第119話 黄泉の修行

文字数 1,938文字

「あああ、死ぬかと思った。やっと冷えました。気持ちいい……」

「参ったな、これでは明日の早朝立つのは無理か……」

川の畔にガーラントが座り、疲れたように大きく息をついた。
後ろでは、ブルースが空に向かって口笛を吹く。

「エリザ!ああ、良かった無事か!ケガは無いか?」

甘えてすり寄るグルクを撫でて、丹念に身体をみてみる。
鞍にも傷は無く、問題なく飛べるようだ。
キュアも確認したが、鞍は首の一部分が切られてはいるが、このまま使っても問題ないようだった。

「よし、グルクは問題ない。
どうだ?巫子殿、ほんとに生きてるか?」

「胸はどうもありませんか?」

ミランとブルースが、小川に寝そべるリリスに声をかける。

「いえ、私は何とも。一体なぜ、私は黄泉の国へ行ってしまったのでしょう。」

「そうだ、さすがにあれは驚いた。ミランはあの時一体何をやったんだ?」

「あれは、不死の矢で一時的に仮死になるそうです。
失敗作が多いと言われて一か八かでしたが……
でも、あなたをお止めするには仕方がありませんでした、お許し下さい。」

「いえ、私も隙があってのこと、修行不足でした。情けないことです、助かりました。」

「失敗作が多いとは……またずいぶんな賭けだな。不死の矢か、そんな物どこで?」

「城で魔導師のレナファン様に、きっと必要になるからと。
あの方は先見の力をお持ちですから、この事が見えていらしたのかもしれません。
でも……リリス殿もあのような術を持っていらっしゃるとは存じませんでした。」

「ああ……」

リリスが、ため息にも似た吐息を吐いた。
ようやく身体が冷えて、半身を起こし川の中で座る。
赤い髪が緩やかなウエーブを残し、身体に張り付き水が流れた。

「黄泉の川のほとりで、たいそう先々代の巫子様にしごかれてきました。
火の巫子は輪廻の巫子と言われるのだそうで、本質の巫子の生まれ変わりと別に、本人の精神は黄泉では普通の人のように黄泉の川に戻って、生まれ変わるのだそうです。
黄泉の川に向かおうかとしたところ、フレアゴート様に待てと引き留められたとかで。
なぜか他の巫子と川の畔で酒盛りしながら、来るのをずっと待っていたと仰いまして。
沢山の巫子様がいらっしゃいました。

フレアゴート様は、きっと黄泉に私が行くのは、おわかりだったのでしょう。
火の神殿が本当に無くなったと聞いて、たいそう驚かれていました。
リリサレーン様は、私を助けるために私の中に宿られているそうです。
巫子が若くして、次々に黄泉へ来ることを嘆いておいでだったと。」

「先々代というと……巫子であり王であったと言う……えーと……」

「ヴァルケン様で。
もう、それはそれは豪気なお方で……ミスリルごときの術にかかるとはけしからんと、散々怒られてきました。
火の巫子の口伝を伝えて下さるのですが、もっと怒れ、お前は怒りが足りんと仰いまして。」

「ああ、それで怒りましたと?」

「はい、火の巫子は怒りの巫子だと、ほんと短気なお方で……怒りこそが火の種だと。
私にはちょっと無理かもしれませんと申し上げましたら、もう、毎日、毎日、まーーーーーいにち怒られるし、理不尽極まりないのでとうとう私も腹が立ちまして。
やっと修行から解放されましたが、本当に疲れました。」

術を使う前の、妙に落ち着いた言葉が思い出される。
ちっとも怒ってない様子なのに、まるで自分に言い聞かせるような。
プッと皆が笑った。

「笑い事ではありません。もう……上がりますから、あまり見ないで下さい。」

むくれるリリスが立ち上がり服を取る。
恥ずかしそうな仕草に、ブルースが笑って腰のタオルをポンと払って差し出した。

「これは眼福。なかなか少年の裸もいいではないか。なあガーラント。」

「ふざけた奴だ、自分も少年の時はあったじゃないか。」

「おお、あの頃は森を走り回っていたな、楽しかった。はっはっは!
ああーあ、もうすぐ世が明けちまうな。結局徹夜か。」

「どうする?本城に向かうか?少し休んでから出るか?」

「そうだな、日が昇ってからだと暖かいから日没前には着くだろう。
少し仮眠を取っていくことにしようか。
馬と違ってグルクは居眠りしたらサヨナラだ。」

たき火に戻り、薄暗い森の中でしばし仮眠をとる。
皆、心の中では先ほどの姉弟が、偶然現れた物ではないことがわかっていた。
思った以上に、リリスが帰ることは警戒されているようだ。
果たして巫子として認められるのか、それ以前に入城さえままならないのではと色々な考えが心を占める。
あの姉弟を動かせると言うことは、ミスリルを使える身分の高い者に違いない。

ミランとブルースは、あのガルシアの部屋にいなかったために、リリスの生まれのことは知らない。
が、リリスに関係することが、巫子の問題だけでないことは薄々気がつき始めていた。
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