第9話 豪運寺 紗栄子という女
文字数 3,084文字
「随分と久しぶりじゃない、渡。連絡もくれないし、元気にしてた?」
『豪運寺 紗栄子』だと言った女は、高飛車にこう言ってきた。
「ああ、元気にしてたさ。お前に振られて、ダメージを受けた以外はな」
「私に振られてダメージを受けたって?本当かしら?本当は、そんなのも忘れて、またパチスロ打ってたんじゃないの?」
「うっ・・・」
俺は、図星を抜かれ、言葉につまってしまった。
それを見て、手の平を上に向けて、やれやれといったポーズをとった紗栄子。
「やっぱり、ね。相変わらずのパチスロ狂ってところかしら。あなた、ひとつも変わっちゃいないのね。残念だわ」
「・・・・・・」
何も言えず、俺は、下を向いてしまった。
「ところで、何で、わたしがここに呼ばれたのかしら。あなた、まさか・・・」
こう、言ったところで、俺は、思い切り膝をおり、地面に額を付けた。いわゆる土下座である。
すると、紗栄子は怒りを露わにした。
「あなた、本気で言っているの?わたしが、どれだけパチスロを恨んでいるか、分かっているの?パチスロさえなかったら、今でもあなたと・・・」
紗栄子がそう言うのを、俺は遮り、地面に額を擦りつけながら言った。
「そこを何とか、頼む。これ、この通り!!!」
それを見た紗栄子は、一瞬、ためらうよな仕草をして、その後、呆れたようにため息をついた。
「はあ・・・」
俺と女神様は、パチンコ店の中にいた。もちろん、呼び出していた豪運寺 紗栄子も同じく店の中にいた。
今、黒いライダースーツを身に纏い、艶めかしい髪を後ろに下ろした美女が、パチスロ台に向かい座っていた。その光景は、見た者を釘付けにしてしまうような、ある種、珍妙な光景であった。
そして、向かい合うパチスロ台の機種は、『ミリオネア・ゴッヅ』。かつて、俺が、天井を目指し、ゴール直前で失敗してしまった因縁の機種だ。今、目の前のこいつは、天空をイメージしたステージを液晶に表示している。
俺は、そのミリオネア・ゴッヅの筐体の横にある紙幣投入口に、なけなしの千円札を財布から出し、入金した。すると、50枚のメダルが、筐体下部にある下皿に流れた。
紗栄子は、そのメダルを慣れた手付きで、メダル投入口へと入れていった。
「なんじゃ?何が始まるんじゃ?」
そう尋ねてくる俺の横にいた女神様に、俺は言った。
「まあ、見ていて下さい」
何が起こるのかわからない神妙な雰囲気の中、紗栄子が、徐に拳を持ち上げ、今、その1ゲーム目のレバーを叩く。
と、その刹那。
パゥアオン
奇妙な音と共に、表示されていた天空のイメージはおろか、全てなくなり、液晶画面は、ブラックアウトした。
「なんじゃ?パチスロが壊れたぞ」
そう言う女神様に俺は答えた。
「まだです。これからです」
すると、液晶画面に、文字だけが表示された。
〈左を押して下さい。〉
紗栄子は、その文字に従い、左リールのボタンを押す。
〈中を押して下さい。〉
紗栄子は、またしてもその文字に従い、中リールのボタンを押す。
〈右を押して下さい。〉
紗栄子は、また、またしてもその文字に従い、右リールのボタンを押す。
と、その瞬間。
パラリラパラリラパラリラパラリラ・ジャッジャジャーーーン・チャラチャチャーーーン
物凄い大音量の音が、パチスロの台から鳴り響いた。
見るとブラックアウトしていた液晶画面に、見事、<777>と数字が揃っているのがわかった。
この豪運寺 紗栄子という人間は、1ゲーム目にミリオネア・ゴッヅのプレミア役を引いたのだ。その確率、約1/8192。この確率を、1ゲーム目に持ってきたのである。恐ろしい引きの持ち主であった。
豪運寺 紗栄子が生まれたのは、22年前の12月24日。母親は、陣痛を感じ、わずか3秒で出産に至ったという。その後、病気はおろか風邪も引かずにすくすく育ち、兆候のあったのは、幼稚園の時。じゃんけんを覚えたのだが、そのじゃんけんで負ける事が決してなかった。必ず勝ってしまうのだ。これは、幼稚園以降も続き、この22年の間に、ジャンケンで負けたのは、僅か3回。その3回も自ら負けようと心に思った時だけである。運が良かったのはじゃんけんに限った事ではない。町内会の福引をさせれば、必ず、特賞を当ててしまい、宝くじを買えば、1等賞をこれまで何度も当ててきた。しかし、お金には関心が全くない人物で、当たったお金は、全額、慈善団体へ寄付してしまうような善人者の一面も持っている。さらに、大学入試のためのマークシート式試験では、全く答えが分からないのに、適当に穴埋めしたら、9割がた正解し、見事、試験に合格。今、在籍しているのは、東大の医学部であった。
まさに、生まれ持っての幸運、いや、その名の示すとおり豪運の持ち主。それが、豪運寺 紗栄子という人間だった。
紗栄子は、その後もミリオネア・ゴッドを打ち続けた。液晶画面には、天空に浮かぶ城が演出され、神々しい音楽が流れていた。
「今、どういう状況なんじゃ?」
女神様は、固唾を飲んで、パチスロ台を見る俺に、何が起こっているのか聞いてきた。
「えーとですね。今、プレミア役というのを引いて、ART状態になったところです」
「プレミア役?ART?」
「プレミア役というのはですね、引くだけで大当たりが確定するだけではなく、この場合、5回分の大当たりの権利を獲得できるんです」
「何と?!大当たりの5回分もたった1ゲームで勝ち取ったということか」
「はい。あと、ARTというのは、この機種の大当たりの事で、パチスロ台が示す通りの順番でリールを止めると、15枚のメダルの払い出しが受けられるんです」
「なるほど、だから、リールを止める順番がまちまちだったのじゃな」
そう、話をしている内に、またパチスロ台から轟音が鳴った。
ドギュオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!
