第6話 マイ・ジャングラー

文字数 3,918文字

 翌朝、10時頃。
 漫画喫茶で一晩明かした俺は、女神様をパチスロへ誘うべく、自分のアパートに迎えに来ていた。

ピンポーン

「はーい」

 玄関口に出て来たのは、妹の恵だった。

「お帰り、お兄ちゃん。遅かったね、もっと早く帰ってきても良かったのに」

 俺は、恵が帰っていることを願っていたが、それは、達成することは出来なかった。

「お、おう、ちょっと寝坊しちゃってな」

 そう言いながら、中の部屋へと上がり込んだ。
 部屋の真ん中には、コタツ兼用の机があり、その向こう側に女神様が、お茶をすすりながら、座布団の上にちょこんと座っていた。それと対面するように、俺も、机に向かい座った。
 すると、すぐに、恵が、俺の前の机にお茶を一杯、出してくれた。俺の妹とは思えない、気の利く出来のいい娘だ。

「ありがとう」

一言、礼を言うと、ニコッと笑顔で返した恵。そのまま、お盆を抱えたまま机に向かって、座った。昨日の怒りはどこに行ってしまったのだろうか?俺は、恵のやさしい対応が少し怖くなって来た。

 しばし、その恐れを誤魔化すように、無言のまま、お茶のすする音が鳴る。
 すると、ふと、恵が口を開いた。

「もう、お兄ちゃん、彼女なんて言うから、ビックリしたじゃない。本当に、彼女が出来たのかと思って、一瞬、喜んじゃった」

 俺は、これを聞き、女神さまが彼女ではないことをしゃべってしまったのかと思った。

「ああ、ばれちゃったか。まあ、その、なんだ。それは、そういう事なんだよ」

 女神さまが、どこまで恵にしゃべっているか、心の中で推し量れずに、びくびくしながら答える。まさか、自分が女神であることまで明かしてはいないのか。いや、もし明かしたとしても、それを恵が信じるはずがない。

「それならそうと言ってくれれば、私も昨日、目くじらを立てて、あんなに怒ったりしなかったのに」

 それならの、『それ』が、どのそれなのか分からず、思考がぐるぐる巡る。

「まあ兎に角、そういう訳だから、心配しないで大丈夫だから。大丈夫、大丈夫」

「うん、わかってる。私、お兄ちゃんを信じているから」

 そう言われ、何故か、心に罪悪感を宿す俺。騙している訳ではないのだけれど・・・。

 その後は、たわいない会話をし、30分くらいを過ぎた頃。恵は、頃合いをみてすくっと立ち上がった。

「じゃあ、私、そろそろ帰るね」

「おう、気を付けて帰れよ」

 恵は、自分の持って来ていた持ち物を整理し手荷物に纏め、玄関口まで歩いて行き、ドアを開きながら、最後に、笑顔にしてこう言った。

「またね、お兄ちゃん」




 桜の新芽が宿る並木通り。
恵は、その市街地の下り坂を足早に歩いていた。
 だが、その表情は先ほどアパートの中で見せていた明るい表情などではなく、真逆。怒りと嫉妬を露わにしたものだった。

「彼女なんて絶対ゆるさない。お兄ちゃんは、私のものなんだから」

 昨夜、彼女と女神のセトは、会話はおろか、一言もしゃべってなどいなかったのだ。




 恵がアパートを出た後、俺と女神さまは、早速、パチスロを教授すべく、パチンコ屋に来ていた。

「今日は、なんじゃったかな?」

「今日は、今、座っている機種。『マイ・ジャングラー』になります」

 今、女神の目の前にあるパチスロ台が、今日のそれである。
 一見すると、以前に打った台、『アイム・ジャングラー』と同じ、シンプル性をもっているが、特徴的なのが、筐体中央に設置された、黒い穴である。アイムではなかった、この黒い穴。アイムでいう、当たった時のランプの役目を果たしており、大当たり当選時は、この穴の暗闇が、光の点灯により晴れて、大当たりを告知する。

「基本的には、昨日打った『アイム・ジャングラー』と同じです。ただ、大当たりの告知が、この黒い穴になっただけです」

「ん?この黒い穴が、どうなるんじゃ?何も見えないようじゃが・・・」

 しげしげと、片目を開けて黒い穴を見る女神様。

「まあ、今はなにも見えませんが、やることは昨日と一緒です。『メダルを入れて、レバーを叩いて、リール停止ボタンを押す』です。あとは、大当たりをするのを待つだけですね」

「ふむ、まあ、良いわ。とりあえず、やってみよう」

 そういうと女神様は、一万円札を、紙幣投入口にいれ、メダルを借り、マイ・ジャングラーを打ち始めた。俺も、隣の席に座り、女神様にもらった一万円札を使い、同じくマイ・ジャングラーを打ち始めた。
 初めに当たりを引いたのは、俺だった。0Gから打ち始め、25G目。

