は、優柔不断でいい加減なだけ。去年、通っていた3流大学を留年して以来、学校に行かなくなり、多分、来年は退学になっちゃうかも。でも、まあ、それならそれでしょうがない。そん時はそん時で、何とかなるっしょ。学校に行かないで、普段何してるかって?そりゃ、なんと言っても、唯一無二の趣味と言って良い、『パチスロ』を打っている。朝9時から並び、閉店の22時半まで休憩45分を除き、ひたすらレバーを叩く。それを、ほぼ毎日やってるもんだから、自分でも頭おかしいんじゃないかと思う。完全に、ギャンブル依存症だ。
 今日も今日とて、パチンコ屋に来て、パチスロを打っていた。今、打っている機種は、『ミリオネア・ゴッヅ』という、神をモチーフにした、なかなかハイリスクな台である。ハイリスクであるがゆえ、出玉が伴う時は、かなりの出玉に期待できる。特に、当たりから次の当たりまでの規定ゲーム数に達した時、いわゆる天井まで回すと、とんでもなく出玉が出る可能性がある。

「(神様、仏様。何でもするから!頼む、頼むぞ!)」

 俺は、心の底から願わずにはいられなかった。
 現在、カウンターに表示されるゲーム数は1495G。天井の1500Gまで、あと5Gだ。天井まで、あと、5回、レバーを叩き、当たりを引かなければ、最強の出玉のチャンスとなる。このゲーム数にもって来るまで、諭吉の札を、もう5枚、現金投入している。しかも、それは、借りているアパートの今月分の家賃だった。実家から送金してもらったもので、両親にもう一度、振り込んで欲しいなんて、死んでも言えない。是が非でも、天井に行ってもらうしか道はないのだ。
 当たりを引く恐怖におののきながら僅かに震える拳を持ち上げ、強引にレバーを叩いた。
 特に、液晶画面に演出などなく、第一停止ボタン、第二、第三と押し、液晶画面に表示されたのは、〈846〉という秩序のない数字だった。
 ひとまず、安堵の一呼吸を置く。

「(ここまで来れば、ほぼ大丈夫だ。これまで当たりを引きそうな演出もなかった。あと、たった4G)」

 そう心に諭しかけ、勇気を振り絞り、再び、拳を持ち上げた。
頭と顔には、普段出ない粘度の高い油が滲み出て、背中には冷ややかな冷気を当てられたような寒気を感じる。鼓動は早く、思考に落ち着きがない。
覚悟を決め、鈍くなった脳から神経を伝い、電気信号を拳に送り込み、一気にレバーへと振り下ろした。
 瞬間。

゛ドギュオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!”

「!!!」

 突然、ミリオネア・ゴッヅから出た、大音量の効果音に、一瞬、ビビり捲る。
 見ると、液晶画面には、大地に大きな槍が刺さった演出が表示されていた。

「嘘だろ、まさか・・・」

 そう呟きながら、震える親指で、第一停止ボタンを押す。

〈3ーー〉

 更に、第二停止ボタン。

〈33ー〉

 第三停止ボタン。

〈333〉

 と同時に、またしても大音量の音が、耳をつんざく。

゛パラリラパラリラパラリラパラリラ・ジャッジャジャーーーン・チャラチャチャーーーン”

 チーン。頭の中だけで、そっと別の音がした。
 ミリオネア・ゴッヅで天井狙いをしたものの、僅か4Gを残し、当たりを引いてしまったのだ。

「(ふざけるなよ! あと、4G。4Gだけだぞ・・・。ウギャーーーーーーー!!!)」

 ここまで持ってくるまでの労力と時間、プラス五万円が一度に消失し、俺はもう、頭の中で発狂した。
 しばらく、すると、頭が冷え、正気を取り戻したが、今度は、膨大な虚無感に襲われ、俺は、額をパチスロ機に乗っけながら、ただただ、真っ白に燃え尽きていた。




