第50話 暗殺の歴史

文字数 2,354文字

セフィーリアが、思い出すように語りはじめた。

「リリサレーンが騒ぎのあと、この世から一切の火の精霊が忽然と消えた。
そしてフレアは額の目を失い、力のほとんどを封印されていたのじゃ。
われらはそれぞれの眷属を束ねる、ドラゴンと呼ばれた精霊王。
その中でもこれは、人間世界で一番の権勢を誇っていた。
ヴァシュラムも教えてはくれぬが、人間に力と眷属を封印されたに違いない。」

「なるほど……
それで、火の精霊がどこに封印されたか,
何か見当はおありで?」

パドルーがセフィーリアを探るように見る。
だが、彼女は力なく首を振った。

「わらわには……わからぬ。
だが、巫子が復活すれば必ず眷属が解放されるに違いない。
それは神殿の復活を意味する。
しかし、なぜ王族が巫子を殺すのかはわらわには理解できなかった。
人間の考えることは、精霊には理解に苦しむ。」

「それは……」

ラグンベルクには、その理由は見当が付く。
彼が子供の頃に巫子の許しを来た王族の分家の少女が、やはり城内で殺された。
王族らしく身なりも仕草も整った美しい少女で、一目でみな虜になりそうな優しい笑みが心に残っている。
死の前日に会って話しをしただけに3兄弟の衝撃は大きかったが、その時父王にこう諭されたのだ。

「火の巫子はアトラーナに必要のない物だ。
王家が安泰である為には、常に精霊の上に立たねばならぬ。
精霊は、地、水、火、風、その四元精霊がそろったときに本来の力を発揮する。
その力は今より強く人々の興味を引き、人には無い力ともてはやされるだろう。
人心は奇跡に弱い。
移ろいやすい彼らの心は、安易に王家から神殿へと移ってしまおう。
火の精霊を解放すると言う事は、すなわちそれは王家の威信を失墜させる。
わしは子供の頃そう父に言われた。
それはやはり、巫子を名乗り出た少女が毒殺された夜のことだ。」

「なんと言う事じゃ、我ら精霊にそのような野心など無い。
人間はなぜそのような疑心暗鬼に捕らわれる?」

ラグンベルクが小さく首を振る。
それは思い出すのも苦い記憶だった。

「……人間は罪深い。
それはお主らが良く知っていることであろう。
権力の座に目を奪われ、あの我らに抗うすべもない少女さえ巫子を名乗り出たと殺すのだから。
わしは父を尊敬しているが、あの一件だけは今でも納得出来ぬ。
だが兄たちは王家の掟を忠実に守ることが、王家の安泰に繋がると信じている。
しかしそれは違う。それこそこの国を弱体化させる原因なのだ。
精霊の強さは、この国には必要な物だ。
共に歩むことこそ選ぶ道、それをあの子はきっと兄に教えてくれる。叩かれ研磨されたあの子の強さは、今の腐った本城の奴らを打破して突き進むだろう。
だからこそ、わしはあの子を護ってやりたいと思う。」

皆がうなずき、そして無言でフレアゴートを見つめる。
しかしこの精霊王は、もう人間に絶望したのだ。
精霊王にとって、巫子はいっときの配偶者だ。
心と力はシンクロして巫子は精霊の橋渡しとなる。
だからこそ、巫子が殺されるたびにその断末魔の声を聞き、悲しみの淵に投げ込まれてきた。

しかし、そんな火の精霊王の前に現れたリリスは、今までと少し違っていた。
身分と言うものに打ちのめされながら、それを受け流して前を向く力強さが感じられた。
だから、彼はずっと引きこもっていたあの火の山から出てきたのだ。
暗闇に、星が瞬くような一粒の光を感じて。
それに惹かれるように。

だが、また駄目かもしれない。
また殺されるのかもしれない。

心が揺らぎ、向き合うことが恐くなる。
フレアゴートはふて腐れたように目をそらし、フンと鼻を鳴らした。

「……どうせ……ろくに話し合いもせぬ内にまた殺される、無駄な事よ。」

捨てるようにつぶやくフレアゴートにイライラして突然、セフィーリアが立ち上がった。
拳を握りしめ、ブルブルと震える。
透き通るほどに白い肌が紅潮し、部屋をビョウと音を立てて突風が吹き抜けた。

「わらわは……
わらわは……あの子のためなら消えても構わぬ。
あの子は、あの子はずっと苦しんできた。
生まれてすぐに親に捨てられ親の顔も知らず、人間たちに蔑みを受けて、そして……そしてまた!最後は親に殺されるというのか?!
2度も……2度も親に裏切られるというのか!
わらわは許さぬ!お前たちすべてを敵に回そうと、わらわはあの子を護る!」

「落ち着かれよ、風殿。あの子はあの城で一人ではない。
ガルシアも3人騎士を付け、父代わりであるザレルも付いているではないか。
大丈夫だ。」

「わかっておる!だが、なぜこ奴は立ち上がらぬのだ!
私のリーリはただひたすらに、これに呼びかけておるのに!
あの子は前を向いて戦っているのに!」

「風殿……」

気が立っているセフィーリアを、なだめるようにラグンベルクが諭す。
唇を噛む彼女の気持ちは痛いほどにわかる。
そこに、部屋のドアが開きドア脇に立つ側近へ知らせが来た。

「なに?まことか?」
「は、」

側近の顔色が紅潮し、立ち尽くすセフィーリアをチラリと見る。
そして、ラグンベルクの元に歩み寄った。

「御館様、本城から水鏡を通じて知らせが。
リリス殿が、巫子の審査を許されたそうです。」

「なにっ?」
「おお……」

フレアゴートが、目を見開き身を起こす。
セフィーリアは、思わず彼のたてがみを掴んでグイと顔を寄せた。

「あの子は頑張っておる!これまで審査さえ許された子はおらなんだ!
お前はこのままふて腐れて動かぬ気か?!
お前があの山から起きてきたのは何のためじゃ!」

フレアゴートの目が見開き、ジロリとセフィーリアを睨み付けた。
ボウとたてがみを燃え上がらせて、セフィーリアを撥ね付ける。
そして立ち上がり、ブルリと身体を震わせた。

「セフィーリア、お前は疾く城に帰れ!」

吠えるように叫ぶ。
その声は、空気を振動させてそこにいる者の身体をすくみ上がらせた。
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