第96話 地下にある不可侵領域

文字数 2,028文字

「それで、地下で探る者には会ったのか?」

「ああ、少し年行ったミスリルの女さ。
フードに仮面で隠しているところを見ると、誰もが知っている誰かの従者ってところ。
ミスリルは嫌いだね、心が石に映りにくいんだ。
僕はまだこの城の人間を良く覚えてないから、君が知ってそうな人物かどうかも知らないけどね。」

杖の先に仕込んだ水晶に息を吐きかけ、袖でキュッキュッと磨く。
ルークがかたわらの小さな杯を彼の前に置いて、果汁で割った葡萄酒をそれに注いだ。

「これでガマンしろ、私だって影を飛ばしただけで飲んでないんだ。
で、地下で何をしていると?」

待っていたように嬉しそうに杯に手を伸ばし、ニードが大事そうに一口口に含む。
そして幸せそうに、大きくため息をついた。
酒を飲んではいけないわけでは無いが、酔っては魔導も不安定となる。
城の守りの要だけに、不穏な現状では城付き魔導師は酔いつぶれてはいけないのだ。
酒を知った若い魔導師にはこれが辛い。

「聞いても答えちゃくれないさ。
でも、彼女誰から聞いたのか地下の通路の奥に、もう一つ隠し通路を探し出していた。
この城の下、地下に迷路のように通路があるんだぜ?
あれは地の精霊の仕事かな。」

「地下の通路……?なんでそんな物があるのを教えないんだ。入り口はどこにある?」

「あーそれは知らんなー。壁抜け出来るところと出来ないところがあって、探索は命がけだ。」

「大げさだな、それを調べるのが趣味なんだろ?」

「戻れなくなったら餓死だぜ?ダンジョン探索は文字通り命がけさ。
君が迎えに来てくれるってんなら話は別だけどね、俺が泣き叫んでも、君は来ないだろ?」

「冗談じゃないね、まあ葬儀はしてやるよ。塔の魔導師として厳粛に荘厳な。」

やれやれとニードが肩をすぼめて首を振る。
魔導師仲間ってのは、ドライで薄情な奴ばかりだ。

「ま、いいや、今度出口探しとくよ。
でさ、面白いのは隠し通路さ。
一番奥の突き当たり、壁に見えてある仕掛けを操作したら、そこに扉が現れたんだ。
俺はあれ、魔術的な扉とみた。
でもさ、結果はそこまで。
その扉には随分強固な封印がしてあって、何しても開かなくてガッカリしてたよ。
その内また、元の壁に戻った。」

「それは初めて聞いたな。その隠してある突き当たりの壁とはどこにあるんだ?」

その質問を待っていたのか、ニードがニヤリと笑う。

「面白いよ、地下通路っての、どこが行き止まりだと思う?」

「もったいぶるな、どこだ。」

「くくっ、あの、崩れた魔導師の塔の真下。」

ルークが愕然として、思わず立ち上がった。

「馬鹿な、聞いた事無い。
半地下には何人か暮らしていたんだ、俺も行った事がある。でも、その気配は無かった。
しかも、あそこはまだ瓦礫もほぼ手つかずで……」

「この城と魔導師の塔は少し離れてあるだろう?
この距離感に、なにか違和感を感じてね、人に聞いても知らないし、古書を読んでも記録がない。
だから、地の精霊の動きを読んだ。」

ニードが、杖で床をコンコンと叩く。

「城は古の契約って奴があるらしくて、地の精霊も入れない不可侵領域があるんだ。
面白いだろ?
不可侵領域なんて、そこになんかありますって言ってるような物だぜ?
俺はますます知りたくて、この辺で一番古い、庭のカリガの木の婆さんに聞いたんだ。」

「カリガの木の婆さんって……、彼女はこの辺の土地神(とちがみ)だぞ、婆さんなんて言ったら(たた)られる。」

「まあまあ、俺は愛され属性のニード様だし。」

ニードが腕を組み、偉そうにつんと鼻をあげる。
いつかそれで首切られると思うが、仕方ない。こう言う奴だ。

「お前のその思い込みは時々怖い。」

「まあまあまあ、でな、婆さんの話では、昔戦乱の時代はそこに地下牢があって、罪人がそこで処刑されたり拷問されたり,それはそれは恐ろしいことしてたんだってさ。」

「ふうん、罪人は下の森へ落とすだけじゃなかったのか。
精霊が来ないところなら、魔導師なんてひとたまりも無いな。」

「うん、かなり強力な結界らしいから、そこの使い方はそんな奴ら入れてたんだろうな。
まあ、結局は昔の幽閉場所だと思うけど、偶然と思えない位置関係だよ。
上に魔導師を住まわせることによって、魔導の波動を利用して長期的に安定して結界を強化していた節もある。
地の魔導師が指示して作らせたなら、この位置関係は簡単にできるさ。
でも、あの結界考えた奴は、同業者に情けなど考えず思い切りが良くて頭がいい。
魔導師の塔に住んでた奴らは、恐らく知らない間に魔導力があの結界に利用されていたんだ。
もしかしたら、住めば住むほどじわじわと弱っていたかもしれないね。」

「と、言うことは、魔導師の塔が崩れた今、結界は……」

「弱っていくばかりだ。さて、あの奥から出てくるのは果たして何か?
あれだけ強い結界だ。よほどの悪霊か、強力な呪詛を秘めた物か。
悪霊なら巫子の領域だ、誰か巫子殿にも来ていただく事が必要だろうさ。」

「む、なるほど。最悪の場面を考える必要はあるな……」

ルークが腕を組みうなずいた。
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