第7話 「苦無」

文字数 2,656文字

 ららが歩道橋の柵を、乗り越えようとしている。
……!?
全速力で階段を駆け上がる策也。
ちょっと! ちょっと、ちょっと! ちょっ待てよ!
ららを強引に引きずり下ろす。
はぁ……!
はぁ……。
ワタシ、もう……楽になりたい。
策也は思わずビンタをかまそうとするが少し考えた後、
「パチン!」
ららにデコピンする策也。

一旦、落ち着けよ!

――とりあえず場所移動するぞ。

お腹空いてないか?

空腹は思考を鈍らせる上、苛立ちと負の感情を増幅させるんだ。

俺が奢るからラーメンでも食べに行こう。 なっ。 

いや、ワタシは……。
うるせえ、行くぞオラッ!
ららは手首を捕まれ、強引に連れていく策也。

  ・

  ・

  ・

  ・

  ・


【ラーメンショップ あがた家】


《横浜家系ラーメン屋》

手慣れた操作で券売機で食券を購入する策也。


辛味噌 → 大盛り → トッピング → ほうれん草増し → おつり


ほれ、ららさんはどうする?
ワタシ、そんな気分じゃ……。
同じで良いな?
辛味噌のボタンを押す策也。
策也君いらっしゃい! 今日はキレイなお姉さんと一緒かい?
おぅ、まぁな。
今日はどうするね?

いつもと同じく

味:濃いめ 油:多め 麺:硬めで。

後このお姉さんのは全部普通だ。

あいよ!







《注文したものが出される》
へい! お待ちどおさま。
いっただっきまーす!
麺をすすり、スープを一口、そしてトッピングのほうれん草を口へと運ぶ策也。

やっぱ美味いなー。

それにこのほうれん草は、鉄分・ビタミン・ミネラルと栄養価も高い上、

このこってり罪悪感を払拭してくれる。




ほら、冷めないうち食べようぜ。

う、うん……。



ゆっくりと食べ始めるらら。




……美味しい。
なっ、来て良かったろ?
こくっと頷くらら。

黙々と食べ続け、あっという間に完食する2人。




少しららの方が早かった。

策也君ごちそうさまでした。
毎度っ!
会釈するらら。
さてと、とりあえずあそこにでも行くか。

  ・

  ・

  ・

  ・

  ・

【四苦八苦公園】

大体想像はつくケドどうしたんだよ。

さっきはまた“この世の終わり”みたいな顔してたぞ。

今なら落ち着いて話せるだろ。

今日ね、上司に


「だから、君は結婚できないんじゃないのかね?」とか


「君、その顔は化粧しているのか?」それから


「君はその×を武器に××にでも働いてみたらどうだ?」とまで言われたわ。



もう限界と思った時、策也君からメッセージ来て更に絶望しちゃったのよ……。

(俺があのまま理麗の誘いに乗っていたら、今頃この人は……)


すまない、さっきまで都合つかなくてな。

でも、今こうして会えて良かった。

それにしてもひでえ奴だな……。

何かあの最低クソゴミオヤジがまともに思えてきたな。

もう、他人事じゃねぇんだ。

俺もそれ聞いて怒りの臨界点、越えたぜ。



――よしっ、明日作戦決行するぞ!

えっ?

もう物は揃ってんだよ。

――悪いんだけどさ、俺ん家は今都合が悪いんだ。

突拍子もなくオヤジが来ることもある。

作戦話する良い場所ないかな。



室内なら尚更良いんだがな……。







……ワタシの家。

イヤじゃなきゃ上がっても良いか?

いや、上がらせてらせてもらおっかな。話もしやすいしな。

安心しろ “らら”下心など微塵もねぇから。
――!

策也君に対してそんな失礼な事思わないし構わないけどウチ、何も無いわよ。

お茶すら出してあげれないわ。

んなもんいいんだよ、おかまいなくだ。

そうと決まりゃ行くぞオラ!

《ららの腕をぐいっと腕を引っ張る》
(ドキッ!)「あっ、ちょっと待って」

(さっきからワタシ、何をドキドキしてるのかしら、相手はまだ子供じゃない……)


  ・

  ・

  ・

  ・

  ・




【ららの部屋】

さぁ、何もないけど上がって。

お邪魔しま~す、っと。



(さっきは勢いで、家に上げろなんて言ったけど。

 1人暮らしの女の家なんて初めてだぜ。何だ今になってこの胸騒ぎは?) 

