第3話 ロランの味覚

文字数 1,759文字

イオンは二つ隣の席に座っているルネの方をちらりと見遣った。朝の興奮した様子とは裏腹に、彼女本来の性格である冷静さを取り戻し、静かにノートを取っている。肩ぐらいまでの髪を、こめかみのあたりで留めた赤い髪留めは、ミルクをたっぷり入れた紅茶の色をした、彼女の髪に良く似合っている。
落ち着いていれば良い子なんだけどなぁ。
それがイオンの、幼馴染に対する総合評価だった。やや切れ長の目が、勝気そうな印象を与えるが、実際にはルネは誰にでも優しく、細やかな心遣いのできる子だということは、イオンには分かっている。特にこの六年間、その優しさを感じていた。
とは言え、何かに熱中し始めた時のルネがいささか手に負えないのもまた、事実だった。イオンは我知らず、小さく頭(かぶり)を振った。秋の陽に揺れる、麦の穂を思わせるような金髪が静かに揺れた。
まずはあの本のことをイオンは考えた。六年前のあれ以来、世の中の本という本を、嫌うどころか憎んですらいる彼だったが、さっき見せられた本が相当な年代物だというぐらいの見当はついた。
あれは一体何の本だろう。
資料集めはいつも一緒に図書館に行っているが、あの本には見覚えがない。それに流れ星の落ちる草原なんてバカバカしい。あるわけないじゃないか。
イオンとしては奇想天外な考古学者ごっこにいつまでも付き合うつもりはなかった。四時間目の授業が終わる頃には、ルネが何を思いついたのか知らないが、一緒に行こうなどと言い出しても断固断ろうと決意していた。

午前の授業の終わりを報せる鐘が鳴り、生徒たちは先を競うように教室を飛び出して、校舎の隣にある食堂へと急いだ。
イオンの学校にある古びた食堂は、大昔に修道院として使われていた建物を改修して作ったもので、教師も生徒もそこで食事をとることになっている。
メニューはかなり豊富で、簡単なサラダから手の込んだ肉料理まで食べられるため、生徒たちからの評判は上々だった。
授業中ぼんやりと考え事ばかりしていたイオンも立ち上がり、ほのかに漂ってくるシチューの香りに、自分が空腹であることに気付かされた。
「やっと昼休みだな。今日の昼飯は何にする?」
声を掛けてきたのは親友のロランだった。ダークブラウンの短髪と同じ色の瞳は、昼食の時間になって急に生気を取り戻したように見える。
「俺はもう決めてあるけどな」
ロランはイオンの肩に手を置きながら朗らかにそう言った。
「当てようか。またあのザウエル何とかっていう煮込み料理だろ」
二人は他の生徒たちと同じように、教室を出て食堂に向かって歩き出した。
並んで歩くと、ロランはイオンより5センチほど背が高いのがよくわかった。
「ザウエルブラーテンな。正解。よくわかったな」
「わかるよそりゃ。最近毎日あればっかり食べてるじゃないか」
ザウエルブラーテンとは、隣国ラルマーニュの家庭料理で、ワインビネガーと香辛料で味付けした牛肉を長時間煮込んだものである。今月から食堂の新メニューとして登場したのだが、新しいもの好きのロランはこの料理を生徒の中で一番初めに注文し、食べるや否や自らの大好物リストの中に加え、ここ数日は毎日こればかり食べている。
「よく飽きないな。今日で五日目だよ」
「何日でも食べるさ。この世にジャガイモがある限り」
「ジャガイモ? 牛肉だろ、メインは」
友人の意外な言葉に驚いてイオンが聞き返すと、
「何言ってんだ。ジャガイモだよ、俺があの料理の一番気に入っているところは」
と、何を分かりきったことを聞くのかとでも言うような調子でロランは答えた。
「あのソースに、茹でたジャガイモを浸して食べるのが最高に美味いんだよ」
話ながら味が舌の上に蘇ったらしく、食べる前からすでにうっとりしている様子だ。
「……変わった楽しみ方だな」
じっくりと赤ワインで煮込んだ牛肉ではなく、付け合わせのジャガイモが気に入っていたとは。実はロランの家は、街では有名なパン屋を営んでいるのだが、跡継ぎと目されているロランがいささか風変わりな食の好みの持ち主であることは、学校内ではよく知られている。
イオンは今更ながら友人の感覚に驚きつつ、樫の木で出来た大きく頑丈な食堂のドアを開けた。

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登場人物紹介

イオン・ランベール


14歳

性格:温厚かつ冷静
友達は多い
本を憎んでいる
父親を恨んでいる

外見:秋の陽に揺れる、小麦の穂を思わせる金髪
上等な服を着せれば、良家の子弟に見えなくもない顔立ち

好きな食べ物は肉料理

ルネ・フォートレル


性格:普段は穏やかで寛容 真面目 勉強は好き 何かに熱中すると周りが見えなくなる


イオンの幼馴染

父親の研究に興味があり、将来は考古学者になるのが夢

三人姉妹の末っ子


外見:肩までのミルクティー色の髪 やや切れ長の目

好きな食べ物は焼き林檎

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