 気が付くと、目の前には、白色しか見えなかった。
 それは、立ち込める霧のせいだと気付くのに、そんなに時間はかからなかった。しかも、それは、ただの霧ではなく、見たこともない光輝く霧だ。

「(ここは、いったいどこなんだ?)」

 俺は、その霧の中、棒立ちになりながら、呆けた頭で、徐に思考し始めていた。
昨日は、パチスロでしこたま負けてフラフラになり、その後、パチンコ屋を出て、コンビニに立ち寄り、財布に残った小銭でおにぎりを二つ買った。それで、アパートに帰って来て、そのおにぎりを食べて、風呂にも入らず、ふて寝したはずだったが・・・。

「と言うことは、これは夢か?」

 そう、呟いた時。
 立ち込めていた、光る霧が、一気に消滅した。そして、目に現れたのは、鏡のように反射する床が地平線まで伸び、その地平線から上は、広大に広がる真っ青な空であった。
 俺は、驚いて、周りを見渡した。すると、自分が何かに囲まれているのにすぐに気付いた。
 白装束に様々なお面を付けた、少し背の高い人のような形のものが5人。その、存在感と貴賓から、高貴なものであることは不思議と感じとれた。

「左様、その通り、ここは、そちの夢の中じゃ」

 俺は声のした、後ろを振り返った。そこには、おたふくのようなお面をかぶった白装束の人の形をしたものが立っていた。

「あなた達は、いったい何者なんですか?」

「我々は、おぬしの世界の者からは『神』と言われる存在だ。」

 今度は、左前にいた、存在から声を聞き、慌てて前方を振り返った。そこには、仙人を思わせるようなお面をつけた人形がいた。

「神、神様ですって?確かに人ではないような感じはしますが・・・。じ、じゃあ、その神様が、何で俺なんかの前に現れたんです?」

「そう、それなんです。あなたをこの世界に呼び出したのには、訳があるんですよ。
 実は、あなたにやってほしい事があるんです」

そう言ったのは右手前方にいた、狐をイメージしたお面の白装束だ。

「俺にやって欲しい事?神様から頼まれる俺に出来る事なんて何もないと思うけど。そもそも、何で俺なんですか?」

「お前は、昨日、我々に何でもやるからお願いしますと願ったではないか。それに答え、お主の運気を一時的に上げてやったのだ、有り難く思い、命に従うが良い」

 左後方にいた、怒れる仁王様を思わせる面をした白装束の神様から言われ、俺は、キョトンとした。昨日、神様にお願いしたことなんてあっただろうか?確かに、ミリオネア・ゴッヅの天井狙いをしている時に、『神様、仏様。なんでもするから・・・』と願いはしたが、結局、天井まで到達できなかった。
 いや、待てよ。今、神様は、『運気を一時的に上げた』と言った。もしかして、天井に到達する前に当たっちゃたのって、もしかして・・・。

「神様、ひとつ質問なんですけど、パチスロのミリオネア・ゴッヅの天井ってご存知ですか?」

「なんじゃい、それは?そんな些細なこと、我々が知るわけなかろう。ようは、運気を上げれば良いだけの話じゃろう。我々も鬼ではない。しばらくついてない人間には、度々、運気の底上げをしてやっておる。」

 これを聞いて、神様だと知りつつも俺は叫んでいた。

「天井になる直前に当たっちゃうのって、あんたらのせいだったんかーーーい!!!」

「なんじゃ、当たって良いではないか。当たりが来ないより、よっぽどましじゃろう」

「いや、パチスロは、ただ単に、当たれば良いというものではなく、当たるタイミングというものが重要で、例えば、ミリオネア・ゴッヅでは、ART当選から次のART当選まで1500Gを到達すると天井というものになり、50%の確率で80%ループのARTが期待できて」

