第14話 騒動と会議

文字数 1,158文字

 オフィスはいつもどおりのようで、噂が広がるのは早く、誰もが前夜起こった丹羽の騒動を知っているらしくどこかそわそわした雰囲気が漂っていた。蛍は何食わぬ顔で席についた。
「滑川君が関係しているんですか?」
 蛍が自席に座った途端に女性部下野崎が尋ねてくる。
「彼が助けたの」
 蛍は他の者だったら言葉を濁すのだろうと思いながら、隠すことなく答えたが、丹羽が飛び降りようとしていた詳細は心が痛みそうで口にはしなかった。
「だからいないんですか、彼?」
「いない?」
 蛍はそう云って、営業一課に視線をやった。課長席には当然誰もおらず、その近くに座っている筈の滑川の席も空いていた。
「お休みなんじゃない」
 隣の課の勤怠まで把握はしておらず、前日の騒動があったとはいえ元々休暇予定だったかもしれず、蛍としては部下が気にする理由がよく分からなかった。
「そうではなくて、会議に呼ばれたんです。石原部長たちの会議に」
「さっきその集団とはすれ違ったよ。滑川君がいたのには気が付かなかったけど」
「課長以上の会議なのに滑川君が呼ばれていたからなんでだろうって話していたんです」
 蛍はそう聞いて、前日の騒動の時に丹羽が滑川に苦笑いで答えた場面を思い出す。その苦笑いは照れ隠しのときのものとは違っていた印象で、諦めのような、いくらか憎しみさえ感じるものだった。
「丹羽課長はどうなったんです? 暫くお休みですか?」
「そうだと思う」
 前夜、丹羽は石原部長が呼んでいた救急車に乗っていき、慎二は暫く入院になるのだろうと云った。
「羽島課長は会議に出なくていいんですか? 昨日、現場にいたんですよね」
「ほんとよく知っているね。呼ばれたら行くけれど」
「でも他の課長全員行っていますし」
「別に私に用事がないんじゃないかな」
「羽島さん、課長なんだから出席する権利あると思いますし、積極的に行かないと置いていかれちゃいます。女性だからって舐められたら駄目だと思います」
 野崎は入社して数年の若手であったがキャリアに敏感なタイプで、残業を厭わず働こうとするし成果をあげて十分に評価されたいと考えており、課長になった蛍をひとつの目標としているのはいいとして、蛍が早々に帰宅することを始め、上席の覚えが悪くなりそうな行動についてはよく思っていないようだった。
「戻ってきたところで聞けばいいよ。それより集中して仕事を終わらせない? 時間、もったいないから」
 蛍の返答に野崎はぶつぶつとまだ何か云っていたが、会議室から営業三部の課長が蛍を呼びに来て話は終わった。
 丹羽課長の件でと三部の課長は云ったが、その表情は冴えなかった。会議の最初から蛍を呼ぶのではなく、何かしら議論なりをした後で呼びに来たのだろうと推察できたが理由は分からず、蛍は少々面倒くさいと思いながら会議室に向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み