第12話  煌めく鉱石と、横顔

文字数 3,267文字

老人は店内のガス灯の栓をひねって火を消し、店の壁に作り付けたハンドルをぐるぐると回し始めた。
ただでさえ薄暗かった店内は、灯りが消え、カーテンを閉めたせいでほぼ真っ暗になっている。 唯一の光源となった天窓は、ベルリオーズ氏がハンドルを回すたびに何やら小さくなっていく。よく見ると、ハンドルの動きに応じて、鎧戸のように天窓に取り付けられたいくつもの銅製の羽根のようなものが、中央に向かって光を絞るように閉じてゆく。
一体何事が始まるのかと天井を見守る三人だったが、
「ふむ、こんなもんだろう」
天窓が完全に閉まりきる前に手を止めた店主に、さらに混乱させられた。老人は、ハンドルから手を放し、店の真ん中までまた歩いて、三人に向かって手招きをした。。
「君たち、こっちに来てごらん」
言われるがまま老店主が手招きする場所に、イオンたちは移動する。
そこは、天窓の真下だった。
「あの、何が始まるんでしょうか?」
恐る恐るといった体(てい)で口を開いたのはルネだった。
「いいかい。良く見ておくんだよ」
そう言ってベルリオーズ氏は、おもむろに木箱の蓋を開け、中から何かを取り出した。
よく見るとそれは、ニワトリの卵ぐらいの大きさをした、虹水晶の結晶だった。
ベルリオーズ氏はその水晶を、天窓から真っ直ぐ下に射し込んでいる光の中に置いた。すると水晶は、鋭い煌きを発しながら美しい虹色の紋様を部屋中に投げかけた。
「見て! 」
ルネが興奮気味に声を上げた。厚いカーテンに閉ざされ、真っ暗になっていた店の壁や天井に、赤や青や黄などの虹彩が躍っている。
「うわぁ。なんだか空から虹が降りてきたみたいだ」
イオンも感嘆しきりである。
「どっちかというと虹より星の光に似てるんじゃないか? しかし凄いな。こんな石があるなんてな」
確かにロランの言う通り、それまで真っ暗だった部屋の中は、壁にも天井にも七色の輝きを宿し、まるで夜空の星々の光をこの部屋に閉じ込めたかのようにも見える。
「虹水晶なら前にベルナールの家で見せてもらったことがあるけど、あの時はこんなに光ったりしなかったよな」
「うん。たぶん太陽の光の当たる角度とか、明るさとか、そういうのが関係あるんじゃないかな」
「そうよきっと。さっきあのおじいさんが天井の窓を操作していたでしょう? あれはきっとこのために光を一点に絞っていたのよ」
ひそひそとこの美しい光の謎について話し合う三人に、老店主は含み笑いで話しかけた。
「よくわかったね君たち。虹水晶は元々光を当てると屈折して、わずかに虹色の光を多少は放つ物なんだがね、この石だけどういうわけか強い太陽の光が真上から当たると、他のものより一際はっきりと紋様を映し出すんだよ」
真上と言われてイオンが天井を振り仰ぐと、よく見れば天井には鏡が取り付けられており、その角度のおかげで光が真下に向かって伸びるようにしてあった。
「光を一点に集めるのがコツでね。これを見ようと思うと季節や天候や時間帯やらの条件が揃わないとダメなんだが、これから真夏を過ぎるまでの間は、しばらく見られるよ」
興味深そうに天井を見上げるイオンのそばで、老店主は温和な笑顔で解説してくれた。
ふとルネの方を見れば、彼女は虹水晶の前に立ち、吸い込まれるように前かがみになってじっと覗き込んでいる。鉱石に興味などないはずだから、てっきり退屈しているだろうと思っていたのだが、驚いたことに目を輝かせていかにも心躍る体験をしたばかり、といった風である。
水晶はいまだ虹の煌めきを放ち続けており、ルネの顔や服にも七色の光を映していた。
とっくに見慣れていると思っていた横顔なのに、美しい光に彩られたその姿を見ていると、何故か分からないがとても大切なものを見つけたような気持ちに、イオンはとらわれた。
「ベルリオーズさん。これ売り物なの?」
だが一瞬の感慨は、散文的なロランの質問に遮られた。
「そんな訳ないよ。絶対ベルリオーズさんの私物に決まってるって」
友人の問いが不躾に思えたイオンは慌てたが、ベルリオーズ氏は穏やかな笑顔のまま申し訳なさそうに白髪頭を掻いている。
「いや、残念ながらこれは私の個人的なコレクションでね。非売品なんだよ」
「ほらね。やっぱり」
「なんだ、残念。まあ売り物だったとしてもきっと高いだろうな、あれは」
そう言いながらもロランの視線は、ちらちらと水晶の方を行きつ戻りつしている。
店内はまだ暗いままである。
もう一度イオンはルネの横顔をちらりと見てみたが、小さい頃に比べれば大人びたな、という感想以外に特別な想いはなく、今しがた感じた不思議な気持ちはどこかへ行ってしまったようだった。
「楽しんでもらえたかな、お嬢さん」
老店主はルネに優しく声をかけた。まだじっと水晶をのぞき込んでいたルネはようやく体をまっすぐにして答えた。
「はい。とっても素敵でした。ありがとうございました。本当に」
笑顔で礼を言うルネに、老店主は目を細めて頷いている。
イオンは少し意外な気がした。
昔から人見知りで、いつもなら初めて出会った人と親しげに会話したりすることなど苦手なはずのルネが、これほど屈託のない笑顔を見せるのは珍しいことだった。
「じゃあ黄水晶を買って、そろそろ帰ろうかロラン」
「そうだな。こうしてるうちに誰かに先を越されるかも知れないしな」
「私も買うわ」
意外な申し出に、少年二人は顔を見合わせた。
「本当に? どうしたの?」
「買ってどうするんだ?」
なにやら咎めるような言い方で聞かれて、ルネは軽く口を尖らせた。
「何よ。私が買ったっていいじゃない。それに、せっかく三つあるんだから」
「もしかして石に興味が湧いたの?」
驚いたように尋ねるイオンに、ルネははにかんで頷いた。
「うん。ちょっと好きになっちゃった」
ベルリオーズ氏は再び壁のハンドルを回し、天窓の鎧戸を動かしている。その間に三人がカーテンを開けると、一気に太陽の光がなだれ込んで来る。入った時からやや薄暗かったものの、それでも店内は昼の明るさを取り戻した。
「気に入ってもらえたようで良かったよ。あれが見られるのはこの時期だけだから、またおいで」
三人はお金を払うと、笑顔で見送るベルリオーズ氏に手を振って、店を後にした。