液晶画面を見ると、巨大な槍が地面に突き刺さる演出。
紗栄子は、構わず、リール停止のボタンを押した。
パラリラパラリラパラリラパラリラ・ジャッジャジャーーーン・チャラチャチャーーーン
見ると、液晶画面には、またしても<777>と数字が揃っていた。
プレミアゴッヅ中にプレミアゴッヅを引く、通称、ゴッヅ・イン・ゴッヅだ。
「今、また、プレミア役を引きました。これで、さっきのと合わせて10回分の大当たり確定です」
その後も、紗栄子は、何度も、ゴッヅ・イン・ゴッヅを引きまくり、その回数は10回にも届いた。その10回目のプレミア役を引いたあと、紗栄子は、ふと振り返り、「こんなところかしら」と言い放った。
俺は、「十分も十分。本当にありがとう」と言った。
場所は変わり、パチンコ屋の駐輪場の前。
紗栄子は、バイクに乗り、ヘルメットを被ろうとしていた。
「今日の貸し、絶対に忘れないから」
俺は、苦笑いしながら、何も言えないでいた。
「それじゃ、ね」
ブオン・ブオーン
そう言い残し、紗栄子は、去って行った。
パチンコ屋を後にした紗栄子は、首都高速道路を、バイクで疾走している。
そして、ヘルメットの中で、ひとり、呟いた。
「あいつのいう事を聞くなんて、わたしも馬鹿ね。でも、もしかして、まだ、あいつの事をわたしは・・・」
『豪運寺 紗栄子』だと言った女は、高飛車にこう言ってきた。
「ああ、元気にしてたさ。お前に振られて、ダメージを受けた以外はな」
「私に振られてダメージを受けたって?本当かしら?本当は、そんなのも忘れて、またパチスロ打ってたんじゃないの?」
「うっ・・・」
俺は、図星を抜かれ、言葉につまってしまった。
それを見て、手の平を上に向けて、やれやれといったポーズをとった紗栄子。
「やっぱり、ね。相変わらずのパチスロ狂ってところかしら。あなた、ひとつも変わっちゃいないのね。残念だわ」
「・・・・・・」
何も言えず、俺は、下を向いてしまった。
「ところで、何で、わたしがここに呼ばれたのかしら。あなた、まさか・・・」
こう、言ったところで、俺は、思い切り膝をおり、地面に額を付けた。いわゆる土下座である。
すると、紗栄子は怒りを露わにした。
「あなた、本気で言っているの?わたしが、どれだけパチスロを恨んでいるか、分かっているの?パチスロさえなかったら、今でもあなたと・・・」
紗栄子がそう言うのを、俺は遮り、地面に額を擦りつけながら言った。
「そこを何とか、頼む。これ、この通り!!!」
それを見た紗栄子は、一瞬、ためらうよな仕草をして、その後、呆れたようにため息をついた。
「はあ・・・」
俺と女神様は、パチンコ店の中にいた。もちろん、呼び出していた豪運寺 紗栄子も同じく店の中にいた。
今、黒いライダースーツを身に纏い、艶めかしい髪を後ろに下ろした美女が、パチスロ台に向かい座っていた。その光景は、見た者を釘付けにしてしまうような、ある種、珍妙な光景であった。
そして、向かい合うパチスロ台の機種は、『ミリオネア・ゴッヅ』。かつて、俺が、天井を目指し、ゴール直前で失敗してしまった因縁の機種だ。今、目の前のこいつは、天空をイメージしたステージを液晶に表示している。
俺は、そのミリオネア・ゴッヅの筐体の横にある紙幣投入口に、なけなしの千円札を財布から出し、入金した。すると、50枚のメダルが、筐体下部にある下皿に流れた。
紗栄子は、そのメダルを慣れた手付きで、メダル投入口へと入れていった。
「なんじゃ?何が始まるんじゃ?」
そう尋ねてくる俺の横にいた女神様に、俺は言った。
「まあ、見ていて下さい」
何が起こるのかわからない神妙な雰囲気の中、紗栄子が、徐に拳を持ち上げ、今、その1ゲーム目のレバーを叩く。
と、その刹那。
パゥアオン
奇妙な音と共に、表示されていた天空のイメージはおろか、全てなくなり、液晶画面は、ブラックアウトした。
「なんじゃ?パチスロが壊れたぞ」
そう言う女神様に俺は答えた。
「まだです。これからです」
すると、液晶画面に、文字だけが表示された。
〈左を押して下さい。〉
紗栄子は、その文字に従い、左リールのボタンを押す。
〈中を押して下さい。〉
紗栄子は、またしてもその文字に従い、中リールのボタンを押す。
