第3話 基本のパチスロ

文字数 2,298文字

 俺と女神様は、話の流れを変える為、陰気な俺の部屋を出て、場所を変えた。
 向かった先は、近くにある喫茶店。

チリン・チリン。

店のドアを開けると、ドアに取り付けられた鈴の音がした。

「いらっしゃいませ。お二人さまですか?」

 店の中にいた、茶色のエプロンをした可愛いウェイトレスさんが、招いてくれた。
店は、少しレトロな雰囲気で、壁一面は、見通しの良いガラス張りになっている。幸いにも、客は、俺たち二人だけの様子だった。
俺達は、案内された、対面する座席にそれぞれ座り、一息ついた。

「ご注文の方は、お決まりですか?」

 ウェイトレスさんは、水の入ったコップを、机の上に置きながら、聞いた。

「俺は、アイスコーヒーで。えっと、め、女神、さ、ま、コホン(咳払い)は、何にしますか?」

「ワシは、クリームメロンソーダが良い」

 注文を聞き入れたウェイトレスさんは、少し微小まじりの表情で、厨房の方へ戻って行き。厨房の中に入る前に、チラッとこちらを見て、クスクス笑っていた。
 それを見届けた俺は、他の人に聞かれないよう、小さい声で言った。

「女神様、女神様、そういえば、名前とかって、あるんですか?さすがに、人前で女神様って言うの、恥ずかしいんですけど」

「名前?ああ、あるぞ。ワシの名は、『アスタルテ・セト・ウラエルス・トラウィスカルパンテクートリ』じゃ。まあ、『セト』と呼ぶが良い。」

「分かりました。えっと、セト様」

 そう言うと、女神、もといセトは、納得したように、ひとつ頷いた。

「それでは、セト様。そろそろ、パチスロの話がしたいんですけど、いいでしょうか?」

「うむ、構わんぞ」

「ええと、そうだな。パチスロのどんな事から話せばいいのだろう。セト様は、パチスロってどんなものか知っていますか?」

「そうじゃのう、なんか、箱型のもので、絵がぐるぐる回って、絵が揃えば、当たりになるというものじゃろ」

「それで、一応は、合っています。箱型の形をしたものは、筐体と呼ばれていて、ぐるぐる回るものは、リールと言います。筐体ひとつの中にリールは大体、3つあります。そして、そのリールには、いろいろな絵が描いてあるのですが、ほとんどの機種は、『7』という数字が含まれています。リールを停止した時、この『7』がみっつ、<777>と揃えば、大当たりというのが、大まかな流れになります。」

「なんじゃ、簡単ではないか。『7』を揃えるだけで良いなら、大当たりなぞ、すぐに引けるではないか」

「そう思われるかもしれませんが、実は、そんな簡単には揃いません。『7』が揃うかどうかは、リールを回す毎に機械が決めています。機械は、設定された乱数によって、リールを回す毎に、図柄をそろえるかどうかを決定しています」

「なんじゃと?それでは、機械が『7』を揃えようと思わなければ、『7』は揃わんのか?」

「その通りです。いくら、回っているリールの『7』を狙って停止させても、必ず、ずれて、『7』は、揃いません。」

「ふーむ、では、機械が『7』を揃えようと思わせることが必要となるという事か。」

「はい、そうなんですけど、それが、パチスロの面白いところであり、難しいところでもあるのですが、機械は、なかなか、揃えようとは決定しません。その間は、ひたすらリールを回す事になります。でも、その分、機械が揃えると決定して、『7』が揃った時、快感にも似た気持ち良さがあるんです。」

「ほうほう、普段は、なかなか揃わないが、その分、揃った時は、うれしいという事か」

「そういう事です」

 すると、セトは、じとっとした目で、こちらを見た。

「マゾヒスト?」

 そう、聞かれた俺は、ビクッと一瞬、体が膠着したが、自然体を装いながら答えた。

「ま、まあ、そうかもしれませんね。でも、実際、面白いんですよ、これが、また」

 セトは、怪訝な顔をし、徐に腕を前に組んだ。

「ふむ。まあ、良いわ。要は、機械が当たりと決めるまで、そのリールとやらをひたすら回すという事じゃな。まあ、それはそれで、面白いところもあるのじゃろ」

 そう言うセトに、俺は、苦笑いして、答える事しかできなかった。




 無限に広がる真っ青な空に、地平線までのびる、鏡のような光る床。
 無機質な空間のその中心にいるのは、以前、夢の中で、回胴 渡の前に現れた、五体の神達、『五体神』である。

「本当に、これで良かったのであろうか」

 おたふくの面を被った、白装束の神が、呟くように言った。
 それに答えたのは、仁王様の面を被った神であった。

「何を今更。もう、決めた事ではないか?」

「しかし、ひとりの神を見殺しにするなど、今までの歴史でもなかったことぞよ」

 これには、狐の面が応えた。

「誰も、見殺しにするなどとは、言っていませんよ。ただ、我々は、あとは見守るだけの事。使命を果たせば、良し。もし、果たされなければ、なおさら良し」

「されど、・・・」

 おたふくの面は、何かを言おうとしたが、うまく口にできないようであった。
 すると、仙人の面を被った面が、話始めた。

「選択はなされた。もう、後には引けぬ。それが、例え、破滅の道だとしてもじゃ。彼奴らが、もし、気付く事となれば、我らもそれに対抗するまで。今までの歴史にないのであれば、これから、その歴史を作ろうではないか」

 おたふくの面は、もう、何も口にすることはなかった。

 あと、ひょっとこの面は、ずっと、黙ってた。
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