第5話 ルネの想い
文字数 2,492文字
「おい冗談だろうロラン。まさか信じるのかい? 流れ星が落ちるなんて絶対迷信に決まってるよ」
ロランは頭を振って応じた。
「いや、わからないぞ。世の中不思議なことってあるんだよ。うちのばあちゃんは、子供の頃森の中で道に迷っていたら、魔女の集会に出くわしたって言ってた」
「どうして魔女だってわかったのさ」
「そりゃ箒を持ってたからだよ。森の中で箒なんて持ってるのは魔女しかいないだろ」
本人以外は誰も納得しない怪しげな持論を自信たっぷりに言い切ったあと、ロランはルネの方を向いてこう言った。
「おれは信じるよルネ。で、その草原を探しに行こうっていうのかい」
思いもかけない珍説に、イオンと一緒に目を丸くしていたルネだったが、ようやく見つけた味方には違いないと判断し、ロランに向かって微笑んだ。
「ええ。もちろんそうよ。夏休みを利用してね」
「いいねぇ。行こう行こう。よぉし、見つけてやるぞ、その草原を!」
ロランはルネ以上に張り切っているようだ。右腕を振り上げ、拳まで握りしめている。その動作は、快活さが全身から溢れだしたような彼の性格をよく表していた。
予想外の成り行きに、イオンは慌てて友人たちの会話を遮った。
「ちょっと待ってよ二人とも。どこにあるかも分からないのに、というよりそもそも本当にあるかどうかも分からないのにどうやって行くんだよ」
イオンにしてみれば、計画の根本的な見落としを指摘したつもりだったのだが、自称『レガリア王国最初の女性考古学者見習い』には、動じる様子はなかった。
「だからそれをこれから調べるんじゃない。夏休みに入るまでまだふた月ほどあるわ。その間に徹底的に文献をあたって研究するのよ」
「文献って、また図書館で資料集めか。無駄だよ。僕の父さんの仕事は知ってるだろう。作家っていう人間がいて、でたらめばかり書いてるんだよ」
「いいだろイオン。やろうぜ、面白そうじゃないか。図書館で資料集めするのも楽しそうだ。どうせ夏休みはじっとしてるつもりはないんだし」
陽気にそう言うロランだったが、イオンには分かっていた。こと図書館に限っては、この友人が活躍できる出番などないことを。
何しろロランは本を読むと三分以内に眠りに落ちるという特技を持っているのだから。
楽しそうな資料集めとやらは、結局自分がやることに決まっている。イオンはそう考えた。
「絶対素晴らしい経験になるわよ。夢みたいに美しい光景なんですって」
「そりゃきっと本当に夢を見ていたんだよ。そんな場所みつかるもんか」
「見つけるんだよ。おれたちで」
「そうよ。歴史に名前が残るかも知れないわよ」
入れ替わり立ち代わりの攻撃にややたじろいだイオンだが、思いがけず名案が閃いた。今この危機を切り抜けるだけでなく、積年の悩みの種も一挙に解決するという、それはもう完璧な逆転の妙手に思えた。
「よし、こうしよう」
彼は勝ち誇った笑顔を浮かべ友人二人に向かって高らかに宣言した。
「賭けるんだ。その星の降る草原とかいう場所が、本当にあるかどうかを。僕が勝ったらルネ の手伝いは今回で最後ってことにする。どうだい? ルネ」
我ながらまぎれもない名案だとイオンは思った。草原に星が降るなど夢物語もいいところだ。ありえないのだから、つまり負けるはずがない。おまけに二度と馬鹿げた考古学者ごっこを手伝う必要もなくなる。イオンは内心で快哉を叫んだ。
だがここでまたしても後ろから、本日二本目のナイフが飛んで来た。
「ということはイオンが負けたらどうするかは、当然ルネが決めていいんだよな」
「えっ?」
「当然よね。私が勝ったら何をもらえるかは、私が決められなきゃ不公平ってもんだわ」
どうもロランは親友よりもルネに肩入れしているように思えた。余程このホラ話に興味があるらしい。
とはいえ相手の言い分はもっともである。イオンは素直に受け入れた。
