第30話 水月の戦士
文字数 2,168文字
侍女がふと考え、ザレルに言葉をかける。
「王に代々伝わる物は多くございます。
それを知るのは王以外では精霊王の方々かと。」
「うむ、王弟の方々であればもしや……
だが、宰相殿に話を聞くのは無理だろう。ベスレムは遠い。
あとは精霊王か……だが彼らも口は重い。
セフィーリアさえ、なにも知らぬと何も語ろうとはしないのだ。」
「ですが、時間がございません。では、ベスレムのラグンベルク様にお伺いを。」
侍女の言葉に、ザレルが険しい顔で顔を見る。
時間がない、巫子の審査の時間は多く見て3日だろう。
今回は、レナントの騎士が護衛に付いていることを考えれば、その場で殺すことは考えにくい。
しかし王がリリスをどう思っているかは別として、周りは多くの猶予を許さないはずだ。
「ベスレムか、ラグンベルク様ならば話も聞いて下さるだろうが、しかしここから何日かかると……」
「私が、このパドルーが参りましょう。
私は水月の戦士、水鏡のあるところならどこへでも移動出来ます。
ベスレムには水の魔導師グレタガーラがおりますゆえ、移動は可能です。
ラグンベルク様とは面識もありますし、1日,いえ、2日頂ければ。
そうとは知らずとも、王が戴冠された折りに何か目にされた物があるかも知れません。」
彼女は表向きにはこの女魔導師の侍女として、密かに水の神殿から送り出された「水月の戦士」と呼ばれる水の神殿の女戦士の一人だ。
彼らは水の巫子を守る親衛隊のような役割で、普通神事の時以外は、一般に水月の戦士の姿を目にする事はほとんど無い。
水月の戦士は皆、水の精霊女王シールーンから与えられた「水月」という剣を持っている。
それは身を守る剣であり、時には水を媒介にしたあらゆる術を可能にする魔導剣だ。
このアトラーナでは最も恐れられる戦士だが、それだけにひっそりと隠密行動しか取らないために噂だけが一人歩きしている。
一方自身が巫子である地の神殿の百合の戦士とは、何故か世間ではライバル扱いされていい迷惑だ。
「わかった、では頼む。俺の手紙があればと言うなら一筆書こう。こちらは心配いらん。あとは我らが護る。」
「手紙は不要です。この水月の戦士にお任せを。」
「では、我らもこれにて。魔導師の長にもこの事は報告いたします。
リリス殿の部屋はご自分で結界を張っていらっしゃるご様子ですが、ここは結界同士が干渉して弱くなる部分もございます。
私も何かございましたら水鏡を通じてお力になりましょう。
とは言え、あの方はすでに魔導師でも先を行く使い手、私などが出る幕もありませんが。」
シャラナがクスッと微笑み、そして杖で床をとんと叩く。
閉じていた空間が解かれ、部屋の外の音もパッと開けるように響いてきた。
「では、失礼する。」
二人が軽く頭を下げ、ザレルの部屋をあとにする。
部屋を出ると、何故か廊下の角にミレーニアの姿が見える。
「これは王女、このような時間にお忍びでございますか?」
シャラナが皮肉を込めて尋ねる。
高貴な女性が夜遅くに男の部屋を尋ねるなど、あり得ない事だ。
側近の女も、ビクビクした様子で戸惑っている。
「お前は最近来た魔導師ね?余計なお世話よ、ちょっと通りかかっただけですもの。
赤い髪の魔導師がどんな顔をしてるのか、ちょっと見たかっただけよ。」
ルークが随分姫は気にしているようだと面白そうに話していたが、確かに噂もあって気になるのだろう。
リリスは本来この姫の、良い兄となるはずだった少年なのだ。
「しかし……あ、これはレスラカーン様。」
「ミレーニア?ミレーニアの声ではないか?」
ちょうどそこへ、猫を連れてライアに手を引かれるレスラカーンが現れた。
王女はばつが悪そうに、軽く礼をする。
「こんばんは、レスラ兄様。ちょっと通りかかっただけですわ。赤い髪の子の顔を見てみたいと思ったのだけれど……明日にします。」
おとなしく引き下がる王女は、この盲目の従兄弟には弱いらしい。
女魔導師がクスッと笑うと、王女が赤い顔で慌ててレスラの頬にキスしてくるりと引き返し始めた。
「お休みなさいませ兄様。ルールー、部屋に帰るわよ。」
「待つがよいミレーニア。ライア、近くに兵はいるか?暗闇は危ない、兵に送らせよ。」
「もう!兄様ったら子供扱いなんだから!ここは私の家なのよ!」
ぷいぷい立腹しながら戻りつつ、後ろを振り返る。
盲目の従兄弟は、彼女の密かな思い人だ。
すらりとした姿態に細く長い指、後ろで束ねた長い髪がサラサラと、彼の整った白い顔を時折隠す。
小さい頃は何とも思わずに時折手を引いて城内を連れ回したのに、いつからか手を握るのも恥ずかしくなってしまった。
中庭でフィーネを奏でる姿には、うっとりして見入ってしまう。
彼は見えないから気がつかないらしいが、好意を寄せる貴族の子女も多い。
「ステキな方ですね、レスラカーン様。」
ふと、ルールーが横で小さくこぼした。
「わかってるわよ、当たり前じゃない。私の従兄弟なんですもの。
ルールー、お母様にお休みのご挨拶に行くわ。」
むうっとむくれるミレーニアには、すでに許嫁も決まっている。
トランとは違う別の隣国の王子の元へと、数年後に輿入れも決まっていた。
「あーあ、許嫁もステキな人ならいいのにな。」
つぶやく彼女は、まだその相手とも会ったことがない。
