第11話 ベルリオーズ鉱石店
文字数 2,391文字
午後ののんびりした時間の中、三人は街を歩いていた。首都ルテティアから汽車で約5時間。人口は二万人程の田舎の小さな街だが、古くから文化都市として有名で、ルネの父が教鞭をとる大学もこの街にある。昔からの建物が多く残っており、国内でも街の外観の美しさは良く知られている。
馬車と人が、さほど忙しくもなく行き交う大通りを西に折れて、クリーム色の壁と赤茶色の屋根を基調とした家々の続く街並みを抜け、三人は、街の出口近くに差し掛かっていた。やがて周りに建物がなくなり、のどかな田園風景が広がり始めた頃、目指す「ベルリオーズ鉱石店」の看板代わりでもあり、目印にもなっている大きな岩が見えてきた。
学校の友人たちの噂では、この岩の中にはダイヤモンドが眠っており、店主のベルリオーズ氏は老後の蓄えが尽きるとこれを割って売りに出す、ということだが、真偽の程は不明である。いずれにせよ、街の少年たちのおかげで店は繁盛しており、しばらくはこの岩もベルリオーズ氏の老後も安泰だと思われた。
イオンが入口のドアを開けようと把手に手を掛けた時、直前でドアは向こうから開き、数人の男の子が出てきた。皆イオンたちより少し年下のようだ。それぞれ小さな箱を持っている。
「間に合ってよかったな僕たち」
「うん。やっぱり走ってきて正解だっただろう?」
口々に言い合いながら、三人とすれ違って行った。
「何てこった。もう売れちまったんじゃないか、新しい石」
ロランの心配の声を背中で聞きながら、イオンは入口をくぐり抜けた。
店内は、やや薄暗かった。
中に入ると、幾つもの鉱石を陳列した大きな棚がまずイオンたちを出迎えた。
イオンの腰ぐらいの高さまでのテーブルがいくつか並んでおり、その上にも大小様々な石が木箱に入って所狭しと置かれている。
テーブルが作り出した通路を抜けて行くと、木のカウンターの向こうに小柄な老人が腰掛けているのが見えた。
「こんにちは。おじさん、新しい石が入ったって聞いたんだけど、どんなの?」
誰にでも気さくに話しかけるロランが、開口一番訊ねる。
「ああ、黄水晶(シトリン)の原石だね。こっちに最後の三つが置いてあるよ」
「間に合ったか」
「良かった!」
二人の少年は自分たちの幸運を喜びながら、目当ての石のところへ急いだ。透明な氷の中に薄い黄色の液体を満たしたような石のかけらが静かに三つ、肩を寄せ合うようにして置かれている。
「いい色だな。俺、こういう色好きなんだよ」
「確かにいい色だね。でもこっちの方が珍しさでは勝ってるよ」
そう言ってイオンは、隣の棚の丸い黒翡翠を指さした。
「やだよそんな真っ黒い石。気分が暗くなりそうだろ」
「ロランだけだよ、そんなこと考えるのは。それならあっちも見てみようよ」
イオンとロランの二人は勝手知ったる風で、棚の手前の通路を曲がり、思い思いに石を眺めているが、一人ルネだけは初めて訪れた店で戸惑っている様子だった。
そこへ声が掛けられた。
「おや珍しい、女の子のお客様だね」
ルネが声のした方を見ると、この店の店主と思われる老人が笑いかけていた。
「あっ、はい。初めまして。ルネと言います」
丁寧に挨拶するルネを見て、老人も名乗った。
「この店のあるじのベルリオーズです。礼儀正しいお嬢ちゃんだねぇ。石に興味があるのかい?」
「え? ええまぁ、あの……」
「それは良かった。面白いよ、石は。別に銀鉱石や、黒曜石のような地味なものばかりじゃないからね。こっちに来てごらん」
店主はルネの『ええまぁ』という部分だけを受け止めて、カウンターから出て、店の一角に招いた。ルネはイオンの方を振り返ったが、イオンはイオンで久しぶりに訪れたこの店でもう少しゆっくり見て回るつもりだったので、ルネには悪いがしばらく一人にして欲しかった。
