第47話

文字数 1,722文字

 こうして見てみると、夢の中と全く変わらない。いつも素朴で、目立ったところはないお寺だけれども、どこか落ち着く場所だった。

 チカはいつもここで坐禅を組んでいた記憶がある。今思うと自分は凄く子供だったな。

 あれは小学生の時のことだった。

 友達にいじめられて、このお寺に駆け込んだことがあった。

「お前なあ、友達にいじめられて、なんとも思わないのか? お前もやり返してやれよ。意気地なしだなぁ」

「でも、チカ、僕はケンカが嫌いなんだよ……」

「でも、それだとお前があんまり可哀想だろう?」

「それでも……友達なんだ」

 そう言うと、チカは目を丸くして、少し驚いた様子を見せた。

「痛い思いをさせてしまうのは……可哀想でしょ?」

「……」

 それからだったな。チカの奴が色々と構ってくれるようになったのは。僕はそれがとてもありがたかったな。

「ミロク、いいか? お前は王様になるんだ。だからこんなことはこれからもたくさん起こる。だからいちいちこんなことで泣くなよな」

「だって……」

「俺が将来、ずっとお前の側に居てやるからな……だから気にするな」

「うん……」

 しばらく坐禅を組んだ後、僕は一度、家に帰ってきた。

「あら、お帰り……ミロク。チカちゃんとは会えたの?」

 ……会えたよ。

「いや、会えなかったよ。どこか遠くへ行っちゃったみたいだ……お寺で参拝だけ済ませてきたよ。また夜にお坊さんの説法があるから、また夜にお寺に行くよ。疲れたからもう寝る。母さん、僕のことは放っておいてよ」

 僕は少し仮眠をした。夜の七時に目が覚めた僕はまたお寺へと向かうことにした。

 お寺に入ると住職が歓迎してくれた。

 説法に集まっていた人は十人くらいだった。

 弥勒君、待っていたよ……と説法が開始された。

「世の中には親があり、兄弟夫婦親友をいうものがあり、生きているうちは頼りとなります。ですが死んだ後は皆さんは何を頼りとされますか?」

「夫婦だとか、或いは親子だとか、親友だとかいうものはありません。この世には自分一人が来て自分一人が帰らなくてはなりません。これを生者必滅会者定離(しょうじゃひつめつえしゃじょうり)と言います。因縁として、親子夫婦親友であったとしても離れなければなりません。これは、般若心経の以無所得故(いむしょとくこ)と比べて通じることができます。自分は本来何も持っていない。得ているものがないのです」

「だから私たちは仏様と縁を結び、あの世との縁を作ることがとても大事なことだと思います」

「仏教は葬式仏教だとか天国の存在を信じていないなどと言われることがありますが、そうではありません。お釈迦さま自身、神様のことを梵天と呼び、天国も神の存在も信じておられます」

「お釈迦さま自身のお言葉として記されているスッタニパータにもそれらはあると言われております」

「極楽浄土……」

 ……。

「そこは阿弥陀の世界と言われている所です。阿弥陀様は性格は穏やかで優しく、無量の慈悲を備えておられます」

「私たちも弥陀の本願に預かり、極楽浄土に迎えられる様に精進していくことが大事なことなのです」

 ……極楽浄土か。

 確か、心の世界と極楽浄土はよく似ていると夢の中で文殊様が話しておられた気がする。

 ……もしかしたら、心の世界ではみんな繋がっているのかな?

 ……この世と縁がある全ての人と。

「大事な人とのお別れが寂しいですか? いえ、そんなことは決して、永遠には続かないのです」

「だから、悔やむことはありません。縁があればまたその世界で出会うことができるのですから」

 ……。

「お坊さん、素晴らしい説法でした。ありがとうございました」

 一人の説法を聞きにきた人が拍手をしている。

 僕もお礼を言うことにした。

「また、お聞かせください」

「ありがとうございました」

 さすがだった。僕はその説法に聞き惚れていた。

「君は弥勒君と言ったかな?」

「あ、はい」

「よろしい、縁があればまたここに来なさい、最近は若い人が聴きにくることは少なくてねえ。君にその気があればここで修行してみるのはどうだい?」

「えっ!?」

「それは……僕の師僧になって頂けるということですか?」

「ふふふ、慌てることはない。ゆっくりやっていけばいいんだよ」

「はい!」

 僕は僕の道を歩んでいこう。そう思った。
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