六 策を練る その一
文字数 1,491文字
「それでここに頼みに来た。手持ちは一両しかねえが、これでお京を探してくだせえ。
俺は短気で口は悪いが、京に手を上げたことも、無下に扱ったこともねえ。大事な女房なんだ。あいつはどんなときでも、こんな俺を立ててくれた。あいつ無しでは、俺は何もできねえ。何としてもあいつを探してくだせい・・・」
と涙を流しながら女房の京の探索を依頼した。
「身代金を払うように言われましたか」
石田は喜助を見つめた。
「いや、言われてねえです」
「単なる拐かしではないのは明らかです。北町奉行所の与力の藤堂八郎様と懇意にしていますので、この件、私から藤堂八郎様に知らせたいが、如何ですか」
「一両では足らねえから、頼みを北町奉行所に盥まわしにする気ですかい」
喜助は、依頼金が少ないから、石田がお京の探索を北町奉行所に盥まわしするのだ、と思った。始末屋は石田も含めて五人いる、一両を五等分すれば一人分は八百文。つまり、三朱五十文だ。(一両=四分=十六朱=四千文。一両は現在の十二万から二十二万程度か・・・)
「そうではありません。拐かしなら身代金が目的ですが、それが無いなら、考えられるのは一つ。人買いに売る気です。北町奉行所の力が必要です。
藤堂八郎様に知らせていいですね」
石田の言葉に喜助は驚き、納得した。
「わかった。知らせて女房を探してくだせえ。それと、われは一両しか金がねえです。 探索の費用の足らねえ分は、ここで働かせてくだせい。それで、女房を探す費用にしてくだせい。このとおりです」
喜助は芋粥の椀と箸を囲炉裏の縁に置いて退き、床に手をついて深々と頭を下げた。
「喜助さん。顔を上げてください。
単なる拐かしでないのは明らかです。与力の藤堂八郎様へ伝え、策を練りたいのです」
石田は穏やかに言い、喜助に顔を上げて気楽にするよう促した。
「それは・・・どういうことだべ」
喜助は驚いて顔を上げた。
「口入れ屋といい、奉公した廻船問屋といい、手筈が整い過ぎています」
「てこたあ、はなっから、お京を目当てにしてたってこってすか」
石田の話に驚いて、喜助はガタガタ震えだした。両手で膝をしっかり掴んだが、震えは止まらない。
「一刻も早く、北町奉行所に伝えて、策を練りましょう。
芋粥を食して下さい」
「へえ、もう食いましたっ。すぐにも北町奉行所へ行きますっ」
喜助は今度は興奮しだした。今にも番小屋から飛び出しそうだ。
「分かりました。では、仕度して参りましょう。誰か同行して下さい」
石田は、村上、森田、川口、本木を見た。
「私が同行します。村上さんと川口さんは吉原の警護日です。本木さんはここで留守居をして、体調を整えてください」
森田はそう言って、本木を気遣った。本木はこのところの急激な天候変化で、体調を崩している。長月(九月)十二日。小雨の朝五ツ(午前八時)は例年より冷えている。この夏も、寒い夏だった。これでは陸奥は冷害埜被害が拡がる・・・。森田はそう思った。
「では、参りましょう」
石田と森田は刀を帯びて喜助を伴い、白鬚社の番小屋を出た。
雨は上がっていた。大川の対岸に青空が拡がっている。
喜助と京が奉公していた紀州屋は、日本橋富沢町の御堀端にあり、抜け荷の咎で取り潰された黒川屋に代わって店開きした廻船問屋だ。
富沢町の北へ二丁目の新大坂町には、かつては廻船問屋吉田屋があった。その西の通りを挟んた田所町には廻船問屋亀甲屋があった。亀甲屋は殺しと抜け荷で取り潰され、吉田屋は殺しで取り潰されている。廻船問屋は犯罪の巣窟なのだろうか・・・。
