第117話 オウゥンエアとクレディエア

文字数 1,945文字

地の息吹がリリスの口から漏れ出でて、地の精霊が彼を草木で覆い尽くす。

「しまった!なんだ?なぜ地の精霊が?この草、邪魔!邪魔!」

オウゥンエアが草木の繭に駆け寄り、剣を振り下ろした。

「この!」

ミランが横から弓を射る。
一本、振り下ろす手に矢が刺さったが、物ともせず繭に突き刺す。
だが繭は、剣にもビクともしなかった。

「これは助かる!やるぞ、ガーラント、ミラン!」

「よし」
「わかりました」

3人がうなずき会い、こちらに向きを変えエア姉弟に向かう。
彼らは獲物に手が届かず、次第に苛ついて気が立っていた。

「面白くない、面白くないよクレディエア!
こいつら強いんだ。」

「オウゥンエア、相手はただの人間よ。
たいしたことないわ、私が、わたしが、ワタシが、かみ殺す。」

女の顔のクレディエアの口が大きく裂け、地につく獣の手には長い爪がメキメキと伸びる。
ブルースが、じりじりと間合いを取りながら問いかけた。

「お前たち、隣国の差し金か?それとも、城の誰かに……」

「ホホ!ホ、ホ、ホ
隣国が何ですって?人間は、わからないとすぐに問いかけるのね。」

「納得がいかないからさ、あんたもアトラーナじゃ暮らしにくかろう?」

「まあ、わかってないわ。この国ほど住みやすい国はないのよ。
だって、修行して神気の高いエサが沢山、沢山いるんですもの。」

クレディエアがベロリと長い舌で口を舐める。
いったい何人を食ったのか、ブルースがゾッとしながらまた問いかけた。

「と、言うことは城の誰かか。王ではなかろうな。」

「さあ、誰でしょうね。あなたを食べながら教えて上げるわ。マズそうだけど。」

「うおお!」

ブルースが剣を振り上げ、クレディエアに向かう。
振り下ろした刹那、しかし相手の姿は視界から消えた。

「はっ!」

横から気配を感じ、彼は剣を返して軌道を器用に変える。
火花を散らし、横から来たオウゥンエアの剣を受け止めた。

「ブルース!」

ガーラントが、上から飛びつくクレディエアの鋭い爪に剣を振り上げる。
剣はしかし宙を切り、気配に身体を引いた物の気がつくと、獣の爪が顎から頬をかすめた。

「ぐっ!」

大きく顔を切られ、ガーラントが後ろによろけた。
その攻撃の隙を突いて、ミランが矢を獣の首もとに撃ち込む。

「ひっ!」

かすかに声を上げ、クレディエアがブルリと首を振る。
矢が折れて落ち、とっさに振ったガーラントの剣が彼女の顔を傷つけた。

「ひいっ!顔が!私の美しい顔が!」

「うおおおおお!!」

一瞬ひるんだ姉にミランが首もとに剣を突き刺し、ガーラントが渾身の力で眉間に剣を突き立てる。

「ググ……グガアアッ!」

クレディエアがたまらずそれを振り切って、大きく口を開けガーラントの左の肩口にかみついた。

「うおっ!」

苦悶の顔で、ガーラントが腰から短剣を取り彼女の首を刺す。

「この!」

ミランが更に剣を大きく打ち下ろし、クレディエアの首を打ち落とした。

「クレディエア!」

ブルースと剣を交えていたオウゥンエアが姉の元へ走り、ミランの脇腹を切り裂く。

「うわっ!」
「ミラン!」

血をふいて倒れた姉に弟が駆け寄り、その身体を呆然と見つめた。

「クレディ……」

最強であったはずの姉が倒された。
これまで数え切れないほどの騎士や魔導師を殺してきた姉が。
オウゥンがリリスの眠る草の繭を憤怒の表情で睨み付ける。

食わねば収まらない。

みんな、みんな食ってやる!


「ガーラント!」

ブルースが駆け寄り、ガーラントの肩からクレディエアの頭をはずす。
ガーラントは苦悶の顔で、肩をさすりうなずいた。

「大丈夫だ、骨まで行ってない。」

「くそ、お前がかじられていては巫子殿は守れん!」

「すまん。」

かたわらには、ミランが脇腹から血を流して地に伏せ、何とか身体を起こそうともがいている。
ブルースが視線を向け、剣はオウゥンエアに向けたまま小さく囁いた。

「ミラン、動くな。そこに寝てろ。」

「くっ、まだ……動けます。」

「駄目だ、動くな、隊長命令だ。はらわたが出たら終わりだぞ。」

いつから隊長になったのか知らないが、ガーラントも右手一本で剣を構えている。
五体満足は自分一人。
ブルースがじりじりと前に出て、覚悟を決める。

「食ってやる。みんな食ってやるぞ。」

怒りでオウゥンエアの剣先が震える。
ゾッとブルースの背に冷たい物が走った。

「食われてたまるかよ。」

ようやくひと言返した。
にらみ合う緊張感の中、傍でガサリと物音がする。



「う、う、うう……気持ち、悪い。この……」


リリスの声がかすかにして、草の繭がガサリと動く。
オウゥンエアがハッと顔を上げ、ニイッと笑って繭に向かって飛び上がった。

「エサが生きてる!」

「リリス殿!」

ブルースが叫びを上げる。

「風よ、盾となれ、ビルド」

ゴウッ!
「ギャッ!」

落ち着いた声が繭の中から響き、飛びかかるオウゥンが風に跳ね返された。
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