四 男の懸念

文字数 940文字

 男が着換えると森田は男の濡れた着物を受け取り、土間へ持って行った。(たらい)に着物を入れて釣瓶で井戸から水を汲み、手早く着物を手洗いして、板の間の囲炉裏の近くにある手拭い掛けにかけた。

「ぁぁっっ、そんなことまで・・・」
 男は、森田の行ないを見て驚いている。
「なあに、雨に濡れたのを乾かすのも、洗い物を乾かすのも、ここまで濡れたら同じ事。気にせずにいて下さい。
 それより、皆さんに頼み事を話して下さい。
 そちらに居るのは、石田さん、村上(むらかみ)さん、川口(かわぐち)さん、本木(もとき)さんです」
「ここまでされるとは・・・」
 男は、ここまで親切にするのには下心があるのでは、と思い始めた。

 石田たちは皆手練れだ。男の狼狽振りを見逃さなかった。
「我らは其方を騙しはせぬ。隅田村の衆から我らの立場を聞いて、ここに来たのであろう。
 さすれば、我らの立場は、よおく心得ておろうぞ」
 村上は口調穏やかに、言葉威圧的に話した。

 男は石田たちを改めて見た。皆、丸腰だが、放つ気配が只者ではない。それくらいはこの男にもわかった。同時に、男は震え始めた。

「寒いですか」
 石田は囲炉裏に薪をくべて、自在鉤(じざいかぎ)に掛かっている鍋の蓋を取った。中で芋粥が煮えている。石田は炉端の椀と杓子(しゃし)を取って芋粥を椀によそった。
「食いなさい。この裏の畑で獲れた自然薯(じねんじょ)だ。腹が空くと身体が冷える。まずは粥を食って腹を暖めなさい。さすれば、物事を正しく考える事もできよう・・・」
 石田は粥の椀に箸を添えて男に手渡した。

「すんません。許してください。これまで、いろいろ、騙されてきた。人を信じられなくなった。
 ここには、隅田村の衆から、皆さんの評判を聞いてきた。
 だけんど、親切にされて、また、騙されるんか、そう思ってた」

「我らが皆のために手を尽くすのは、我らをここで生かして下さる者たちのためです。皆の行ない無くした、我らの存在は無いのです。
 それ故、我らは隅田村の衆のため、ひいては困っている者のために動くのです・・・」
 石田は一言一言に心を込めて穏やかにそう言った。

「わっ、わかりました・・・。粥をいただきます・・・」
「食いながらで良いですから、頼み事を話して下さい」
 石田は穏やかに男を見つめた。
「はい、食いながら話します・・・」
 男は芋粥を食いながら話した。
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