そう思いながら、石田は、喜助の身の振り方をどうしたものか考えた。
俺は短気で口は悪いが、京に手を上げたことも、無下に扱ったこともねえ。大事な女房なんだ。あいつはどんなときでも、こんな俺を立ててくれた。あいつ無しでは、俺は何もできねえ。何としてもあいつを探してくだせい・・・」
と涙を流しながら女房の京の探索を依頼した。
「身代金を払うように言われましたか」
石田は喜助を見つめた。
「いや、言われてねえです」
「単なる拐かしではないのは明らかです。北町奉行所の与力の藤堂八郎様と懇意にしていますので、この件、私から藤堂八郎様に知らせたいが、如何ですか」
「一両では足らねえから、頼みを北町奉行所に盥まわしにする気ですかい」
喜助は、依頼金が少ないから、石田がお京の探索を北町奉行所に盥まわしするのだ、と思った。始末屋は石田も含めて五人いる、一両を五等分すれば一人分は八百文。つまり、三朱五十文だ。(一両=四分=十六朱=四千文。一両は現在の十二万から二十二万程度か・・・)
「そうではありません。拐かしなら身代金が目的ですが、それが無いなら、考えられるのは一つ。人買いに売る気です。北町奉行所の力が必要です。
藤堂八郎様に知らせていいですね」
石田の言葉に喜助は驚き、納得した。
「わかった。知らせて女房を探してくだせえ。それと、われは一両しか金がねえです。 探索の費用の足らねえ分は、ここで働かせてくだせい。それで、女房を探す費用にしてくだせい。このとおりです」
喜助は芋粥の椀と箸を囲炉裏の縁に置いて退き、床に手をついて深々と頭を下げた。
「喜助さん。顔を上げてください。
単なる拐かしでないのは明らかです。与力の藤堂八郎様へ伝え、策を練りたいのです」
石田は穏やかに言い、喜助に顔を上げて気楽にするよう促した。
「それは・・・どういうことだべ」
喜助は驚いて顔を上げた。
「口入れ屋といい、奉公した廻船問屋といい、手筈が整い過ぎています」
「てこたあ、はなっから、お京を目当てにしてたってこってすか」
石田の話に驚いて、喜助はガタガタ震えだした。両手で膝をしっかり掴んだが、震えは止まらない。
「一刻も早く、北町奉行所に伝えて、策を練りましょう。
芋粥を食して下さい」
「へえ、もう食いましたっ。すぐにも北町奉行所へ行きますっ」
喜助は今度は興奮しだした。今にも番小屋から飛び出しそうだ。
「分かりました。では、仕度して参りましょう。誰か同行して下さい」
石田は、村上、森田、川口、本木を見た。
「私が同行します。村上さんと川口さんは吉原の警護日です。本木さんはここで留守居をして、体調を整えてください」
森田はそう言って、本木を気遣った。本木はこのところの急激な天候変化で、体調を崩している。長月(九月)十二日。小雨の朝五ツ(午前八時)は例年より冷えている。この夏も、寒い夏だった。これでは陸奥は冷害埜被害が拡がる・・・。森田はそう思った。
「では、参りましょう」
石田と森田は刀を帯びて喜助を伴い、白鬚社の番小屋を出た。
雨は上がっていた。大川の対岸に青空が拡がっている。
喜助と京が奉公していた紀州屋は、日本橋富沢町の御堀端にあり、抜け荷の咎で取り潰された黒川屋に代わって店開きした廻船問屋だ。
富沢町の北へ二丁目の新大坂町には、かつては廻船問屋吉田屋があった。その西の通りを挟んた田所町には廻船問屋亀甲屋があった。亀甲屋は殺しと抜け荷で取り潰され、吉田屋は殺しで取り潰されている。廻船問屋は犯罪の巣窟なのだろうか・・・。
そう思いながら、石田は、喜助の身の振り方をどうしたものか考えた。