「見せてもらったらいいよ。大丈夫、良い人だから」
小声でイオンにささやかれて、仕方なくルネは老人の案内に従った。
店主の指さす箱を覗くと、そこにはとりどりの色に輝く鉱石が並んでいた。
「わぁ綺麗。これ全部石なんですか? こんなにたくさんの色があるの?」
生まれて初めて紫水晶や柘榴石、緑柱石などの原石を見て、ルネは感嘆の声を漏らした。
「ほほっ。気に入ったかね? 女の子はやはり、鉱石よりも宝石の方が良いようだ」
そう言うと老店主は、何やら思いついたような表情を浮かべ、木箱の山に埋もれる様にして置いてある古びた時計に目を遣り、次いで天井を見上げた。
天井には丸い天窓があり、そこから明るい日差しが差し込んできている。時刻は午後2時を回っていたが、この季節の太陽はまだ十分な存在感を発揮していた。
「ふむ。君たちは運がいい」
老店主は意味ありげに呟いた。
何のことかと訝しむルネを尻目に、ベルリオーズ氏はあとの二人に呼びかけた。
「君たち、ちょっとすまないが、そこの窓のカーテンを閉めてくれないか。そう、その窓全部だよ」
二人の少年に指示を与えた後、老店主は壁の一角にあるドアを開けて、中へと入って行った。
「おい、どうなってるんだ? 爺さんは何処へ行っちまったんだよ?」
「僕に聞かれても知らないよ。トイレじゃない? でも何でカーテンを閉める必要があるんだろう」
突然用事を言いつけられた二人は困惑の表情を浮かべたお互いの顔を見合わせた。
「とにかく言われた通りにしてみようよ」
ということで二人は部屋の窓に付けられた黒いカーテンを閉めて回った。妙に分厚いカーテンだった。
「なんだか変わったおじいさんね。いつもこんな感じなの?」
心配そうにルネが二人の会話に加わり、イオンが応じた。
「まさか。こんなことは初めてだよ。運がいいって何のことだろう」
ややあって、ベルリオーズ氏がドアの中から姿を現した。手には葉書ぐらいの大きさの木箱を持っている。そして、奥にある壁に向かって歩き出した。
馬車と人が、さほど忙しくもなく行き交う大通りを西に折れて、クリーム色の壁と赤茶色の屋根を基調とした家々の続く街並みを抜け、三人は、街の出口近くに差し掛かっていた。やがて周りに建物がなくなり、のどかな田園風景が広がり始めた頃、目指す「ベルリオーズ鉱石店」の看板代わりでもあり、目印にもなっている大きな岩が見えてきた。
学校の友人たちの噂では、この岩の中にはダイヤモンドが眠っており、店主のベルリオーズ氏は老後の蓄えが尽きるとこれを割って売りに出す、ということだが、真偽の程は不明である。いずれにせよ、街の少年たちのおかげで店は繁盛しており、しばらくはこの岩もベルリオーズ氏の老後も安泰だと思われた。
イオンが入口のドアを開けようと把手に手を掛けた時、直前でドアは向こうから開き、数人の男の子が出てきた。皆イオンたちより少し年下のようだ。それぞれ小さな箱を持っている。
「間に合ってよかったな僕たち」
「うん。やっぱり走ってきて正解だっただろう?」
口々に言い合いながら、三人とすれ違って行った。
「何てこった。もう売れちまったんじゃないか、新しい石」
ロランの心配の声を背中で聞きながら、イオンは入口をくぐり抜けた。
店内は、やや薄暗かった。
中に入ると、幾つもの鉱石を陳列した大きな棚がまずイオンたちを出迎えた。
イオンの腰ぐらいの高さまでのテーブルがいくつか並んでおり、その上にも大小様々な石が木箱に入って所狭しと置かれている。
テーブルが作り出した通路を抜けて行くと、木のカウンターの向こうに小柄な老人が腰掛けているのが見えた。
「こんにちは。おじさん、新しい石が入ったって聞いたんだけど、どんなの?」