「待て待て、お前のいう事は、さっぱりわからん。なんじゃARTと言うのは」

「ARTというのは、アシストリプレイタイムの略で、リプレイとベルが高確率になる状態で・・・」

 仁王様のような面をした神様と言い争っていると、狐の面の神様が割り込んで来た。

「まあまあ、その辺で。御覧の通り、我々は、パチスロに関して、何の知識も持ち合わせていないのです。元々、あれは、昔、悪魔がいたずらに作った機械で、我々の支配する範疇にはなかったものなのです。しかし、世の中には、パチンコ店が溢れ、その数は激増しました。さらに、ここ何十年かの間に、小さなお社のようなものをパチンコ店に大量に設置し、『神よ来い、神よ来い』と信望する人が続出し、我々も無視できる状況ではなくなって来たのです。」

 これを聞いて、俺は、思い当たる節があって、それを思い浮かべた。ミリオネア・ゴッヅを含むゴッヅシリーズ。確かに、ゴッヅを打っている時は、『ゴッヅ来い、ゴッヅ来い』と願っている。これが、日本中のパチンコ屋で、何百万とある設置台数分、願われているとしたら、どれだけ膨大な信望力(?)となりうるか。

 すると、狐の面の神は続けた。
「そこで、我々は、新たに『パチスロの神』を設けて、この信望心に対応することにしました。今までしなかった全く新しい試みです。ですが、パチスロについて良くわかっていない我々に、すぐにそれを造ることは、できませんでした。
 ここで、あなたにお願いです。回胴 渡。どうかパチスロの事を、我々、神に教えてくれないでしょうか?」

 俺は、神にこう言われ、正直、戸惑った。パチスロの事を教えるのは構わないが、その相手が神様だというのだから、責任重大だ。そんな、重要な事を、俺がしてよいのだろうか。それに、正直、面倒くさい。

「なにも俺なんかに頼まなくても・・・。」

難色を示す俺に、仙人の面が答えた。
 
「なに、只でやってもらうと言うわけではない。もし、これを引き受けて、パチスロの神を創造できたなら、おぬしの願いをひとつだけ叶えてやろう」

「えっ?! それって、何でも良いんですか?例えば、パチスロの引きをもっと強くしてくれるとか」

「良い良い。物理的な事以外なら、何でも叶えようではないか」

 これを聞いて、俺の頭の中は、パァっと明るくなった。

「やります! いや、是非とも俺にやらして下さい!!」

すると、暫し間を空け、タイミングを計ったように、神様達の全員が同時に頷いた。

「いいでしょう、では、パチスロの知識を私達に教えるという役目、あなたにやって頂きましょう。」

「はい、頑張ります。」

 そう、俺が答えると、最後に左手前方にいたひょっとこの面をした神様が軽口でこう言った。

「じゃあ、よろしくな!」

 そう聞いた直後、神々はおろか、鏡のような床も青空も、一瞬のうちに消失し、俺は暗い闇の中に落下して行った。




「うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、あっと!」

 俺は、そう喚きながら、何かに捕まろうと手を伸ばし、上半身を上げたところで目を覚ました。

「ああ、ビックリした。死ぬかと思った。」

 まだ速足に鼓動を続ける心臓付近を、手を当てて、無事であった事を確認する。

「それにしても、夢にしては、やけにリアルな夢だったな。記憶もはっきりしているし。」

 しかし、見ると目覚まし時計は、8時半を示し、しっかりと、いつもよりも長い時間、寝ていたことがわかった。

 疑問はさておき、ふうと一呼吸おいて、鼓動が収まるのを待つ。

 すると・・・・・・。

ピンポーン

 玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。

「(誰だ?こんな朝っぱらから。俺は今、目が覚めたばかりだぞ、面倒くさい。無視しよ、無視。)」

 すると、すぐに、チャイム音がした。
 俺は、無視を決め込んだが。だが、チャイム音は続いた。

ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・ピンポーン・
・・・・・。(繰り返す)

「(だあああああああああ、五月蠅い!!!)
 俺は、思い腰を上げ、玄関扉の前までやって来た。築38年の安アパートであるが故、来客を写すモニターなどはないのだ。相手に気付かれないように、そっと、覗き穴から外側を見た。
 ・・・・・・、誰もいない。しかし、今も、チャイムの音は鳴り止まない。

