九 策 その二

文字数 812文字

 多恵之介が旅篭、中村屋に入った。
「いつぞやは世話になり申した。
 また、しばらく知古の者を待つ故、二階で休ませて下さい」
 そう尋ねる美しい若衆姿の多恵之介に、旅篭の下女の千代(ちよ)が笑顔で見詰めかえした。
「はあい。案内しますね。お武家様も久しぶりですね。お変わりありませんでしたか」
 千代は多恵之介を二階へ案内した。

「はい。おかげさまで、この通り、良く育っております」
 多恵之介は下女に冗談を言った。美しい若衆、多恵之介の上背は五尺七寸。並みの男より高い。千代はけらけら笑った。
「また、何日か日中だけここに詰めることになります。よろしくお願いします」
 多恵之介は帯びている刀を外し、千代に案内されて二階へ上がった。脇差は腰に帯びたままだ。刀(打刀と脇差)は佐藤家に伝わる刀で、今は亡き父源助(げんすけ)が、仙台伊達家家臣の佐藤源之介を名乗っていた当時と、仙台の夜盗与三郎一味に夜討ちを掛けて、今は亡き妹の多恵を救出した折に使用した遺品だ。この刀を帯びていると、多恵之介に扮した八重は、父佐藤源之介を身近に感じて、守られている気がした。

「はあい。お席を窓際に取っておきますよ。昼餉も用意しますね」
 下女がそう言うと多恵之介は、
「お願いします・・・」
 と言って声を潜めた。
「これは、前回良くして頂いた千代さんへのお礼です。一朱です。少ないですが受け取って下さい」

 千代も声を潜めて言う。
「とんでもないですよ。困ります」
「では、我が懐に留めおきましょうか」
 そう言って多恵之介は一朱の紙包みを懐へ入れる仕草をして、千代の手に紙包みを握らせた。
 千代は一瞬、呆気に取られた顔をしたが、多恵之介の手際良さに感心した。周りに、客と下女たちが居たのである。
「お気づかいありがとうございます。こちらに」
 千代は多恵之介を二階の窓際に座らせた。
「すぐに、お茶をお待ちしますね」
「有り難うございます」
 千代がその場を去ると、多恵之介は通りに面した障子戸を開けた。
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