第47話 母の涙

文字数 1,881文字

后リザリアが、廊下をうつむき元気のない様子で自室に戻って行く。
侍女が心配して、彼女の手をそっと手に取った。

「お疲れではございませんか?
あのような光景は、たいそうお心にご負担になられたのではないのでしょうか?」

ぼんやり何か考えている様子で、ふと立ち止まる。
3人の侍女が、ぶつかりそうになりながら慌てて歩みを止めた。

「王の所へ参ります。」

そう言って、王の居室へ足を速める。
しかし、忙しい王に突然訪問して時間をとらせることは難しい。
また宰相の怒りを買うかもしれない。
まして、いつも穏やかな彼女がこうも強い姿勢をとることは珍しい。
何か粗相があったのかと、侍女も不安になってくる。

「お待ち下さい!王にはお時間を頂きませんと!」

「妻が夫に会うのに許しを得る必要などありません。お退きなさい。」

侍女が止めるのも聞かず、その顔は怒りも秘めて厳しくなって行く。
結局彼女は驚く兵や騎士達も押しのけ、王の居室へと乗り込んでしまった。

「我が王よ、お話がございます。お人払いを。」

王に先ほどのことで、宰相や貴族たちも話を聞きに来ている。
人が集まっている中、それでも后はとにかく自分の話を優先するようにと、有無を言わさぬ迫力があった。

「あとにせよ、リザリア。」

「いいえ、今話をお聞きいただけないのでしたら、私はそこから飛び降りますわ。」

「なんと……」

部屋にいた家臣達が驚いて顔を見合わせ、一礼してぞろぞろ部屋を出て行く。
王の弟であるサラカーンは兄と苦い顔で目を合わせると、仕方なく部屋をあとにした。

二人きりになった部屋で、后が王の前に詰め寄る。

「私が、何を話しに来たのかは御察しがお付きになりましょう。
なぜ私にお隠しになったのです。
なぜ、私に嘘をつかれたのです。」

王は、ため息をついて目をそらす。

「突然、何のことかわからぬ。」

「母が子をわからぬはずございません。
ましてあれほど特徴ある子を。
それでも知らぬとおっしゃるのですか?」

王は、目を合わせることもなく、ただ険しい顔でため息をついて椅子に腰を下ろす。
后は昔の状況が次々と思い起こされ、それは口からあふれ出てきた。

「あのとき、私は二人の子を産んで疲れ切っておりました。
それに加えて生かすか殺すかとあの騒ぎ、その上あなたが切ってしまったあの騎士の一件。
もう心身ともに疲れた上に、あの子とひと目も会わせて貰えない不安で、このまま会えないのではと、それはそれは不安でいっぱいで……
風殿が最後に見せた……あの子が血を流して見えたのは……あれはあの真紅の髪だったのですね。」

産着から見えた赤い血、それは髪の毛だったのか。
風殿は、あの時「最後にひと目」と見せに来た。
殺されて息絶えた姿を見せに来たのかと、自分は錯乱して叫び声を上げ、彼女は驚いてそれから一切あの子の話をしなくなった。
それは厳密に口止めされたのだろうが、勘違いとは言えなんと言うことをしてしまったのだろう。
それから、結局生まれた子は一人とされ、あの子の存在は抹殺されてしまった。

それが、まさか生きていたなんて……

リザリアの目から、ポロポロと涙がこぼれる。

「あなたは、先見の予見にも大丈夫だと、守ると言ったから安心して産んだのに……

きっと守って下さると……

……いいえ……いいえ、もうその事は申しません。
あの子は、名をリリスと申しました。
それはセフィーリアの弟子、キアナルーサの旅で供をした魔導師ではありませんか。
なんてこと、私はあの子にすでに会っているのだわ。
だからあの子の頭に布をかけたのですね。
だから、あの子には決して登城を許さなかった。

なんて酷い方、低い身分に落とされ、あの子がどんな生活を送っていたか……あの子にはきっと私に捨てられたと思われているのだわ。
捨てるなんて、大切なあの子を、私はどんな姿でも決して離したくなかったのに。」

王は、顔を覆って涙を流す后の姿に、来るべき時が来たのだと、まるで奈落の底を見ている気分だった。
ウソをどんなに隠そうとしても、それはいつか露呈してしまう。
あの子の顔は、自分の若い頃に似ている。
自分の子供の頃を知る者達が、弟ラグンベルクが流した噂もある以上は気付かぬはずもない。
ベルクは……あの賢い弟だけは最初から子を手放すことには反対だった。

そうだ。

何を言われようと、手放すべきではなかった。

これは罰だ。
后の心が、自分から離れていくのを感じる。

とてつもない孤独なこの時間。

それは、あの子を護りきれなかった自分の不甲斐なさがもたらしたもの。
王ヴィアンローザは、自分の深い罪を呪って大きくため息をつき、酷くうろたえていたキアナルーサの姿を思いだしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み