「まあそうだね。それじゃ君が勝ったらどうする?」
驚いたことに、ルネは即答した。そして返ってきた答えに、イオンはもっと驚かされた。
「あなたのお父さんと仲直りして」
「……そう来たか」
イオンはしばし絶句した。ルネを見れば、やや上目遣いにこちらの表情を伺っている。自分の言ったことが、幼馴染の未だ癒えることのない心の傷に、さらに痛みを加えたことを理解しているようだ。それと同時にイオンもまた、自分と父との確執が、どれだけルネにとって気掛かりとなっているかを理解させられた。ルネは切れ長の目尻にうっすらと涙を滲ませて、懇願するような眼差しですらある。
関係ないだろう。と言いたい衝動に駆られたが、その真摯で優しい眼差しに、
気が付けば三人の間に流れる空気は、急にどんよりと暗い雲が垂れ込めたようになっていた。
「さあどうするイオン君? 勝負に乗るかい?」
そんな雰囲気を破り捨てるように、おどけた声を張り上げたのはロランだった。
大げさな身振りでイオンの肩を寄せ、からかうように片目をつぶってみせる友人の顔を見て、イオンは安堵した。ロランはいつもこうだった。数人だけの間でも、学校でクラスの皆の中にいる時も、周囲が気まずい雰囲気になったり、揉めそうになった時は、進んで道化を演じるのだった。
おかげでクラスの女子たちからは目の敵にされていたが、本人はどこ吹く風、といった調子だった。イオンはそんな度量の大きな友人を、少なからず尊敬していた。
「よし、やるよ。そんな草原があるかどうか、確かめてやる」
イオンがそういうと、ロランは友人の覚悟を賞賛するように、大きく頷いた。
「これで決まりだな。面白くなってきたぞ。よかったなルネ」
そう言いながら嬉しそうに両手を擦り合わせるロランと、涙目を拭いながら頷くルネを見て、イオンは父と二人きりになった六年前のことを思い返していた。
ロランは頭を振って応じた。
「いや、わからないぞ。世の中不思議なことってあるんだよ。うちのばあちゃんは、子供の頃森の中で道に迷っていたら、魔女の集会に出くわしたって言ってた」
「どうして魔女だってわかったのさ」
「そりゃ箒を持ってたからだよ。森の中で箒なんて持ってるのは魔女しかいないだろ」
本人以外は誰も納得しない怪しげな持論を自信たっぷりに言い切ったあと、ロランはルネの方を向いてこう言った。
「おれは信じるよルネ。で、その草原を探しに行こうっていうのかい」
思いもかけない珍説に、イオンと一緒に目を丸くしていたルネだったが、ようやく見つけた味方には違いないと判断し、ロランに向かって微笑んだ。
「ええ。もちろんそうよ。夏休みを利用してね」
「いいねぇ。行こう行こう。よぉし、見つけてやるぞ、その草原を!」
ロランはルネ以上に張り切っているようだ。右腕を振り上げ、拳まで握りしめている。その動作は、快活さが全身から溢れだしたような彼の性格をよく表していた。
予想外の成り行きに、イオンは慌てて友人たちの会話を遮った。
「ちょっと待ってよ二人とも。どこにあるかも分からないのに、というよりそもそも本当にあるかどうかも分からないのにどうやって行くんだよ」
イオンにしてみれば、計画の根本的な見落としを指摘したつもりだったのだが、自称『レガリア王国最初の女性考古学者見習い』には、動じる様子はなかった。
「だからそれをこれから調べるんじゃない。夏休みに入るまでまだふた月ほどあるわ。その間に徹底的に文献をあたって研究するのよ」
「文献って、また図書館で資料集めか。無駄だよ。僕の父さんの仕事は知ってるだろう。作家っていう人間がいて、でたらめばかり書いてるんだよ」
「いいだろイオン。やろうぜ、面白そうじゃないか。図書館で資料集めするのも楽しそうだ。どうせ夏休みはじっとしてるつもりはないんだし」
陽気にそう言うロランだったが、イオンには分かっていた。こと図書館に限っては、この友人が活躍できる出番などないことを。
