Envy-2

文字数 2,337文字

 まだ見放していないのだと教える。救いを見出したように濡れる瞳を見つめ返して、呼吸を奪うように、深く口付けた。
 経験豊富な元男娼が息も絶え絶えに虚脱する様を見下ろすと、セックスは技巧や相性だけでもないのだと思い至る。形ばかりに拘る男と違い、女は感情や安心感を大事にするというが、そこに大きな性差はないだろう。気持ちが伴えば興が乗るのは男も同じで、だからこそ、求められたと実感したあとの性感は深かったらしい。事後の無防備な表情を見られまいと腕で目元を隠しながら、乱れた息を整えているシュントの額に口づける。
 火照りが引かず、汗ばむ肌が征服感を刺激する。同じようなセックスをしたら、フユトはどんな反応をするだろうかと考えていると、二回目を強請るシュントからキスを求められ、乱暴に噛み付くことで応えてやった。
 切れ長で、ともすると目つきが悪く見える三白眼ながら、シュントの場合は気が強そうに見えない。普段からおどおどしているわけではないが、自尊心が低く、気弱な性格をよく知っているから、よりそう感じるのだろう。身売りの経験が長いから気さくそうではあるが、本来のシュントは社交的ではない。本当に信頼する人間は片手の指に収まるほどだろうから、その中に刻まれていることを少しだけ願う。
 どこを触っても悩ましく眉を寄せ、吐息と声を洩らすシュントの感度は、二回目でも衰えない。どころか、蕩けた目をしておいて挑発的な視線を向けてくるのだから、なるほど、並の男なら理性をかなぐり捨てるだろう。シュントはきっと、挑んでおきながら拒む。敢えて蹂躙させ、嫌がる素振りと裏腹に身体で受け入れることで、自称サディストの支配欲を上手に満たす手管だ。
 しかし、観察と洞察に長けるシギには通用しない。生粋のサディストは、獲物が蕩けて乱れる様に悦ぶ。相手だけを満足させようとする男娼の演技には乗らない。シュントが心から歓喜で啼くまで、愉悦するポイントを一点集中的に、偶に同時に嬲ってやる。知り尽くしたシギのやり口に、シュントは素直に喉を晒して、逃げ場のない官能に浸る。
 二度目の挿入前から腑抜けたシュントの頬を、指の背で撫でる。促されたと思ったのだろう、俄かに顔を上げようとするので、右肩にさり気なく手を置き、ベッドに押し留めた。
「調子が良くないと、前に言ったな」
 事の最中の話題ではないとわかっていながら、シギはシュントに問う。空気を読まない質問に、けれど、シュントが気を悪くすることはなかった。
 シュントは声高に自己主張することが少ないぶん、こちらが気にかけてやると、心持ち嬉しそうな目をする。兄としての意識と矜恃もあるのだろうが、察して欲しがるところは、フユトとは別種の傲慢さを醸し出す。確かに二人は双子だ。相反するようでいて、核の部分はまるで同じなのだから。
「平気なのか」
 今から二回目に及ぶけれども、体に障らないのかと言外に伝えると、シュントはくすぐったそうに笑って、
「俺がしたいんだから良いんだよ」
 打算抜きに答えた。
 気遣うように顔の輪郭を撫でる。優しさを演じる手つきにも気持ちよさそうに吐息して、シュントが濡れた目を向けてくる。それでも、今はまだ、叶えてやらない。
「検査の結果次第になるだろうが、お前の住処は用意できる」
 シュントに覆い被さって腕で閉じ込め、見下ろして、シギは告げる。二人きりの生活と異様な執着に音を上げて、崩れそうになっていたシュントへの、甘美な罠だ。
 体調が優れないとシュントが言い出したのは、隻腕になって程なくだった。最初は様子見していたが、改善される気配もないので、置かれた環境へのストレス反射だろうと踏みつつ、男娼経験もあるから血液や体液を介する病の発症も疑い、先日、血液検査を受けさせたばかりだ。不調の兄にさえ独占欲を剥き出しにして、容赦ない暴力を向けるフユトはきっと、永遠の喪失を予感しているのだろう。
 可哀想に、とシギは思う。可哀想に、二人とも、早く堕ちる処に堕ちてしまえ。失望の地獄の底で、生かさず殺さず飼われ続ければいい。
 シギの思惑など知らないシュントは、優しいだけの言葉に目を見張り、蕾が綻ぶように笑うのだ。これでようやく楽に生きていける、そんなところか。
 本当に、どこまでも哀れな双子だ。
 シュントの右膝を肩に掛け、入口を割るのと同時に口角の痣を舐めた。支配に依存して希望を見出すシュントは、熱持つ質量を受け入れる粘膜の動きだけで、軽く達したようだった。ぎゅう、と首にしがみつかれる。一息に最奥を穿つ。腹に接するシュントのそれが、ドロリと白濁を押し出すのを、感触で捉える。
「ぁ、待って、まだ、」
 達した余韻が冷めないうちに腰を引くと、シュントが蕩けた声で制止を求める。焼けるような熱を孕み、絡みつく粘膜をぞりぞりと削ぐように、浅く、短く抽挿する。死の気配がする法悦に叩き込む。
 地獄の底に行き着いたとき、与えられてきた甘露が猛毒であることに気づいたとき、シュントはどんな顔をするだろう。そんなことを取り留めもなく思いながら、苦しげに喘ぐ唇を塞いだ。
 誰から何を奪い尽くしても、世界の全てを壊し尽くしても、この身の中央を蝕むように巣食う空虚は埋められないのだと、ずっと、そう思ってきた。あの嵐の夜までは。日常を脅かさんと荒れ狂う風雨の中、平穏の断末魔を遠くに聴きながら、その子どもの掌に光を見た。深淵に棲う化け物を照らし、人でなしが人でなしたる理由を明かし、それさえも許そうとしてくれる、一抹の希望。空になったパンドラの箱の隅の残滓のようなそれに、いつか何処かで投げやりに終わるはずだった命を繋ごうと決めた。お前が待つ未来なら、きっと悪くないと思えたから。

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