「(???)」

 不信に思いつつ、少し考えを巡らせたが、何も浮かばず、俺は、玄関をちょっと開けて、隙間から外側を見る事にした。

 聞こえないように、鍵を慎重に開け、扉のノブを慎重に回した。

 と、次の瞬間、強引にドアが外側に引っ張られて、隙間だけ開けるはずだったドアが、見事に全開まで開かれてしまった。そこに居たのは・・・。

 セカンドバックを小脇に抱え、頭が少し禿かかっている中年男性。知っている顔、ここの安アパートの大家さんだ。どうやら、玄関口の覗き穴から見られないように、壁に張り付きながらインターホンを押していたらしい。

「おはよう、回胴くん。朝早くに申し訳ない。早速だけど、今月分の家賃、まだ、振り込まれてないんだけど」

「すみません、大家さん。ちょっと、今、金欠でして・・・。ら、来週には、払えると思うんで、ちょっとだけ、待ってもらえませんか?」

「ちょっと、回胴くん、先月も、そんなこと言って、結局、払ってもらったのは、月末じゃない。本当だったら、前月に払い込んでもらわないといけないのが、1か月も遅れているんだよ」

「はい、本当にすみません。来週、絶対、絶対に振り込むんで・・・」

「もう、私も、こんな風に取り立てにくるのも嫌なんだよ。わかるかい?」

「はい、すみません、すみません」

「来週、絶対だね。もし、振り込まれていなかったら、ここを出て行ってもらうからね」

「・・・・・・、はい」

「ん?今の、沈黙の間は、なんなの?」

「いやいや、何でもないですよ。何でも。来週、必ず振り込みますんで」

「フンッ! 全く、しょうがないね。近頃の学生は、こんなにいい加減で、済むのかねえ。全く、もう」

 大家さんは、最後に嫌みを込めて、吐き捨てると、背中を向け、帰って行った。

 玄関を閉め、部屋に戻ると、俺は、両膝を床につき、目に両手の平を押し当てた。

「(家賃は、昨日、全部、パチスロにつぎ込んでしまった。来週、どうしよう・・・)」

 後悔と絶望に身を費やすしかなかった。
 と、その時。

ピンポーン

 また、玄関のチャイムが鳴った。

 俺は、凍り付いた。また、大家が、嫌みを言い足らず、再び、来たのかと思った。
 また、取り立てと、嫌みを聞かなければならないと思うと、足が玄関に向かおうとしなかった。しかし、一度、顔を合わせているので、居留守も使えない。いや、だが、もう、顔を合わせたくない。

ピンポーン

 再び、チャイムの音。

 俺は、心の中の葛藤を諦め、玄関口に向かった。そして、再び、玄関を開いた。

「!」

 扉を開き、そこに現れたのは、予想していた中年オヤジではなかった。そこにいたのは・・・。

 それは、かわいいと言うより、美しいと言った方がより適切であった。背の高さは、小学生くらいだが、その美しさは少女という領域を完全に陵がしている。背は低いが、とても子供とは思えない。見た者に、一瞬にして気品のある一流の者である事を印象付ける外観をしていた。特徴的なのは、髪の毛の色が、真ん中から、左右分かれていて、左側は、金髪が煌めき、右側は漆黒の黒髪をたなびかせる。着ているものは、古代エジプトの王族が身に着けるような、煌めく衣装を纏っていた。
 俺は、突然、現れたこの美しい少女に、一時、目を奪われた。
 と、次の瞬間。

ガンッ!

 俺は、あまりの激痛に声を出すことが出来なかった。
 その美しい少女が、いきなり、俺の股間を蹴り上げたのだ。
 激痛を耐え兼ね、ずるずると、膝を落とす俺に向かい、その少女は、こう言った。

「開けるのが遅いのじゃ、このボケナス!わざわざ、女神が、下界に降臨してやったのじゃ。有難く思い、さっさと、仕事せい!」

それに対し、俺は、「お・お・お・・・」と、痛みに耐える、苦悶した呻き声しかあげられなかった。
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