「女神様、俺、当たりました。ここを見て下さい」

 俺は、女神様に、先ほどまで黒い穴にしかみえなかった部分を指した。
 女神様は、覗き込むように、その穴だった部分を見る。すると、そこには、もう黒い部分はなく、光が照らされて、『GOGOチャンス』という文字が映し出されていた。

「こうなったら、当たり確定です。次のゲームで『7』を揃えることができます。

「なるほど、なるほど。確かに、暗闇がなくなったわい。ここを光らすことを目指せば良いのじゃな」

「はい、その通りです」

 そう聞いた、女神は、自分の台に戻り、また、パチスロを打ち始めた。

-1時間後-

「なんじゃ、この台は! 全く、光らんぞ。この中のランプが壊れているんではないか?」

 女神様の台は、もう600Gも回っていて、ひとつも光る様子がなかった。
 女神様は、ランプの状態を見るように、片目を瞑り、黒い穴を覗き込む姿勢を取った。
 しばらくして・・・
「ム、ムムム。」

「どうしたんです、女神様」

「何か、おる。この台の中に、何か、いるぞ」

「ええ、そんなの何かの見間違いですよ。何も見えないはずです」

「いや、おるぞ。ワシの手を握りながら、この穴の中を見てみるといい」

 言われた俺は、半信半疑で、女神様の手を握り、黒い穴の中を覗き込んだ。

 初めは、黒い色しか見えなかった。しかし、良く見てみると、次第に、ぽつりぽつりと何か光の滲むような色が映り始めた。

「こ、これは・・・」

 黒い穴の中、人影のようなものが見えた。さらに、目を凝らしてみると・・・。

 そこには、小さいおっさんがいた。
 頭に三角帽子をかぶり、全身黒タイツを身に纏い、傍らのちゃぶ台から酒のようなものを飲みながら、テレビで野球を見ているようだった。
 その小さなおっさんが、ふと振り返り、俺の目と目があった。

「うわあ」

 俺は、奇妙な声を上げてしまい、その台から後ずさった。

「どうじゃ、何かおったじゃろう」

「はい、いました。確かに」

 興奮気味にそう言った俺は、黒い穴から目が離せなくなっていた。
 すると、いきなり、にょきっと、黒い三角帽子が、その黒い穴から現れた。
 三角帽子の次は、頭、その次は、体と、だんだん姿を現すそれ。
 遂には、眼鏡をかけた全身黒タイツの小さなおっさんは、筐体の外に出現していた。

「あんたら、わてのこと、見えるんだすか?」

 小さなおっさんは、間の抜けた声で、聞いてきた。
 俺は、あまりの出来事に、返事を忘れていると、女神様が、口を開いた。

「これは、悪魔じゃの」

「あ、悪魔?」

「そうじゃ、悪魔の中でも、存在がちっぽけな小悪魔じゃな」

 そう言われ、俺は、しげしげと、その小悪魔を見つめた。そこには俺のイメージしていたちょぴりセクシーな小悪魔とは全く相いれない存在がいた。

「あんた、悪魔なのか?」

「そうだよ~ん」

「悪魔が、パチスロ台の中でなにやってんだよ?」

「わてらが、ここをピカらせてるんだよ~ん」

「何だって! あんたらが、ここを制御してるだって?」

「そうだよ~ん、ピカらせるかどうかは、わてらの気分次第なんだよ~ん」

「な、何だって!?」

 おれは、思わず、声が出てしまった。

「じゃあ、1G連した後に、ジャング連しなくなるのは、あんたのせい?」

「そうだよ~ん」

「じゃあ、ジャング連したあと、必ず、大ハマりするのって、あんたのせい?」

「そうだよ~ん」

「じゃあ、大ハマりした後のジャング連って・・・」

「そうだよ~ん。全部、わてらがやってるんだよ~ん」

 俺は、これを聞き、あんぐりと口を開いたまま、茫然としてしまった。
 俺たちが、パチスロで一喜一憂しているのを見て、操作しているのは、この小さなおっさんだったのだ。
 すると、女神様が、その小さなおっさんに、手を伸ばし、その体を手に掴んだ。

「わ~、なにするんだ。やめろ~」

 女神様の手の中で、手足をばたつかせギャーギャー喚く、小さなおっさん。

「女神様、何をするんで」

 そう質問しようとした時に、女神様は、一気に手に力を入れて、それを握りつぶした。
 小さなおっさんは、最後に、パンッという音を立てて、破裂して消滅してしまった。

「こやつらの為に、大当たりせんなんだとは・・・、の」

俺は、飄々という女神様の手に消えた、小さなおっさんの冥福を祈った。

だが、事は、これだけでは終わらなかった。
小さなおっさんのいなくなった台は、その日、一日、ピカらなくなり、ピカらないゲーム数は3000Gを超えた。さらに、翌日、翌々日もピカらなくなり、不審に思ったパチンコ屋の店長が、メーカーに問い合わせたところ、故障だと判断され、メーカーに送り返されたという。
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