〈右を押して下さい。〉
紗栄子は、また、またしてもその文字に従い、右リールのボタンを押す。
と、その瞬間。
パラリラパラリラパラリラパラリラ・ジャッジャジャーーーン・チャラチャチャーーーン
物凄い大音量の音が、パチスロの台から鳴り響いた。
見るとブラックアウトしていた液晶画面に、見事、<777>と数字が揃っているのがわかった。
この豪運寺 紗栄子という人間は、1ゲーム目にミリオネア・ゴッヅのプレミア役を引いたのだ。その確率、約1/8192。この確率を、1ゲーム目に持ってきたのである。恐ろしい引きの持ち主であった。
豪運寺 紗栄子が生まれたのは、22年前の12月24日。母親は、陣痛を感じ、わずか3秒で出産に至ったという。その後、病気はおろか風邪も引かずにすくすく育ち、兆候のあったのは、幼稚園の時。じゃんけんを覚えたのだが、そのじゃんけんで負ける事が決してなかった。必ず勝ってしまうのだ。これは、幼稚園以降も続き、この22年の間に、ジャンケンで負けたのは、僅か3回。その3回も自ら負けようと心に思った時だけである。運が良かったのはじゃんけんに限った事ではない。町内会の福引をさせれば、必ず、特賞を当ててしまい、宝くじを買えば、1等賞をこれまで何度も当ててきた。しかし、お金には関心が全くない人物で、当たったお金は、全額、慈善団体へ寄付してしまうような善人者の一面も持っている。さらに、大学入試のためのマークシート式試験では、全く答えが分からないのに、適当に穴埋めしたら、9割がた正解し、見事、試験に合格。今、在籍しているのは、東大の医学部であった。
まさに、生まれ持っての幸運、いや、その名の示すとおり豪運の持ち主。それが、豪運寺 紗栄子という人間だった。
紗栄子は、その後もミリオネア・ゴッドを打ち続けた。液晶画面には、天空に浮かぶ城が演出され、神々しい音楽が流れていた。
「今、どういう状況なんじゃ?」
女神様は、固唾を飲んで、パチスロ台を見る俺に、何が起こっているのか聞いてきた。
「えーとですね。今、プレミア役というのを引いて、ART状態になったところです」
「プレミア役?ART?」
「プレミア役というのはですね、引くだけで大当たりが確定するだけではなく、この場合、5回分の大当たりの権利を獲得できるんです」
「何と?!大当たりの5回分もたった1ゲームで勝ち取ったということか」
「はい。あと、ARTというのは、この機種の大当たりの事で、パチスロ台が示す通りの順番でリールを止めると、15枚のメダルの払い出しが受けられるんです」
「なるほど、だから、リールを止める順番がまちまちだったのじゃな」
そう、話をしている内に、またパチスロ台から轟音が鳴った。
ドギュオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!
液晶画面を見ると、巨大な槍が地面に突き刺さる演出。
紗栄子は、構わず、リール停止のボタンを押した。
パラリラパラリラパラリラパラリラ・ジャッジャジャーーーン・チャラチャチャーーーン
見ると、液晶画面には、またしても<777>と数字が揃っていた。
プレミアゴッヅ中にプレミアゴッヅを引く、通称、ゴッヅ・イン・ゴッヅだ。
「今、また、プレミア役を引きました。これで、さっきのと合わせて10回分の大当たり確定です」
その後も、紗栄子は、何度も、ゴッヅ・イン・ゴッヅを引きまくり、その回数は10回にも届いた。その10回目のプレミア役を引いたあと、紗栄子は、ふと振り返り、「こんなところかしら」と言い放った。
俺は、「十分も十分。本当にありがとう」と言った。
場所は変わり、パチンコ屋の駐輪場の前。
紗栄子は、バイクに乗り、ヘルメットを被ろうとしていた。
「今日の貸し、絶対に忘れないから」
俺は、苦笑いしながら、何も言えないでいた。
「それじゃ、ね」
ブオン・ブオーン
そう言い残し、紗栄子は、去って行った。
パチンコ屋を後にした紗栄子は、首都高速道路を、バイクで疾走している。
そして、ヘルメットの中で、ひとり、呟いた。
「あいつのいう事を聞くなんて、わたしも馬鹿ね。でも、もしかして、まだ、あいつの事をわたしは・・・」