誰にでも気さくに話しかけるロランが、開口一番訊ねる。
「ああ、黄水晶(シトリン)の原石だね。こっちに最後の三つが置いてあるよ」
「間に合ったか」
「良かった!」
二人の少年は自分たちの幸運を喜びながら、目当ての石のところへ急いだ。透明な氷の中に薄い黄色の液体を満たしたような石のかけらが静かに三つ、肩を寄せ合うようにして置かれている。
「いい色だな。俺、こういう色好きなんだよ」
「確かにいい色だね。でもこっちの方が珍しさでは勝ってるよ」
そう言ってイオンは、隣の棚の丸い黒翡翠を指さした。
「やだよそんな真っ黒い石。気分が暗くなりそうだろ」
「ロランだけだよ、そんなこと考えるのは。それならあっちも見てみようよ」
イオンとロランの二人は勝手知ったる風で、棚の手前の通路を曲がり、思い思いに石を眺めているが、一人ルネだけは初めて訪れた店で戸惑っている様子だった。
そこへ声が掛けられた。
「おや珍しい、女の子のお客様だね」
ルネが声のした方を見ると、この店の店主と思われる老人が笑いかけていた。
「あっ、はい。初めまして。ルネと言います」
丁寧に挨拶するルネを見て、老人も名乗った。
「この店のあるじのベルリオーズです。礼儀正しいお嬢ちゃんだねぇ。石に興味があるのかい?」
「え? ええまぁ、あの……」
「それは良かった。面白いよ、石は。別に銀鉱石や、黒曜石のような地味なものばかりじゃないからね。こっちに来てごらん」
店主はルネの『ええまぁ』という部分だけを受け止めて、カウンターから出て、店の一角に招いた。ルネはイオンの方を振り返ったが、イオンはイオンで久しぶりに訪れたこの店でもう少しゆっくり見て回るつもりだったので、ルネには悪いがしばらく一人にして欲しかった。
「見せてもらったらいいよ。大丈夫、良い人だから」
小声でイオンにささやかれて、仕方なくルネは老人の案内に従った。
店主の指さす箱を覗くと、そこにはとりどりの色に輝く鉱石が並んでいた。
「わぁ綺麗。これ全部石なんですか? こんなにたくさんの色があるの?」
生まれて初めて紫水晶や柘榴石、緑柱石などの原石を見て、ルネは感嘆の声を漏らした。
「ほほっ。気に入ったかね? 女の子はやはり、鉱石よりも宝石の方が良いようだ」
そう言うと老店主は、何やら思いついたような表情を浮かべ、木箱の山に埋もれる様にして置いてある古びた時計に目を遣り、次いで天井を見上げた。
天井には丸い天窓があり、そこから明るい日差しが差し込んできている。時刻は午後2時を回っていたが、この季節の太陽はまだ十分な存在感を発揮していた。
「ふむ。君たちは運がいい」
老店主は意味ありげに呟いた。
何のことかと訝しむルネを尻目に、ベルリオーズ氏はあとの二人に呼びかけた。
「君たち、ちょっとすまないが、そこの窓のカーテンを閉めてくれないか。そう、その窓全部だよ」
二人の少年に指示を与えた後、老店主は壁の一角にあるドアを開けて、中へと入って行った。
「おい、どうなってるんだ? 爺さんは何処へ行っちまったんだよ?」
「僕に聞かれても知らないよ。トイレじゃない? でも何でカーテンを閉める必要があるんだろう」
突然用事を言いつけられた二人は困惑の表情を浮かべたお互いの顔を見合わせた。
「とにかく言われた通りにしてみようよ」
ということで二人は部屋の窓に付けられた黒いカーテンを閉めて回った。妙に分厚いカーテンだった。
「なんだか変わったおじいさんね。いつもこんな感じなの?」
心配そうにルネが二人の会話に加わり、イオンが応じた。
「まさか。こんなことは初めてだよ。運がいいって何のことだろう」
ややあって、ベルリオーズ氏がドアの中から姿を現した。手には葉書ぐらいの大きさの木箱を持っている。そして、奥にある壁に向かって歩き出した。