第2話 レガリア王国最初の女性考古学者見習い
文字数 1,551文字
授業中、イオンはルネの話が気になっていた。
ふと窓の外に目を遣ると、真っ青な初夏の空が広がっており、その下には鮮やかな緑の田園風景が地平線まで続いている。千切れた真綿のような雲は僅かに浮かぶのみで、黒板を見飽きた目には、吸い込まれるような青空が殊更美しく感じられた。
それにしても今度もまた突拍子もないことを聞かされたものである。
流れ星を探しに行く?まさか自分も一緒に?
冗談だろうと思いたかったが、彼女の場合十分あり得る話だった。何しろイオンが彼女のこういう探検めいたことに付き合わされるのはこれが初めてではない。
この前は、街から三十キロ以上も離れた田舎の村の近くに、古代の遺跡が眠っていると言い出して、自転車でニ時間以上かけて遠征したものの、結局なにも見つからずじまいだった。
あの時は大変だった、とイオンは思い出した。尻が痛くなるほど自転車をこいで辿り着いた挙句、そもそもその古代の遺跡とやらの正確な場所もわからないまま、あっちこっち手当たり次第に掘り返したせいで、村の人にこっぴどく叱られたのだった。
ところが、イオンがルネの父親で著名な考古学者である、クリストフ・フォートレル博士の名を出すと、たちどころに村の人の機嫌が直ったのである。しかも困ったことにその村の人達は、博士が事前調査のために二人を寄越したものと勘違いし、かの高名なフォートレル博士が調査に乗り出すくらいだから、よほど価値のある遺跡が眠っているに違いないと思いこんでしまったのだった。
はしゃぐ村人たちを抑えて彼らに事情を説明し、フォートレル博士の研究とは何の関係もないことをわかってもらい、謝罪してから穴掘りと全く逆の工程、つまり掘り返したところをまた埋め戻すという惨めな作業を完了して帰途についた、という苦い経験があった。
ルネは子供の頃から、父親の職業である考古学者に憧れており、五才の時に一度この街の近くでフォートレル博士が発掘調査を行っているところを、母親に手を引かれて見学しに行って以来、見よう見まねであちこちの河原や丘などを掘り返すようになった。そしてそのほとんどに、イオンは同行させられたのである。
イオンとルネの付き合いは幼い頃にまで遡る。
元々は二人の父親同士が子供時代からの親友だったことに端を発する。
長じてイオンの父ジェラールは作家、ルネの父クリストフは考古学者、と進んだ道は異なれど二人の交誼は絶えず、相前後して故郷のこの街に戻ってきて、お互い歩いて五分とかからぬところに仲良く居を構えたのである。
それから今日に至るまで、家族ぐるみの付き合いが続いている。そして同じく今日に至るまで、ルネの考古学熱は冷めるところを知らず、相変わらずイオンは『レガリア王国最初の女性考古学者見習い』という怪しげな肩書を名乗る幼馴染の意味不明な研究に、今も時々振り回されているのだった。
幼い頃の砂遊び程度の発掘ごっこならまだしも、十四才になった今では、当然イオンとしては付き合う気などさらさら無いのだが、放っておくと森の中に一人で入って行き、前王朝の城跡を探しているうちに迷子になりかけたり、川の中に大昔の魚の化石があると言い出して、深みに嵌まりかけたりするので、無視できないのだった。
ルネがイオンを頼るのは他にも、イオンの祖父がこの地方で最も大きな図書館の館長をしていることも大きく関係している。おかげでイオンはルネが何か資料を必要とすることがあると、館長の孫の特権である出入り貸し出し共に自由自在の身を活かして、ルネと一緒に図書館で資料を調達させられている。イオン自身は書物の類を心の底から憎んでいるにも関わらず、である。
まったく、今度は一体何を言い出すのか……。
ふと窓の外に目を遣ると、真っ青な初夏の空が広がっており、その下には鮮やかな緑の田園風景が地平線まで続いている。千切れた真綿のような雲は僅かに浮かぶのみで、黒板を見飽きた目には、吸い込まれるような青空が殊更美しく感じられた。
それにしても今度もまた突拍子もないことを聞かされたものである。
流れ星を探しに行く?まさか自分も一緒に?
冗談だろうと思いたかったが、彼女の場合十分あり得る話だった。何しろイオンが彼女のこういう探検めいたことに付き合わされるのはこれが初めてではない。
この前は、街から三十キロ以上も離れた田舎の村の近くに、古代の遺跡が眠っていると言い出して、自転車でニ時間以上かけて遠征したものの、結局なにも見つからずじまいだった。
あの時は大変だった、とイオンは思い出した。尻が痛くなるほど自転車をこいで辿り着いた挙句、そもそもその古代の遺跡とやらの正確な場所もわからないまま、あっちこっち手当たり次第に掘り返したせいで、村の人にこっぴどく叱られたのだった。
ところが、イオンがルネの父親で著名な考古学者である、クリストフ・フォートレル博士の名を出すと、たちどころに村の人の機嫌が直ったのである。しかも困ったことにその村の人達は、博士が事前調査のために二人を寄越したものと勘違いし、かの高名なフォートレル博士が調査に乗り出すくらいだから、よほど価値のある遺跡が眠っているに違いないと思いこんでしまったのだった。
はしゃぐ村人たちを抑えて彼らに事情を説明し、フォートレル博士の研究とは何の関係もないことをわかってもらい、謝罪してから穴掘りと全く逆の工程、つまり掘り返したところをまた埋め戻すという惨めな作業を完了して帰途についた、という苦い経験があった。
ルネは子供の頃から、父親の職業である考古学者に憧れており、五才の時に一度この街の近くでフォートレル博士が発掘調査を行っているところを、母親に手を引かれて見学しに行って以来、見よう見まねであちこちの河原や丘などを掘り返すようになった。そしてそのほとんどに、イオンは同行させられたのである。
イオンとルネの付き合いは幼い頃にまで遡る。
元々は二人の父親同士が子供時代からの親友だったことに端を発する。
長じてイオンの父ジェラールは作家、ルネの父クリストフは考古学者、と進んだ道は異なれど二人の交誼は絶えず、相前後して故郷のこの街に戻ってきて、お互い歩いて五分とかからぬところに仲良く居を構えたのである。
それから今日に至るまで、家族ぐるみの付き合いが続いている。そして同じく今日に至るまで、ルネの考古学熱は冷めるところを知らず、相変わらずイオンは『レガリア王国最初の女性考古学者見習い』という怪しげな肩書を名乗る幼馴染の意味不明な研究に、今も時々振り回されているのだった。
幼い頃の砂遊び程度の発掘ごっこならまだしも、十四才になった今では、当然イオンとしては付き合う気などさらさら無いのだが、放っておくと森の中に一人で入って行き、前王朝の城跡を探しているうちに迷子になりかけたり、川の中に大昔の魚の化石があると言い出して、深みに嵌まりかけたりするので、無視できないのだった。
ルネがイオンを頼るのは他にも、イオンの祖父がこの地方で最も大きな図書館の館長をしていることも大きく関係している。おかげでイオンはルネが何か資料を必要とすることがあると、館長の孫の特権である出入り貸し出し共に自由自在の身を活かして、ルネと一緒に図書館で資料を調達させられている。イオン自身は書物の類を心の底から憎んでいるにも関わらず、である。
まったく、今度は一体何を言い出すのか……。