第7話 オリオン座を望む住処

文字数 1,000文字

 住宅街を抜けたタイミングで、大通りを東に向かうか西に向かうか決めなければならない。タクシーの運転手は行き先をはっきり告げない蛍たちに痺れを切らしたのだろう、飲みにでも行くんですかと尋ねてき、食べたいものを教えてくれれば旨い店を紹介しますよと提案した。
「遊びじゃないんです」
 蛍は咄嗟に感情的な云いかたをしてしまったが、驚いて謝る運転手の表情を見ながら、急用であれば行き先が明確であるし運転手が勘違いするのは当然かもしれないと思い直し、申し訳なくなった。
「彼、どんな星が見えるって云ったっけ?」
 慎二は窓から空を見ようとしていたが、四、五階建て以下のマンションが多い住宅街の空は開けておらず、首を左右に捻って見える角度を探す必要があるようだった。
 蛍は丹羽に再度の連絡を試みていたが応答する気配はなく、他の同期社員にメッセージを送って自宅の住所を聞きだそうともしたがそちらも反応がなかった。大通りに突き当たる信号でタクシーは止まり、運転手がウインカーレバーに指をかけたまま迷い、後部座席を気にする。
「確か明るい星が三つ並んでいるって云ってた」
「オリオン座かな。この時期だったら南の空だけど」
「南ってどっち?」
「蛍ちゃんの窓のほうだよ。ちょうど斜め前のマンションの向こう。南の空が見える場所というのが彼の居場所を探る数少ない手がかりだね」
「ビルの上だよね」
「そうとは限らないだろうけど……もし蛍ちゃんの懸念があたっているのなら、高い場所だから可能性は高くなる」
「もしかして会社にいるのかな……」
「蛍ちゃんが帰るときにはまだオフィスにいたの?」
「丹羽君は毎日すごく遅くまで仕事してる。残業し過ぎで産業医さんから注意されてるって聞いた」
「会社のビルは何階建て? 最近のビルは屋上をテナントに開放していないことも多いと思うけど」
「七階まであって、ツヤダラ食品は六階。屋上は……エレベータ横に階段があるけど日頃は施錠されてる」
「なら自宅じゃないかな」
 そのとき蛍のスマホにメッセージが届き、それは数分前、別の同僚社員に丹羽の住まいを尋ねたものへの返信で、やりとりしていた年賀状を調べてくれたようだった。
「スカイパレス、二〇二号。マンションだよ」
 蛍が運転席に乗り出し丹羽の住所を伝えたところで信号が変わり、運転手は意気揚々とウインカーを出して右折した。夜間であるし目的地までおおよそ二十分だろうと運転手は云う。
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