五 依頼の事
文字数 1,950文字
男の名は喜助 といった。京 という女房がいる。
葉月(八月)十四日。
山背 による冷害で、陸奥の国の民百姓は食い詰め、地元を離れた。
喜助と京の夫婦も、お伊勢参りすると言って道中手形を手に入れ、働き口を求めて仙台から江戸へ出た。夫婦は千住大橋南詰め中村町の、飯屋も営んでいる旅篭中村屋に逗留した。
喜助とお京が中村屋に入るのを待っていたように、筋向かいの口入れ屋青葉屋から番頭の吉二 が出てきた。
喜助と京の夫婦が中村屋の飯屋で昼飯を食していると、吉二は中村屋の飯屋に入り、客を物色した。夫婦を見つけ、隣の小上りに上がった。馴染みの客らしく、
「いつもの昼飯をください」
と下女に注文し、夫婦に声をかけた。
「あたしは向かいの口入れ屋、青葉屋の番頭の吉二といいます。ああ、いつもこの店で飯を食うんですよ」
そう言って青葉屋の番頭の吉二は、喜助の女房のお京を舐めるように見ている。
何だこいつ、お京にちょっかい出す気か・・・。喜助は、女房のお京を舐めるように見ている青葉屋の番頭の吉二を不快に感じ、その場で番頭の吉二の襟を掴んで締め上げた。
「てめえ、何のつもりで女房を舐めるように見ていやがるんだ」
と一喝した。
「御内儀様が若くて綺麗なもので・・・」
「口入れ屋だなんぞ言って女房をとっ捕まえて、どこぞへ売り飛ばす気かっ」
「めっそうもないです」
番頭の吉二の言葉が変わった。喜助とお京の夫婦を舐めてかかっていたのは明らかだ。
「俺たちに何の用があるか、言ってみろ」
「お二人に奉公先を世話したいのですがいかがですか。
奉公先をお探しなら、世話をしようと思いまして」
と言って、また、喜助の女房の京を舐めるように見ている。
「そして、女房を叩き売る気かっ」
喜助は吉二を怒鳴りつけた。
「いえいえ、私は口入れ屋ですから、奉公先を世話したいだけです。
奉公人を世話しますと、先方から手間賃をいただけますものでして。
ああ、お二人にも、支度金が出ますので・・・」
吉二は、
「私の目付きがいかがわしかった事は、重々お詫びします。この目は生れ持って母からいただいたものでして、変えようがございません」
と言って頭を下げた。
この男の言う事は妙だ、親切すぎる。何か魂胆がある・・・。この場は話に乗るしかない・・・。
喜助はお京と話すことにした。
「ちょっと待ってくれ・・・」
喜助とお京は話し合った。
「お京、どうしたものか。こいつ、妙だと思わないか」
「頼れる者は居ないから、しかたないね」
夫婦は妙だと思いながらも、他に頼る当ても無いので、青葉屋の番頭の話を承諾した。
「わかった。俺たちゃあ、この旅篭に逗留してる。奉公先が見つかったら、知らせてくれ」
すると、番頭の吉二は、
「お二人を商家に奉公させるには、なにぶんにも奉公の経験が必要でして・・・。
しばらく時がかかりますから、私どもの青葉屋で奉公人と下女として働き、奉公先が見つかるのを待つのはいかがでしょうか」
と言って、半月ほど口入れ屋の青葉屋で、奉公人として働く事を提案した。旅篭中村屋の下女たちも、吉二の話に納得して頷いている。吉二の話に嘘は無さそうだった。
喜助とお京は顔を見合わせた。やはり、妙だ・・・。そう思いながらも二人は互いに頷いていた。
「わかった。そう言う事なら、働かせてもらいます。よろしゅうに。
この旅篭の逗留を断わって、休息代を払ってこよう」
「それは、私めが致します。本音を言えば二人は客人です。
ですが、建前として、二人には私どもで、奉公人と下女として働いていただき、奉公の下準備をして欲しいのです」
吉二は喜助と京に頭を下げた。
「わかった。すまねえな。昼餉を食ったら、そうするぜ」
「二人の身の上を聞かせてくださいまし。なにせ、奉公先に話すにも、お二人の身の上を知りませんと・・・」
「わかったぜ」
喜助は生まれと身の上を話しながら昼餉を食した。
その後、喜助と京は口入れ屋の青葉屋で、奉公人として半月ほど下働きをした。
そして、
長月(九月)一日。
喜助と京は廻船問屋紀州屋に奉公した。
喜助は女房の京と臥所を離された。喜助は廻船から荷物を運ぶ人足、京は下女として働き、互いに顔を見る機会が少なくなっていった。
そうこうするうちに、喜助は、荷物運びの人足はいらぬ、と言い渡されて紀州屋を追い出された。喜助は何度も紀州屋へ行き、女房の京の安否を尋ねるが、紀州屋は、知らぬ存ぜぬ、と言うだけだ。
口入れ屋の青葉屋へ行って女房の京の行方を問いただすが、番頭の吉二も、知らぬ存ぜぬ、と白を切って埒が開かない。
そこで喜助は信頼できる者に、女房の京の探索を依頼しようと思い、