「なあロラン。今日のベルリオーズさんさ、なんかいつも以上に親切だったと思わないか」
帰り道、店を出てしばらく歩き出してから、イオンがおもむろに話しかけた。
三人は、左右の端をオーチャードグラスが生い茂る、野菜畑に挟まれた道を歩いていた。先の尖った雑草の葉は、夏が近づくにつれて背を伸ばし、色を濃くしている。
畑に整然と植えられたほうれん草の葉を風が揺らし、清々しく晴れ渡った空を、ヒバリと思しき鳥が横切った。
「そうだな」
長身の友人は少し考えるようにして答えた。
「いつも優しいけど、今日は確かに普段よりも愛想が良かった気がするな」
「そうだろう? あんな綺麗な石まで見せてくれたしさ。何でだろうね」
ロランはひらめいた、というように手を打った。
「ルネがいたからだな、オレが思うに」
「どうして? 私が何か関係あるの?」
ルネはきょとんとして訊ねた。
「そりゃ女の子だからだよ。オレが知る限り、あの店に女の子が石を買いに来たためしはないからな。じいさん嬉しかったんだよ、きっと」
「ああ、確かにそうかも知れないね。初めて女の子のお客さんが来たから、張り切ったんだろう」
「そうかしら。女の子が、というより子供に石に興味を持って欲しいんじゃない? なにかそんな気がするわ」
ルネは愛おしげに、生まれて初めて手に入れた鉱石を手のひらの中で、そっと撫でた。
「さあ、貴方たちの用事は済んだんだから、次はこっちの用事よ。私の家で例の旅行記をじっくり研究しましょう」
うんざりした顔を隠そうともしない二人の少年を引き連れて、自称女性初の考古学者見習いは、颯爽と街へと歩き出した。
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登場人物紹介

イオン・ランベール


14歳

性格:温厚かつ冷静
友達は多い
本を憎んでいる
父親を恨んでいる

外見:秋の陽に揺れる、小麦の穂を思わせる金髪
上等な服を着せれば、良家の子弟に見えなくもない顔立ち

好きな食べ物は肉料理

ルネ・フォートレル


性格:普段は穏やかで寛容 真面目 勉強は好き 何かに熱中すると周りが見えなくなる


イオンの幼馴染

父親の研究に興味があり、将来は考古学者になるのが夢

三人姉妹の末っ子


外見:肩までのミルクティー色の髪 やや切れ長の目

好きな食べ物は焼き林檎

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