第4章 フラクタルと戦争

文字数 4,682文字

第4章 フラクタルと戦争
 アメリカ軍は、空爆をしながら、世界で最も地雷が敷設されているアフガンに、偽善的にも、食料を投下している。食料には、絵による説明と英語・フランス語・スペイン語で但し書きがつき、御丁寧にも、夜中の二時に落としている。国連の「食料の権利」に関する特別報告者のジャン・ジーグラーは、アメリカの食料投下に触れて、「食糧援助を行っているすべての組織の中立性を疑わせ、信頼性を損なう行為であり、糾弾する」と記者会見で述べている。彼によれば、八億二千六百万人が栄養失調に陥っており、毎日十万人が餓死している。しかも、予定通りの戦果を上げられないとなると、合衆国空軍は金にものを言わせ、非人道的兵器と非難されているクラスター爆弾(Cluster Bomb)やデイジー・カッター(Daisy Cutter)まで投入し、テロとの戦いを豊かさと貧しさの対決に変容さセ、貧困問題の解決を阻害している。これは明らかに「殺し過ぎ(Overkill)」であろう。支倉逸人(はせくら・はやと)は、『検死秘録』の中で、遺体に必要以上の刺し傷があるような「殺し過ぎ」であるとき、加害者は被害者に対して、社会的な意味において、弱者であるケースがほとんどであり、「恐怖心」にかられてそうするのだろうと言っている。合衆国は「恐怖心」にかられ、なりふりかまわず、作戦を実行している。二〇〇三年三月十一日には、先の爆弾をはるかに上回る威力を持ったMOAB爆弾の実験に成功している。MOABは「空気を切り裂く巨大兵器(Massive Ordnance Air Burst)」の略だが、米軍関係者の間では「すべての爆弾の母(Mother Of All Bomb)」のニックネームで呼ばれている。アメリカは、爆弾の開発において、核兵器でなければよいという理屈の下、非人道的という非難を無視し、核兵器に限りなく近づけようとしている。合衆国がアフガニスタン軍事作戦で使った戦費は、ブルームバーグ通信社によれば、一ヶ月あたり十四億六千五百万ドルに達している。民主党のジョゼフ・バイデン上院外交委員長は、十月二十四日、シンクタンクの外交評議会の会合でにおいて、「合衆国は上空からやりたい放題をする『ハイテクいじめっ子』であり、罪のない人たちを無差別に爆撃をしている、と批判を浴びかねない」と発言している。ヒンズークシ山脈のサラン峠は四千メートルを超える山岳地帯である。

 そこで、北部同盟の対空砲の砲手カビールは、「ペンタゴンの人たちはここへ一度来たらいい。ここの生活など知らず、ただ人に命令して、攻撃させているだけの彼らにこそね」と言っている。ところが、小泉純一郎内閣総理大臣は、国会の質疑答弁で、「あれはしません、これはしませんでは国際社会から孤立してしまう。それで国際社会で名誉ある地位が得られるのですか」と絶叫し、「ハイテクいじめっ子」に無批判的な同調を言明する。「いまのいじめも、みんな仲間だという抑圧から発している。いじめをなくすために『みんな仲間になりましょう』は逆効果。中学生のいじめのきっかけも、仲間にしようとするところから始まる。『わたしはこれだけ無理して仲間しているのに、あの子は許せん』。これがいまのいじめの構図だ。仲間にならねばならぬでは、いじめの助長にすぎない」(森毅『みんななかよくしようはいじめの助長』)。

Us and Them
And after all we're only ordinary men
Me, and you
God only knows it's not what we would choose to do

Forward he cried from the rear and the front rank died
And the General sat, and the lines on the map moved from side to side

Black and Blue
And who knows which is which and who is who
Up and Down
And in the end it's only round and round
And round
Haven't you heard it's a battle of words
the poster bearer cried
Listen son, said the man with the gun
There's room for you inside

Down and Out
It can't be helped but there's a lot of it about
With, without
And who'll deny that's what the fightings all about
Get out of the way, it's a busy day
And I've got things on my mind
For want of the price of tea and a slice
The old man died.
(Pink Floyd “Us and Them”)

 山岳地域であれ、ジャングルであれ、都市であれ、ゲリラ戦はフラクタルを相手にする。典型的なゲリラ戦だったベトナム戦争には「前線」が存在せず、アメリカ軍の兵士はヘリコプターで点在する戦場に送りこまれている。べノワ・マンデルブローは、『自然のフラクタル幾何学』において、海岸線の長さは厳密に計ろうとすればするほど、岩や砂があるため、長くなってしまい、「観察者が不可不適にそこに介入する」と述べている。フラクタルは一次元と二次元の中間のような次元であり、その典型例である海岸線には長さはない。ゲリラはこうしたフラクタルに潜んでいる。かりにオサマを発見できたとしても、それは米軍の情報収集能力ではなく、アルカイダ側のミスである。ロシアのマトリオシカ人形もフラクタルの一種であり、それをイメージすれば、フラクタルを理解しやすいだろう。

