Cage-5

文字数 1,941文字

「フユトは賢くないが、お前のように愚かじゃない」
 鼻先が触れ合う距離まで近づくと、
「あいつは綺麗事で生きられるほど器用じゃない」
 揺れるシュントの瞳に、
「だから、欲しい」
 深淵の奥から覗くものを見せつける。
 ごくり、とシュントの喉が鳴った。
 現役の男娼だった頃から、シュントの床具合は一定の評判があった。玄人でありながら淑女のように恥じらい、淑女でありながら数寄者のように瞳を濡らす。舌使いは大胆ながら丁寧。腰捌きは自ら貪るようでいて、相手をしっかり搾り取る。身に染み付いた演技であろうと、触れれば素直に反応する様は、確かに雄の独占欲を心地好く満たす。
 けれども、反抗的な眼差しが蕩けていく過程だったり、感じているのに声を殺す強がりだったり、最中や事後とは思えない悪態を付かれたり、といったフユトの可愛げのなさは、力尽くで暴きたくなる嗜虐心を煽るから、それはそれで好ましい。何より、フユトに玄人然とした振る舞いなど求めてはいない。
 かつては押し問答や攻防戦のような、ギスギスした始まり方をしたセックスも、今や当時の激しさは鳴りを潜めている。これの替わりはいない、とシギがはっきり自覚するにつれ、フユトも幾分か素直に応じるようになった。とはいえ、幾分かである。シュントが相手のときのように滑らかな導入とはいかないが、知り尽くした弱点さえ攻略してしまえば、あとは済し崩しだ。
 どうすれば悦くなるかも、どう返せば悦くしてもらえるかも学習しているのに、それでも従わなかった頃が懐かしい。いつだったか、戯れで求めた口淫に嫌悪を滲ませていたのが嘘のように、今は自ら舌を差し出すこともある。これは良いことなのだと刷り込むように髪を撫でると、積極的に乱れることへの羞恥が薄らぐようで、丹念に尽くそうとする拙い技巧が愛しくなる。
 何度か半端な絶頂感を味わわせてやると、自分のことはもういいとばかりに手を払って体を引き剥がし、剣呑な眼差しで下肢に舌を這わせるから、態度と行動の矛盾を嗤う。シギ自身を高めれば望むようになると学ばせた通り、素直で従順で、壊してしまいたくなる。自ら喉奥の限界まで咥え込んで苦しげに眉を寄せつつ、眦が蕩けていく様は、いつ見ても飽きない。
 後ろ頭を軽く支え、根元まで押し入ろうと腰を進めたあと、窒息する前に吐き出させてやる。大袈裟なくらい呼吸して、唇を濡らす粘度の高い唾液を乱雑に手の甲で拭うから、褒めるように耳朶を指で擽った。
 そろそろだろうか。
「……ちゃんと()きたい……」
 目を伏せて、視線を合わせないところは相変わらずなのに、可愛いことを言うようになった。でも、リビングのソファでは叶えてやれない。
 深いキスで絆して宥める。フユト自身の体液を指に絡め、そっと、後ろの粘膜に触れる。びく、とわかりやすく震える体を抱き寄せ、(こら)えるような表情を間近に見ながら、表面だけをゆっくり撫でさする。時折、わざとらしく会陰に触れれば、強請るように揺れる腰と、悔しそうに寄せられる眉が(たま)らない。舌を弄しながら観察する。
 そんな緩やかな前戯を膝立ちさせたまま続けていると、さすがに焦れた様子のフユトが肩を押し返すから、大人しく解放してやった。
「遊ぶなよ」
 フユトのとろんとした表情が一転、不機嫌に曇る。
「こっちは久々だろう」
 粘膜の縁を指先で掻くように刺激しながら尋ねると、吐息ごと声を飲み込んだフユトが、情事の最中とは思えないほど胡乱な眼差しで睨んできた。
「試してみろよ」
 その言葉には、恥ずかしい告白も混じっているように聞こえたが、そこは敢えて触れない。焦らしすぎてフユトが完全に不機嫌にならないうちにと、いきなり二本で割った。大仰に反った喉と、腰と背筋の震えが、甘イキを伝える。極まるフユトを更に追い込むように、粘膜に触れる指を開いて、空気が入るようにしてやる。素直な収縮と蠕動を嘲笑い、
「随分と使い込んでるな」
 核心に触れないままで詰る。思い当たる節を恥じらうように、きゅう、と粘膜が狭まるまま、指を閉じて浅瀬をぐるりと撫でた。出し入れするように動こうとする腰を抱き込んで封じる。肩に凭れかかりながら、甘く吐息するフユトの耳朶にキスして、
「それで、一人でもイけたのか」
 羞恥を煽る。
 肩を掴む力具合と、鼻から抜ける甘い声の様子から、それだけでまた甘イキしたらしい。半分は躾けた成果ではあるものの、半分は天性の淫蕩さだろう。ゾクゾクと脊髄を遡る電流に腰を震わせながら、浅く吐息を繰り返すフユトは極まったままのようで、正直にふるふると首を振った。
「ぁ、一人じゃ無理、だから……ッ」
 この男は、自分が何を口走ったか理解しているのだろうか。
 笑みを深めるシギは、容赦ない強さで、前立腺を抉る。





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