何しろロランは本を読むと三分以内に眠りに落ちるという特技を持っているのだから。
楽しそうな資料集めとやらは、結局自分がやることに決まっている。イオンはそう考えた。
「絶対素晴らしい経験になるわよ。夢みたいに美しい光景なんですって」
「そりゃきっと本当に夢を見ていたんだよ。そんな場所みつかるもんか」
「見つけるんだよ。おれたちで」
「そうよ。歴史に名前が残るかも知れないわよ」
入れ替わり立ち代わりの攻撃にややたじろいだイオンだが、思いがけず名案が閃いた。今この危機を切り抜けるだけでなく、積年の悩みの種も一挙に解決するという、それはもう完璧な逆転の妙手に思えた。
「よし、こうしよう」
彼は勝ち誇った笑顔を浮かべ友人二人に向かって高らかに宣言した。
「賭けるんだ。その星の降る草原とかいう場所が、本当にあるかどうかを。僕が勝ったらルネ の手伝いは今回で最後ってことにする。どうだい? ルネ」
我ながらまぎれもない名案だとイオンは思った。草原に星が降るなど夢物語もいいところだ。ありえないのだから、つまり負けるはずがない。おまけに二度と馬鹿げた考古学者ごっこを手伝う必要もなくなる。イオンは内心で快哉を叫んだ。
だがここでまたしても後ろから、本日二本目のナイフが飛んで来た。
「ということはイオンが負けたらどうするかは、当然ルネが決めていいんだよな」
「えっ?」
「当然よね。私が勝ったら何をもらえるかは、私が決められなきゃ不公平ってもんだわ」
どうもロランは親友よりもルネに肩入れしているように思えた。余程このホラ話に興味があるらしい。
とはいえ相手の言い分はもっともである。イオンは素直に受け入れた。
「まあそうだね。それじゃ君が勝ったらどうする?」
驚いたことに、ルネは即答した。そして返ってきた答えに、イオンはもっと驚かされた。
「あなたのお父さんと仲直りして」
「……そう来たか」
イオンはしばし絶句した。ルネを見れば、やや上目遣いにこちらの表情を伺っている。自分の言ったことが、幼馴染の未だ癒えることのない心の傷に、さらに痛みを加えたことを理解しているようだ。それと同時にイオンもまた、自分と父との確執が、どれだけルネにとって気掛かりとなっているかを理解させられた。ルネは切れ長の目尻にうっすらと涙を滲ませて、懇願するような眼差しですらある。
関係ないだろう。と言いたい衝動に駆られたが、その真摯で優しい眼差しに、
あれ
以来この六年間、自分たち親子が助けられてきたことを思えば、簡単に突っぱねることはできなかった。ルネとその家族は、親子二代にわたる友人家族であるイオンと父ジェラールの、寒風吹きすさぶ荒野のような、鬱々とした二人きりの生活を見守り続けてきたのだった。気が付けば三人の間に流れる空気は、急にどんよりと暗い雲が垂れ込めたようになっていた。
「さあどうするイオン君? 勝負に乗るかい?」
そんな雰囲気を破り捨てるように、おどけた声を張り上げたのはロランだった。
大げさな身振りでイオンの肩を寄せ、からかうように片目をつぶってみせる友人の顔を見て、イオンは安堵した。ロランはいつもこうだった。数人だけの間でも、学校でクラスの皆の中にいる時も、周囲が気まずい雰囲気になったり、揉めそうになった時は、進んで道化を演じるのだった。
おかげでクラスの女子たちからは目の敵にされていたが、本人はどこ吹く風、といった調子だった。イオンはそんな度量の大きな友人を、少なからず尊敬していた。
「よし、やるよ。そんな草原があるかどうか、確かめてやる」
イオンがそういうと、ロランは友人の覚悟を賞賛するように、大きく頷いた。
「これで決まりだな。面白くなってきたぞ。よかったなルネ」
そう言いながら嬉しそうに両手を擦り合わせるロランと、涙目を拭いながら頷くルネを見て、イオンは父と二人きりになった六年前のことを思い返していた。