第204話 頭の中に響く声

文字数 1,933文字

ほこらは西の垣根の外側にあり、人を寄せ付けないように目立たない場所にある。
その近くには西の結界の要となる守り神の彫像があり、そこは魔導師達が誰か一人必ず毎日訪れる場所だ。
ほこらは共に呪で守ってあり、そこには何かが封じてあるのだという言い伝えだけが残っていた。

庭の外れから垣根の外に出る小道を通り、ぐるりと巡ってほこらのある場所へと向かう。
狭い場所だが崩れぬよう崖の中腹から強固な石積みで施してあるそこは、外から見れば高い城壁にも見えるが実は腰ほどの低い石塀で囲ったばかりで風通しがいい。
元々精霊の国と言われ、国境でのいざこざばかりで国内へ攻め込まれた経験も無いだけに、国境に近く守りに重点を置いたレナントやベスレムの城に対して本城は、高い塀で守るよりも眺望を優先していた。
石塀から下を覗けば、左手には城下町が続き、正面から右に広がる森の緑がまぶしい。
土地の高さで言えばこの西の崖が一番高く、背後にある西の塔は物見の塔であり、伝書鳥がどこからか飛んできて塔の最上階の中へと入っていくのが見えた。

「王子、キアナルーサ様、危のうございます。
垣根の外には出ぬよう、子供の頃からきつく言われているではありませぬか。塀の向こうに落ちては命がありません。」

しかしキアナルーサは、無視してほこらの方へと進む。
この先には彫像と古いほこらしか無い。
一体何をしに行くのか、まさか結界を破るために彫像を壊しに行くのだろうか。
ゼブラの背にゾッと冷たい物が走る。

「王子、一体どちらへ?
この先に何の御用があるのです?」

王子は何も答えず、ほこらや彫像はどんどん近くなる。
手を借りようにも、見回りの時間なのか兵の姿が近くに見えない。
声を上げても壁が無く、片方が崖なので声が反響せず遠くまで通らない。
自分が止めるしか無いのだ。

「王子!王子!キアナルーサ王子!
あの二つに手を出してはなりません!大変なことになります!」

何度も何度もゼブラが語りかけ、次第に声が大きくなる。
だが、王子の足は止まらない。まるで何かに取り憑かれたように。
止まらぬ歩みに思わずゼブラは、王子の前に走り出てほこらの前に立ちはだかった。

「なりません!あなたは世継ぎなのですよ、今騒ぎを起こしてはなりません、御自覚下さい!」

「うるさい!」

キアナルーサの目はつり上がり、恐ろしい形相でゼブラを押しのける。
ほこらはユリの彫刻がある細長い3つの石積みの上に、ツタの根が封じるように絡まって蓋が開くことを禁じているように見える。
キアナルーサは腰の剣を抜き、そのツタをなぎ払い始めた。

「王子!どうか思い留まりを!おやめ下さい、地の紋章があると言うことは、よからぬ物が封じてあるかも知れません!
どうか!誰か!誰か王子を止め……」

「うるさいっ!」

ドカッ

王子が剣の柄でゼブラを殴り、彼の身体が垣根に倒れ込む。
王子は彼に一べつもせず、またツタを払い始めた。
殴られた頬をさすり、口元の血を袖で拭う。
それでも、何か恐ろしい気がしてゼブラは王子の腕を掴んで止めた。

「お待ちを!どうか今一度お考え直しを!
何があったのです、このゼブラにお話をお聞かせ下さい!」

王子の動きが、ようやくふと止まりゼブラをちらと見る。
大きくため息をつき、その手を払った。

「お前になにができるというのだ。
僕のこの不安感はどうだ?お前が何も出来ないからじゃ無いのか?
そうだろう?ゼブリスルーンレイア。
お前に出来たことを思い返してみよ。
そうだな、お前の入れた茶は美味しかったよ。
良く身の回りの世話をしてくれた。
でも、それはお前でなくても出来る事だ。

僕に、俺に、………

お前は必要無い!」

ゼブラの目に、剣を振り下ろす王子の姿が映る。
子供の頃からずっとつかえて来た王子の……

私の存在は、それほど意味のない物だったのか……
いや、違う。
目の前の王子は、あのいらだつほどに気弱で優しいキアナルーサ王子では無い。
何かに憑かれている。
自分にはわかるのだ、彼にまとわりつく黒い影。

これは………


『殺せ!』

キアナルーサの頭に声が響く。

とっさに一歩引くゼブラの胸を剣が切り裂き、足がもつれて石壁の方へと身体が倒れ込む。
石壁は腰までしか無いが幅はある。
彼の身体は壁の上に乗り上がり、身を起こそうとした瞬間足を持ち上げられた。

馬鹿な!

必死で身をよじり、抗って思わず掴んだ王子の袖口が音を立てて引き裂かれ、手が滑り抜ける。
足をすくわれ、ゼブリスルーンレイアの身体が容易に壁を乗り越え、音も無く宙へと舞った。
手を伸ばしても掴む物は無く、身体がヒュウヒュウと音を立てて風を切る。

ああ、ああ、私は死ぬのか……

私は……ミリテア……………

雲の合間に見える青い空にミリテアの姿が見える。
キラリと輝く小指の指輪を抱いて、彼は目を閉じた。
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