(――ホント、何もねぇ……)
ほのかにシンクから塩素系漂白剤の匂いが漂っている。
(はぁー。俺、このプールみたいな匂い好きなんだよなー。何とも言えないこの感じ)

ワタシ特に趣味もないし、この部屋は寝るだけなの。

だから散らかりようもないんだけどね。

(何か気の利いた事、言ってやるか)

シンプルさは、究極の洗練である


――レオナルド・ダヴィンチの言葉らしいぜ。





…………。

クスッ。ちょっとやだ何それ漫画知識かしら?

ざんねーん。

これに関しては昔、母さんに”偉人の名言集”ってのを読まされてたんだ。

そっからの引用だぜ。

あとついでだ、コレやるよ。
何か見た事あるわ。忍者の道具?

おっ、よくわかったね!

俺がガキの頃に買ってもらったキーホルダーで“クナイ”っていう忍者の武器だ。

クナイって漢字で書くと苦無って書くんだ。

語源は諸説あるけど俺から、ららさんに“苦しむことが無いように”っていう思いつきの洒落だ。

ありがとう……。もらっておくわ。

んで本題に入るけど、いいかい?

これから俺が説明する事を、一字一句その通りにするんだ。

そうすれば必ずうまくいく。必ずだ。

――まず頼んでおいた本社の組織図と、メールシステムの資料あるかい?
はい、これよ。

よしオーケー。

そして、申し訳ないけど、明日わざとでも仕事ミスして、

そいつから問題発言を吐き出させるんだ。

はいっ!
んで、これをこうして。
ふむふむ……。
こうした後、このボタンを押すんだ。
うん……。





……はい。





ふむふむ……。
ふむ……、……コクッ。





……。ふむ……コクッ。





 …………。



 ………………。



 ……………………すやすや。

――ってな感じだ。
あれ寝てる?

まぁ、この人さっきまで死のうとしてた位だ。

心も体も疲弊しきってんだ。起こすのも悪りぃしな、書置きだけしておくか。


その後は俺に任せておけ。

さぁ帰るか。

カギはオートロックだから大丈夫って言ってたしな。





風邪引くとアレだし、毛布位かけてやんねえとな。

女の子には優しくだ。

どこにあんだ、こっちの部屋かぁ?

毛布探すだけだ、少し位入っても良いだろ。





あったあった。これを持って?



あっ、コレは……。

《干してある下着が目に入る》

ヤバッ、結構……派手だな。


――見なかった事にしておこう。

毛布だけかけてさっさと帰ろ。

《退室》

んだよアレ。

さっきの見たせいか変な想像しちまう。

これが、男のさがってやつかよ。

よく見りゃ普通にかわいい……し、本当に32歳なのか?

あぁーさっきから何考えてんだ俺。

また水飲んでとっとと帰ろ。

それにしても今日は、濃い1日だったな。色んな事あり過ぎだぜ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

京 策也(かなどめ さくや)17歳

ヤクザの父親のもとに生まれ、母親は逃げ出している。

オッドアイのイケメンで顔立ちは上の上。

幾何学模様(アーガイル柄)のファッションが好み。

学校へは行っていない。

偉人の名言や漫画知識を武器に周囲を魅力していく。

日下部 らら(くさかべ らら)32歳

両親は幼少期に離婚し、母親は他界。

自分の名前が嫌いでマイナスオーラを纏う。

学歴は良いが、仕事はイマイチ。胸は大きい。

谷宮 理麗(たにみや りれい)17歳

策也と幼馴染。小6で転校になるも親の都合で、地元に帰ってくる。

言動から尻軽女の雰囲気が滲み出ているが……?


帯刀 龍一郎(たてわき りゅういちろう)51歳

独身。ららが所属するシステム部の上長。

ららに対し地位を乱用し、横暴な立ち振る舞いをする。

狡猾な性格だが、会社には貢献している。

袴田 禰音(はかまだ ねおん)12歳

理麗が小学6年生の時に転校した学校のクラスメート。

妙に女の子に慣れており、巧みな会話で引き付ける。

佐野 護(さの まもる)28歳

ららの配置転換先【開発部】の社員。

どこか抜けているが誠実な弟キャラ。

サイバーイントリーグの店員 ??歳

片メガネ型コンピューターを装着している。素性が一切不明。

客の思考を分析し、最善策を提供する。

独自のソフトウェアを開発し、エンジニア・プログラマーの世界で暗躍している。


京 鋭士(かなどめ えいじ)43歳。

策也の父親で、正真正銘のヤクザ。

すぐに暴力をふるう為、妻に逃げ出される。

策也を組へ引き入れようとしている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色