 カール・フォン・クラウゼウィツは『戦争論』に人民戦争成立の条件を記述している。このタイプの戦闘は、彼によると、民衆の支持のもとに国土の広い地域と部隊の機動を妨げる障害の多い地形を最大限に利用すべきであり、しかも一回の戦いだけで決定的な成果を期待してはならない。九月二十五日の記者会見で、今回のテロ掃討作戦を「不朽の自由(Enduing Freedom)」作戦と発表したものの、ラムズフェルド国防長官は、一ヶ月後の十月二五日の記者会見では、オサマ・ビン・ラディンの拘束について、「干草の山の中から針を探すようなもの」と発言している。米軍によるアフガンのテロ組織掃討作戦がアルカイダを追いつめるまでには至っていないと認めている。最高幹部の一人ムハマド・アティフは、空爆によって、死亡したと見られているけれども、肝心のオサマの捜索は難航している。当初、アンドルー・ジャクソン合衆国第七代大統領も凌ぐほど荒っぽい口調が目立っていたジョージ・W・ブッシュ大統領も、徐々に、トーン・ダウンしている。二〇〇二年十月七日、とうとうラムズフェルド国防長官は、定例記者会見で、オサマ・ビン・ラディンの生死について確証があるのかと尋ねられて、「生きていて元気かもしれない。あまり元気じゃないかもしれない。死んでいるかもしれない」と答えている。「究極というのは政治の言葉ではない」(ベンジャミン・ディズレーリ)。彼らを嘲笑うかのように、二〇〇二年十一月十二日、アルジャジーラは、オサマ・ビン・ラディンの肉声だとして、十月に世界各地で起きたテロ──イエメン沖の仏タンカー爆破(六日)、バリ島の爆弾テロ(十二日)、モスクワの劇場占拠(二十三日)──を賞賛し、合衆国とその同盟国に対するテロ攻撃を続行すると警告した内容の録音テープを放送している。声の主はオサマ・ビン・ラディン本人に間違いないと見られている。ゲリラとの戦闘はジャンク・メールやポップアップ広告を撲滅するのと同じくらい困難である。

 ゲリラ戦がいかに有効であるかは、アメリカの歴史自身が証明している。南北戦争中、北軍は南軍レインジャーによる後方地域の襲撃に苦しめられている。ジョン・アーキーラーは、「空爆でテロのネットワークを壊滅させることはできない。ビン・ラディン氏を殺害しても、彼を殉教者に祭り上げ、一派の組織への忠誠心を一層強めるだけ」であり、「こうした爆撃は百害あって一利なしだ。アフガニスタンは厳冬と飢饉で人道的危機を迎える。爆撃で民間人の犠牲が増えると、米政府の『正義のための戦争』という名目が形骸化し、内外の支持が崩れかねない」と批判している。

 アメリカ軍は、ベトナム戦争が端的に示しているように、ゲリラ戦を得意としない。米軍は世界最大の火力と世界最高の機動力を有している。これを生かして、攻めてくる敵を押し返すのがアメリカ軍の闘い方である。第二次世界大戦における太平洋戦線が好例である。しかし、ゲリラ戦ではこの火力と機動力を十分に発揮できない。

 テロ掃討作戦に関して、国防省と国務省の間で意見が割れているだけでなく、ラムズフェルド、ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官(Deputy Secretary of Defense Paul Wolfowitz)やジョン・R・ボルトン軍縮および国際安全保障担当国務次官(Under Secertary for Arms Control and International Security Affairs John R. Bolton)の新帝国主義的な認識が、必ずしも、すべての政策を決定・実行しているわけではない。また、国防総省はテロ壊滅のアイデアを一般から十二月二十三日まで公募し、極めて有効と判断できる提案に関しては契約を結び、具体的な作戦に発展させると発表している。アルカイダならびにタリバンの掃討作戦に役立てる狙いだけでなく、戦い方のアイデアを一般公募するほど米軍が手詰まり状況にあるように見せかけて、彼らを油断させ、あぶり出す情報戦の一環と考えている専門家もいる。「テロ組織との戦闘方法」や「攻撃の難しい標的の攻略方法」、「僻地での長期戦」、「大量破壊兵器に対する防衛」の四分野に関する対策案を募集し、選考は三段階に分けて行われ、国防総省は作戦を実施に移すまでに一年から一年半かける方針であり、アルカイダの掃討に長期戦を見込んでいる。

 だが、合衆国高官にとって、タリバン政権が急速に崩壊したことは予想外だったに違いない。ジョン・アーキーラーは、テロへの対抗策について、「まず、組織論では、われわれ自身がネットワークでつながる術を学ぶ必要がある。それは情報や取締りを含む国際的な反テロ包囲網の課題でもある」し、さらに、「軍事面では、どんな余波があるか勘案しながら、慎重に軍事力を行使すべきだ。対指導層を標的にした空爆で成功例は珍しい。臨機応変に攻撃できる特殊部隊の一層の活用が望まれる。目に見えにくいし、民間人の巻き添えも抑えられる。相手の主張に説得力を与えないように、情報・心理線を展開する必要がある」と提言している。
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