第19話

文字数 931文字

 ぱさり、ぱさりと音をたてて入ってきた者の正体。それは何だろう?
 人間の姿をした紙風船のような、その者。ほとんど重量をもたないような者は、色も赤青黄白と、紙風船そのもので、入室するとソファに座り、超然として事態を傍観していた。
 咲良が光の加減でパープルにもみえるワンピースを肩から落としてスルリと脱いだ。ワンピースの下は裸で、スリムだが胸は充実した量感で乳首をそむけ合っている。丸みをおびた優美な曲線を描く大理石のようにすべらかな尻の向こう側には、川岸の林のような涼しげな潅木の茂みがある。片手を腰にあて挑発的なポーズをとると、咲良は隅で静観する紙風船をむいて、
「誘惑しちゃうぞ」
 紙風船のような人間は咲良に首をむけた。彼はおもむろにソファから立ち上がり、媚をふくんだ笑顔で彼をむかえる咲良の肩を抱くと、ぱさりぱさりと歩いて彼女をエスコートし、ベランダに出ると、二台のデッキチェアに並んで横たわった。
 タケルは嫉妬に冷たくゆがんだ笑みを顔に固まらせ彼らを見送った。
「仕方がないさ」タケルをとりなすように遠藤がいった。「まあ、やることやってからだ。うまいぐあいに解決しないとも限らない」
 そういいながらも、いっている遠藤本人も、慰謝をうけるタケルも、咲良のことでの好転は信じていないことは、ぼくに明らかに感じとれた。紙風船のような人間が咲良を彼女にしたいのなら、彼らにはもうどうしようもないのだ。
 重苦しい空気に、ぼくまでが息苦しい。
「さあ」と遠藤がぼくをうながす、「ベッドにいってもらおうか」
 タケルが嫉妬に悩まされた冷酷な目でぼくを見、散弾銃をむけた。
 状況の好転はぼくにも望めないというわけだ。すくなくとも今は。
 ぼくがベッドに座るとタケルが銃口をおしつけてぼくを倒し、遠藤がぼくに薬だろう、白い粉をかがせ、ぼくの意識は朦朧としだした。
 水に目がおおわれて、その水がしだいに濃く暗くなっていくような感覚の中に、遠藤とタケルの間からベランダの二人が見えていた。
 二人がデッキチェアから見上げる夕空には月がうっすらと白く輪郭をみせ、その表面は禍々しいまでクッキリとした無数の眼でビッシリおおわれていた。
 悪夢のように気持ちの悪い感覚とともに、ぼくは気を失った――
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