第7話 妹、乱舞。

文字数 2,710文字

 俺と女神様は、小さなおっさんの件があった後、一度、仕切り直そうということになり、安アパートへ戻ることにした。
 小さな上り道を歩き、アパートが見えて来た頃、そこに見慣れない風景が飛び込んで来た。安アパートの前に、小型のトラックが止まっていたのだ。普段、宅急便の車は頻繁に止まっているが、無印のトラックは珍しい。
 不信に思いつつも、部屋の前の通路に差し掛かると、今度は、自分の部屋の玄関が開いているのに気付いた。

「こちらにお願いしまーす」

 見ると、部屋の中から現れた、妹の恵が、トラックの業者と思われる人達を手招きしていた。

「なんじゃこりゃ?」

 俺は、思わず声が出てしまった。
 と、その時、恵が、俺と女神様が帰って来たのに気が付いた。

「あ、お兄ちゃん、お帰りなさい。今、引っ越し中なの。私も一緒に住むことにしたから」

「な、何だって?! そんなの聞いてないぞ」

「うん、言ってないもん」

 あっけらかんと言う妹に、しばし、言葉を失った俺。

「もし、ダメって言うのなら、お母さんにセトさんの事、ちくっちゃうからね」

「ぐっ」

 悪戯っぽくニヤリとした恵に俺は、何も言い返すことは出来なくなり、運び込まれる荷物を、ただただ、傍観するだけだった。




 俺は、引っ越しの荷物のおかげで、足の踏み場もなく狭くなった部屋の中で、どうにか座れるスペースを見つけて、そこに座っていた。女神様も、同様に、ダンボールが積み重なる部屋の中、何とか自分の収まるスペースを見つけ、そこにはまるように座っている。この状況を生み出した妹の恵はというと、玄関口で引っ越し業者が帰るのを見送っていた。
 恵は、引っ越し業者が見えなくなるのを見届けると、玄関口を閉め、部屋の中に入って来た。

「恵、ちょっと、そこに座りなさい」

 俺は、ところ狭しと置いている荷物の中、人ひとり分、座れそうな場所を指した。恵は、何も言わず、素直にその場所へちょこんと座った。

「一体全体、何を考えているんだ?一人暮らしの兄の部屋に引っ越してくるなんて」

「別に、良いじゃない。兄弟なんだし、問題ないでしょ」

「いや、問題あるだろ。この部屋の中の荷物の量を見て何も思わないか?」

「なによ、狭かった部屋が、もうちょっとだけ狭くなっただけじゃない。大差ないわ」

「いやいや、ちょっとじゃないだろ、この状態は! 何よりも、兄弟といっても、お前は女で俺は男だぞ。それで良いとお前は思うのか?!」

「それを言うなら、お兄ちゃん、妹は悪くて、セトさんは良いってこと?それって、おかしいよね。妹と暮らすのがダメで、赤の他人なら良いなんていうの、それって、おかしいよね!」

「ぐぬぬぬ、セト様は、行くところがないから、しょうがないんだ。お前と違って。
 大体、お前、高校はどうするつもりなんだ、まさか、休学しようって分けじゃないだろうな?」

「高校なら、ちゃんと通うわ。通学に片道2時間。朝の5時に起きれば、余裕で間に合うから、大丈夫。もう定期券も買ってあるし気にしないで」

「こんな事、母さんが許すものか!」

「お母さんなら、もう、了承済みよ」

 俺は、妹ながら、この恵の行動力の凄さに、度肝を抜かれていた。大体、今朝方、自宅に帰宅したはずなのに、荷物をまとめ、引っ越し業者を手配し、即日、引っ越しを実行してしまうなんて、並みの人間ではおよそ出来まい。さらには、定期券の購入や、母親への了承など済ましているとは、何とも抜け目のない妹だ。

 俺は、共に暮らすのを反対する為、理由を考えて、一時、口を閉ざしていると、女神様が、代わりに口を開いた。

「引っ越してこようが、こまいがどうでもよいではないか。ガミガミと五月蠅のう」

 すると、恵の怒りの矛先が、女神様に向いた。

「何言ってるんですか! 大体、あなたがここに住むなんて言うから、私がこんなに苦労してるっていうのに!」

 女神様は、こう言われ、カチンときた。

「ああん?!誰も、ここに住みたいなどど言ってないわ!ワシは、別に漫画喫茶でも、野宿でも良かったんじゃ!」

「女の子が、漫画喫茶なんてダメです! 野宿なんて、なおさらです!!!」

 二人は、不穏な雰囲気になり、目と目の間には、火花が散った。

「まあまあ、二人とも落ち着いて」

 そう、なだめるように言うと、

「お兄ちゃんは、黙ってて!」
「貴様は、   黙っておれ!」

 と、同時に、ハモりながら言われてしまい、俺は小さくなることしか出来なかった。




 時刻は、深夜1時。
 俺は、アパートの古びた天井を見て、眠れぬ夜を過ごしていた。
 部屋の中には、引っ越し荷物が溢れ、3人分の布団をひけるような面積は全くなく、ひける布団は、俺のものひとつだけであった。仕方がなく、その布団ひとつに、3人。狭い川の字のような体勢で寝ることにしたのだった。
 ふと、左の方を向く。
 そこには、この世のものとは思えない、半分金髪と半分黒髪の美少女が、寝息を立てていた。距離は、人ひとり分もなく、少し、顔をあげれば、その麗しい唇に触れてしまいそうだった。
 俺は、ゴクリと唾を飲み込み、今度は、右の方を見た。
 そこには、妹の恵の顔がすぐ近くにあった。女神同様、目を閉じ、寝息を立てている。しかし、妹といっても、少女から大人になるわずかの間に現れる、独特の色気を漂わせていた。濡れる唇に、憂いゆ瞼。その口から洩れる、寝息は、俺の顔に届きそうであった。
 俺は、心臓が、ドキドキ鼓動する感覚を感じながら、天井を見て、落ち着きを取り戻そうとした。
 と、その時、恵が動いた。

「お兄ちゃん・・・、むにゃむにゃ・・・」

 そう言いながら、太ももを俺の足の上に絡めながら、抱き着いてきた。そのせいで、高校生とは思えない豊かな胸の膨らみが、俺の顔を包み込み、そのやわらかな感触を頬に伝えた。また、それと同時に、若い肢体の暖かい体温が俺の中に流れこんできた。
 俺は、カチガチに緊張させながら、体を硬直させた。
 すると、今度は、左側にいた女神様が、寝返りをしたはずみに、体をこちらへ転がした。
 女神さまの体は、細見に見えたが、実は柔らかく、俺の左胸の上へと乗ってしまった。体は、軽く、心地よく、その美しい顔は、俺のそれと目と鼻の先であった。そして、その唇からは、「う・う~ん」と艶っぽい声がした。

「こりゃ、蛇の生殺しだな・・・」

 俺は、そう呟き、押し寄せる己の欲望と、一晩、戦う覚悟を決めた。
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