第1話 事の始まり

文字数 1,409文字

「イオン、ちょっといい? 」
 名前を呼ばれてイオンが振り向くとそこには、クラスメイトのルネが立っていた。
 その日、学校に着いたイオンは、先生が教室に入ってくるまでの間、いつものように友達とのおしゃべりに興じていた。
 この時の話の中心はクロードだった。彼の話によると、昨日の朝、街外れの川で父親と一緒に釣りをしていて、一.五メートル程の巨大ナマズを釣り上げたのだという。
 ルネが話しかけてきたのは、ちょうどクロードが彼の父親と大ナマズを引き上げるのにどれほど苦労したか、というあたりだった。クロードの話はいつも面白く、今回も身振り手振りで大ナマズとの格闘を、迫真の口ぶりでみんなに話して聞かせているところだった。名前を呼ばれてもイオンは、まだすぐにはクロードを囲む輪から離れなかった。
「とにかく力が強いのなんのって。おまけにとんでもなく重いし。竿が折れそうなくらい暴れ回るんだよ」
「この前君が釣ったマスの大きい奴とどっちが引きが強かった? 」
「網は持ってなかったのかい? 」
 友達から口々に質問が出てきても、律儀に一つ一つ答えるクロードの話をもう少し聞いているつもりだったのだが、
「ねえイオン。イオンってば! 」
と自分の名前を呼ぶ声が、徐々に強くなっていくのを感じて諦めざるを得なくなった。
「何だよルネ。今いいとこなんだよ」
 話の佳境で引きずり出された者として、多少の不機嫌さを主張した声で応じたのだが、相手はその程度のことは意に介さないようだった。
「さっきから呼んでるじゃない。聞いて欲しい話があるのよ。もうすっごい大発見なんだから」
「わかったよ。大発見って何の話? 」
「ちょっと来てよ」
 朝から興奮気味のルネに袖を引かれて、イオンは男子の輪の中から離れて行った。
「これを見てくれる? 」
 そういってルネは鞄の中から一冊の古びた本を取り出した。かなりの年代物のようで、ルネがパラパラとページをめくると何やら黴臭い匂いが漂った。
「何の本なんだい? ずいぶん古いみたいだね」
 イオンの質問をよそに、ルネはしばらく夢中になってページをめくっていたが、目当てのページに辿り着くと、熱を帯びた口調で言った。
「ここよ! ここを読んで」
 有無を言わさぬ口調だったが、イオンにとっては慣れたものだった。普段は冷静で温厚なルネが、何かに夢中になっている時の癖だった。やれやれとは思ったものの、とりあえずイオンは彼女が指で示した文章を読むことにしたのだが、見出しの一行で引き留められた。
「えーと……流れ星の落ちる草原……流れ星だって? 何だこりゃ」
 思わず呟いて顔を上げた時だった。
「おはようみんな! さあ教室に入って! 」
 担任のヴァロワ先生が、いつもの大声とともに階段を上がって来るのが聞こえた。先生本人は特別大声を出しているつもりはないらしいのだが、先生が朝の挨拶をしている時は、廊下の端にいてもよく聞こえる。おまけに怒った時となると、古びた木造の校舎がまるで縮み上がるようにも感じられる。
「仕方ない。また後でちゃんと読んでよ」
 バタバタと席に着く同級生たちの椅子を引く音の中で、ルネは鞄に本を戻しながら言った。
「読んでどうしろっていうんだよ」
 困惑するイオンに向かって、ルネは目を輝かせてこう答えた。
「決まってるじゃない。探しに行くのよ。流れ星の落ちる草原を」 
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登場人物紹介

イオン・ランベール


14歳

性格:温厚かつ冷静
友達は多い
本を憎んでいる
父親を恨んでいる

外見:秋の陽に揺れる、小麦の穂を思わせる金髪
上等な服を着せれば、良家の子弟に見えなくもない顔立ち

好きな食べ物は肉料理

ルネ・フォートレル


性格:普段は穏やかで寛容 真面目 勉強は好き 何かに熱中すると周りが見えなくなる


イオンの幼馴染

父親の研究に興味があり、将来は考古学者になるのが夢

三人姉妹の末っ子


外見:肩までのミルクティー色の髪 やや切れ長の目

好きな食べ物は焼き林檎

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