「信頼できる始末屋が隅田村の白鬚社の番小屋に居る」
との噂を便り、石田たちを訪ねたのだった。
葉月(八月)十四日。
喜助と京の夫婦も、お伊勢参りすると言って道中手形を手に入れ、働き口を求めて仙台から江戸へ出た。夫婦は千住大橋南詰め中村町の、飯屋も営んでいる旅篭中村屋に逗留した。
喜助とお京が中村屋に入るのを待っていたように、筋向かいの口入れ屋青葉屋から番頭の
喜助と京の夫婦が中村屋の飯屋で昼飯を食していると、吉二は中村屋の飯屋に入り、客を物色した。夫婦を見つけ、隣の小上りに上がった。馴染みの客らしく、
「いつもの昼飯をください」
と下女に注文し、夫婦に声をかけた。
「あたしは向かいの口入れ屋、青葉屋の番頭の吉二といいます。ああ、いつもこの店で飯を食うんですよ」
そう言って青葉屋の番頭の吉二は、喜助の女房のお京を舐めるように見ている。
何だこいつ、お京にちょっかい出す気か・・・。喜助は、女房のお京を舐めるように見ている青葉屋の番頭の吉二を不快に感じ、その場で番頭の吉二の襟を掴んで締め上げた。
「てめえ、何のつもりで女房を舐めるように見ていやがるんだ」
と一喝した。
「御内儀様が若くて綺麗なもので・・・」
「口入れ屋だなんぞ言って女房をとっ捕まえて、どこぞへ売り飛ばす気かっ」
「めっそうもないです」
番頭の吉二の言葉が変わった。喜助とお京の夫婦を舐めてかかっていたのは明らかだ。
「俺たちに何の用があるか、言ってみろ」
「お二人に奉公先を世話したいのですがいかがですか。
奉公先をお探しなら、世話をしようと思いまして」
と言って、また、喜助の女房の京を舐めるように見ている。
「そして、女房を叩き売る気かっ」
喜助は吉二を怒鳴りつけた。
「いえいえ、私は口入れ屋ですから、奉公先を世話したいだけです。
奉公人を世話しますと、先方から手間賃をいただけますものでして。
ああ、お二人にも、支度金が出ますので・・・」
吉二は、
「私の目付きがいかがわしかった事は、重々お詫びします。この目は生れ持って母からいただいたものでして、変えようがございません」
と言って頭を下げた。
この男の言う事は妙だ、親切すぎる。何か魂胆がある・・・。この場は話に乗るしかない・・・。
喜助はお京と話すことにした。
「ちょっと待ってくれ・・・」
喜助とお京は話し合った。
「お京、どうしたものか。こいつ、妙だと思わないか」
「頼れる者は居ないから、しかたないね」
夫婦は妙だと思いながらも、他に頼る当ても無いので、青葉屋の番頭の話を承諾した。
「わかった。俺たちゃあ、この旅篭に逗留してる。奉公先が見つかったら、知らせてくれ」
すると、番頭の吉二は、
「お二人を商家に奉公させるには、なにぶんにも奉公の経験が必要でして・・・。
しばらく時がかかりますから、私どもの青葉屋で奉公人と下女として働き、奉公先が見つかるのを待つのはいかがでしょうか」
と言って、半月ほど口入れ屋の青葉屋で、奉公人として働く事を提案した。旅篭中村屋の下女たちも、吉二の話に納得して頷いている。吉二の話に嘘は無さそうだった。
喜助とお京は顔を見合わせた。やはり、妙だ・・・。そう思いながらも二人は互いに頷いていた。
「わかった。そう言う事なら、働かせてもらいます。よろしゅうに。
この旅篭の逗留を断わって、休息代を払ってこよう」
「それは、私めが致します。本音を言えば二人は客人です。
ですが、建前として、二人には私どもで、奉公人と下女として働いていただき、奉公の下準備をして欲しいのです」
吉二は喜助と京に頭を下げた。
「わかった。すまねえな。昼餉を食ったら、そうするぜ」
「二人の身の上を聞かせてくださいまし。なにせ、奉公先に話すにも、お二人の身の上を知りませんと・・・」
「わかったぜ」
喜助は生まれと身の上を話しながら昼餉を食した。
その後、喜助と京は口入れ屋の青葉屋で、奉公人として半月ほど下働きをした。
そして、
長月(九月)一日。
喜助と京は廻船問屋紀州屋に奉公した。
喜助は女房の京と臥所を離された。喜助は廻船から荷物を運ぶ人足、京は下女として働き、互いに顔を見る機会が少なくなっていった。
そうこうするうちに、喜助は、荷物運びの人足はいらぬ、と言い渡されて紀州屋を追い出された。喜助は何度も紀州屋へ行き、女房の京の安否を尋ねるが、紀州屋は、知らぬ存ぜぬ、と言うだけだ。
口入れ屋の青葉屋へ行って女房の京の行方を問いただすが、番頭の吉二も、知らぬ存ぜぬ、と白を切って埒が開かない。
そこで喜助は信頼できる者に、女房の京の探索を依頼しようと思い、
「信頼できる始末屋が隅田村の白鬚社の番小屋に居る」
との噂を便り、石田たちを訪ねたのだった。