第200話 王妃動揺

文字数 1,691文字

出て行こうとする息子キアナルーサに、王妃は慌てて引き留めた。

「お待ちなさい、少し落ちついてお座りなさい。
話はまだ……もう少しお茶を、このお茶はレナント公からの贈り物なのよ。ほら、良い香り。
そうだわ、隣国トランからの手紙の話は聞きましたか?」

落ちついて切り返す母親に、ため息交じりの息を吐き、ドスンと不作法に椅子に腰掛ける。
感情の高ぶりが押さえきれず、キアナルーサは自分の前に座る母親が不快でどうしようも無かった。

「ええ、今回のことで王が退かれるとか?
容疑のあったトランの魔導師も国から追い出したそうだけど、それでアトラーナにはこれまでの事を無かったことにしてくれとでも言うつもりでしょうかね。
こっちは何人も人が死んでるんですよ?
冗談じゃ無い、父上は戴冠の式には私が行くようにと仰いましたけど、隣国には賠償と謝罪を要求するのがすじでしょう。
でなければ、攻め込むくらいの覚悟を見せなければ舐められる。
父上は甘すぎるんですよ、このままでは下々にも示しがつかない。
……まあ、母上に言っても仕方が無いことですがね。」

「キアナルーサ、お父様にもお考えあってのこと。
こちらも損害を受けましたが、聞けばトランにも多大の損害があったと言うではありませんか。
トラン王がこの件で御退位なさるなど、相当の責任を負われたと思いますよ。
トランからは賠償もこれから話し合いでと言われているようですし、それで問題は無いでしょう。
それに、ここは精霊の聖地。
この精霊の国が攻め込むなど、軽々しく言う物ではありません。
戦は人の心と国を荒らす。
剣を手にすることは、命の奪い合いなのです。
この件で戦争にならなかったのは、お父様のご判断が的確だったからです。」

「精霊の国ですって?
精霊の国など、もう無いと同じじゃないですか。
地も水の神殿も、ただの俗っぽいそこいらの占い婆と同じ、神格などとうに消えている。
父上も火の神殿を建てる気も無いでしょう?
この国は人間の国だ、僕が王になったら目障りな精霊など排除してくれる!
そして、兵を挙げてトランには報復を!それが僕のやり方だ。」

ククッと薄ら笑いを浮かべる息子に、王妃がゾッとして眉をひそめる。
そして呆然と、自分の息子に奇妙な言葉で問いかけた。

「お前は……本当に私のキアナなの?」

思いがけない問いに、キアナルーサがケラケラと笑う。
その気味悪さに、王妃は眉をひそめハンカチで口元を隠した。

「何を馬鹿なことを。
私はあなたの息子ですよ、そしてあのリリスも。
そうでしょう?隠したって、もうみんな知ってますよ。
ああ!その落ちつきよう、イライラする。
あいつは生きていますか?
母上、ではもう二度とここに来ないよう伝えて下さい。
僕はあいつを認めない。
僕は、僕だけが次の王なんだ。
……僕はね、最近思うんですよ。僕とあいつが逆だったらってね。
そしたら僕が捨てられたんだ、教養も無く、奴隷のような身分で地を這い回って!」

「おやめなさい!私は捨ててなどない!
お黙りなさい!」

「ほら!やっと取り乱した。
アハハ、もう一ついいことを教えますよ。
母上も捨てた息子のことが知りたいでしょう?
あいつは気がついてないみたいでしたけどね、あいつの背にはムチで打たれた跡が無数に残ってましたよ。
一体どんな気分なんでしょうね?
本当は王子なのに、罪人のようにムチ打たれて。
きっと叩かれた理由なんて、些細なことですよ。死んだって構わない、親無し奴隷ですから。
僕なら捨てた親を憎みますよ、心の底からね。」

王妃が、言葉も無く青ざめた顔でゆらりと立ち上がった。
ハンカチが床に落ちたことも気がつかず、わなわなと震え、両手を握りしめて頬を押さえる。
目の前が真っ暗で、今にも倒れそうだ。
キアナルーサはその様子にハッと我を取り戻し、思わず立ち上がってドアの方へ急ぎ、ぶつかってガタガタ震えながら振り向いた。

「ぼ、僕は……
母上が、僕を馬鹿にするから……
僕はちゃんと頑張ってるのに、僕は選ばれた、凄い王様になるのに。
僕は……僕は悪くない!」

叫ぶ声が、空しく部屋を満たす。
そして立ち尽くす母を一人残すと、王子は部屋を飛び出し逃げるように廊下を駆けだした。
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