十六 小夜の思い

文字数 1,853文字

 藤堂八郎が紀州屋に戻った。同心と手下たち
「石田さん。小夜さん。ご苦労でした。
 石田さんの居合いもさることながら、小夜さんの剣も凄まじいな・・・」
 藤堂八郎は、野上義太郎と美音に扮した石田と小夜にそう言った。

「喜助さんの女房は無事でしたか」と石田。
「如何にも、無事に保護しました。
 京はすぐにも喜助に会いたいと言っていたが、いろいろ取り調べる事がある故、野村一太郎と手下たちに付き添わせて、喜助共々北町奉行所へ行ってもらいました。
 喜助は此度の捕物の功労者だ。御上から褒美が出るだろう。私からも、二人に奉公先を見付けるよう、奉行にお願いしようと思います」
 藤堂八郎は拐かされた女たちの身の振り方を気にかけていた。

「小夜さん。御苦労様でした。小夜さんは手練れですね」
 そう言う多恵之介に扮した八重と、八重の妹の佐恵が藤堂八郎の傍に居た。
「はい、旦那様に、手解きしてもらしました・・・」
 小夜はさり気なくそう言って八重の話を逸らせた。

「私は咎人を北町奉行所に連行します故、二人とも長屋で着換えて下さい。その後、北町奉行所へ来て下さい」
 藤堂八郎は石田と小夜にそう言い、
「八重、まずは二人を長屋に案内して、着換えて頂きなさい」
 多恵之介の八重に二人を日本橋元大工町二丁目の長屋に案内するように言った。
「承知いたしました」
「では、お先に」
 藤堂八郎は町方と共に咎人を連れて奥座敷を出た。
 日本橋富沢町の紀州屋から北町奉行所まで約十五町、徒歩で四半時ほどだ。八重と藤堂八郎が暮らす日本橋元大工町二丁目の長屋は北町奉行所の手前だ。

 藤堂八郎が咎人を連れて去ると、奥座敷は石田と小夜と多恵之介に扮した八重と妹の佐恵だけになった。
「では、長屋にいらっしゃって下さい」
 藤堂八郎たちに遅れて石田と小夜は八重と佐恵と共に奥座敷を出た。

 紀州屋の土間を店先へ歩きながら、小夜は石田の腕を抱きしめた。小夜から震えが石田に伝わった。今になって小夜の心に、用心棒たちの手や腕を切り跳ばした恐怖の念が湧いていた。
「人を斬るのは初めてでしたね・・・」
 石田は小夜の腕に手を添えて支えた。
「うん。だけど、光成がいるから、安心してる。あたしの心配事を全て受け止めてね」
「分かりました。全て受け止めますよ」
 石田と小夜の話は八重と佐恵に聞こえていた。かつて武家の娘だった二人は、紀州屋の用心棒とは言え、その者たちの手や腕を切り跳ばした小夜の気持ちを理解していた。


 藤堂八郎たちに遅れ、石田と小夜は八重と佐恵と共に紀州屋を出た。
 外に出ると紀州屋の周囲は堀端の土蔵も含め、町方が取り囲んでいた。
「家宅改めと検分をするんだね・・・」
 小夜は石田の腕を抱きしめたままそう言った。
「今回は拐かしと人売りの咎で捕縛されたが、今後、抜け荷の証拠も出てくるでしょうね」
「いろんな事が分かると奉公人たちも咎がめられのですか」
「咎は連帯責任ですから此度の件だけでも、それ相応の裁きが下るでしょう」
「奉公人の女房と子どもはどうなるんだろう・・・」
 小夜は奉公人たちの女房や子どもが気になった。店の主や番頭の咎が奉公人の家族にまで及ぶのだろうか・・・。
「藤堂様がうまく取り計らってくれるでしょう」
 石田は小夜にそう言って八重を見た。八重は多恵之介の若衆姿だ。
「はい、八郎様がおそらく北町奉行に進言すると思います・・・」
 八重も奉公人の女房と子どもを思って浮かぬ表情をしている。
 小夜は己と八重と佐恵の思いが同じなのを感じた。

「ところで、八恵様も佐恵様も、剣の心得がお有りなんですね」
 小夜は刀を帯びた八重の腰つきを説明した。
「亡き父からそれなりに手解きを受けました。でも小夜さんほどではありません」
 八重がそう言うと佐恵も言う。
「私たちは父から手解きを受けましたが、刀で立ち合うまでには至りませんでした」
「八恵様と佐恵様の御父上は手練れだったと聞きました」と小夜。
「そうでしたね・・・。
 八重と呼んで下さいな。様付けではおちつきませぬ」と八重。
「私もですよ」と佐恵。

 小夜は、亡き父を思う八重と佐恵の気持ちを察した。
「わかりました。ところで、今流行(はやり)の小袖の柄は何ですか」
 八重の妹の佐恵は呉服町の呉服問屋加賀屋菊之助の御内儀である。
「流行はありますが、流行廃りの無い柄の方が、何かと便利に思います。
 ほら、姉上の衣装など、何年も変わりませんよ」
 佐恵は多恵之介に扮した若衆衣装の八重を見て微笑んだ。
「なるほどそうですね・・・」
 すぐさま小夜は八重と佐恵にうち解けた。
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