国のためとは言え、好きな人も選べない腹立たしさに、思わず大きなため息をついた。
「王に代々伝わる物は多くございます。
それを知るのは王以外では精霊王の方々かと。」
「うむ、王弟の方々であればもしや……
だが、宰相殿に話を聞くのは無理だろう。ベスレムは遠い。
あとは精霊王か……だが彼らも口は重い。
セフィーリアさえ、なにも知らぬと何も語ろうとはしないのだ。」
「ですが、時間がございません。では、ベスレムのラグンベルク様にお伺いを。」
侍女の言葉に、ザレルが険しい顔で顔を見る。
時間がない、巫子の審査の時間は多く見て3日だろう。
今回は、レナントの騎士が護衛に付いていることを考えれば、その場で殺すことは考えにくい。
しかし王がリリスをどう思っているかは別として、周りは多くの猶予を許さないはずだ。
「ベスレムか、ラグンベルク様ならば話も聞いて下さるだろうが、しかしここから何日かかると……」
「私が、このパドルーが参りましょう。
私は水月の戦士、水鏡のあるところならどこへでも移動出来ます。
ベスレムには水の魔導師グレタガーラがおりますゆえ、移動は可能です。
ラグンベルク様とは面識もありますし、1日,いえ、2日頂ければ。
そうとは知らずとも、王が戴冠された折りに何か目にされた物があるかも知れません。」
彼女は表向きにはこの女魔導師の侍女として、密かに水の神殿から送り出された「水月の戦士」と呼ばれる水の神殿の女戦士の一人だ。
彼らは水の巫子を守る親衛隊のような役割で、普通神事の時以外は、一般に水月の戦士の姿を目にする事はほとんど無い。
水月の戦士は皆、水の精霊女王シールーンから与えられた「水月」という剣を持っている。
それは身を守る剣であり、時には水を媒介にしたあらゆる術を可能にする魔導剣だ。
このアトラーナでは最も恐れられる戦士だが、それだけにひっそりと隠密行動しか取らないために噂だけが一人歩きしている。
一方自身が巫子である地の神殿の百合の戦士とは、何故か世間ではライバル扱いされていい迷惑だ。
「わかった、では頼む。俺の手紙があればと言うなら一筆書こう。こちらは心配いらん。あとは我らが護る。」
「手紙は不要です。この水月の戦士にお任せを。」
「では、我らもこれにて。魔導師の長にもこの事は報告いたします。
リリス殿の部屋はご自分で結界を張っていらっしゃるご様子ですが、ここは結界同士が干渉して弱くなる部分もございます。
私も何かございましたら水鏡を通じてお力になりましょう。
とは言え、あの方はすでに魔導師でも先を行く使い手、私などが出る幕もありませんが。」
シャラナがクスッと微笑み、そして杖で床をとんと叩く。
閉じていた空間が解かれ、部屋の外の音もパッと開けるように響いてきた。
「では、失礼する。」
二人が軽く頭を下げ、ザレルの部屋をあとにする。
部屋を出ると、何故か廊下の角にミレーニアの姿が見える。
「これは王女、このような時間にお忍びでございますか?」
シャラナが皮肉を込めて尋ねる。
高貴な女性が夜遅くに男の部屋を尋ねるなど、あり得ない事だ。
側近の女も、ビクビクした様子で戸惑っている。
「お前は最近来た魔導師ね?余計なお世話よ、ちょっと通りかかっただけですもの。
赤い髪の魔導師がどんな顔をしてるのか、ちょっと見たかっただけよ。」
ルークが随分姫は気にしているようだと面白そうに話していたが、確かに噂もあって気になるのだろう。
リリスは本来この姫の、良い兄となるはずだった少年なのだ。
「しかし……あ、これはレスラカーン様。」
「ミレーニア?ミレーニアの声ではないか?」
ちょうどそこへ、猫を連れてライアに手を引かれるレスラカーンが現れた。
王女はばつが悪そうに、軽く礼をする。
「こんばんは、レスラ兄様。ちょっと通りかかっただけですわ。赤い髪の子の顔を見てみたいと思ったのだけれど……明日にします。」
おとなしく引き下がる王女は、この盲目の従兄弟には弱いらしい。
女魔導師がクスッと笑うと、王女が赤い顔で慌ててレスラの頬にキスしてくるりと引き返し始めた。
「お休みなさいませ兄様。ルールー、部屋に帰るわよ。」
「待つがよいミレーニア。ライア、近くに兵はいるか?暗闇は危ない、兵に送らせよ。」
「もう!兄様ったら子供扱いなんだから!ここは私の家なのよ!」
ぷいぷい立腹しながら戻りつつ、後ろを振り返る。
盲目の従兄弟は、彼女の密かな思い人だ。
すらりとした姿態に細く長い指、後ろで束ねた長い髪がサラサラと、彼の整った白い顔を時折隠す。
小さい頃は何とも思わずに時折手を引いて城内を連れ回したのに、いつからか手を握るのも恥ずかしくなってしまった。
中庭でフィーネを奏でる姿には、うっとりして見入ってしまう。
彼は見えないから気がつかないらしいが、好意を寄せる貴族の子女も多い。
「ステキな方ですね、レスラカーン様。」
ふと、ルールーが横で小さくこぼした。
「わかってるわよ、当たり前じゃない。私の従兄弟なんですもの。
ルールー、お母様にお休みのご挨拶に行くわ。」
むうっとむくれるミレーニアには、すでに許嫁も決まっている。
トランとは違う別の隣国の王子の元へと、数年後に輿入れも決まっていた。
「あーあ、許嫁もステキな人ならいいのにな。」
つぶやく彼女は、まだその相手とも会ったことがない。
国のためとは言え、好きな人も選べない腹立たしさに、思わず大きなため息をついた。