八 策 その一

文字数 970文字

 江戸の北の玄関口とも言える千住は、千住大橋南詰め中村町に口入れ屋が多い。水戸道、奥州道、日光道を使って江戸に入る者たちが、職を求めて口入れ屋を訪れるからだ。

 三日後。
 長月(九月)十五日。晴れの朝五ツ(午前八時)。
 日本橋元大工町二丁目の長屋で、与力の藤堂八郎の妻八重は、(まげ)総髪茶筅(そうはつちゃせん)にし、下帯を腹から胸までしっかり巻いて腰の括れと胸の膨らみを隠した。肌襦袢を着こみ絣の小袖を着て帯を締め袴を穿き、今は亡き父佐藤源之介(さとうげんのすけ)の遺品となった刀(打刀と脇差)を帯びた。
 この若衆姿の八重は、木村多恵之介と名乗った。八重と日本橋呉服町二丁目の呉服問屋加賀屋菊之助の妻で実の妹の佐恵は、木村多恵之介を『従弟』だと名乗っている。

 多恵之介は、加賀屋菊之助の妻である妹の佐恵を伴って、日本橋元大工町二丁目の長屋から千住大橋南詰め中村町へ向かった。
 二人は以前、父の佐藤源之介と、八重の妹で佐恵の姉の多恵(たえ)の仇討ちのために、夜盗の与三郎(よさぶろう)一味を町方に捕縛させるべく、協力して旅篭中村屋と、口入れ屋の青葉屋となる前の、取り潰された口入れの山王屋に潜入している。


 長月(九月)十五日。晴れの昼四ツ(午前十時)過ぎ。
 一時余りで千住大橋南詰め中村町に着いた
「あそこだ。まちがいない」
 多恵之介が示す通りの半丁ほど先の西側に口入れ屋の『青葉屋』の暖簾がある。
 ここは以前、『山王屋』という口入れ屋だった。山王屋の主は与三郎といい夜盗で、八重と佐恵の父と、八重の妹で佐恵の姉の多恵を斬殺したため、八重と佐恵は二人で策を練り、与三郎一味は町方に捕縛されて死罪となり、山王屋は取り潰されて『青葉屋』という口入れ屋に変わっていた。

「気をつけて行け。奉公が決まるのを、あの旅篭の二階で見ている」
 佐恵は多恵之介が示す通りの東を示した。そこには『飯』の暖簾と『中村屋』の看板がかかった小さな旅篭がある。以前も多恵之介は与三郎一味を捕えるためにこの旅篭を使っていた事がある。

「はい。行ってまいります。奉公が決まったら、以前のように、昼九ツ(午前十二時)までに店の前で水撒きをします」
「あいわかった。では、私が旅篭の二階から見ている故、佐恵は気をつけてまいれ」
 八重は木村多恵之介にになりきっている
「はあい」
 佐恵はそう言って、多恵之介が通りの東側にある旅篭『中村屋』入るのを見送った。
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