Done-1

文字数 2,229文字

 シュントから最後に会いたいと連絡が来たのは、彼が街を離れる前日のことだった。そんな日だからこそ弟の傍にいてやればいいのに、相変わらず奔放な兄だと呆れつつ、承諾する辺り、自身も大概だなとシギは思う。
「……あれから二人では居づらくて」
 シギの棲家を訪れて程なく、シュントが苦笑混じりに零す。詳しく聞けば、生まれて初めて兄弟喧嘩をしたのだという。そこから、二人は上手く関係を立て直せていないらしい。似た者同士だからこそ、分かり合えない部分もあるのだろう。
 すれ違い、掛け違い、傷つけ合う。そんな風に誘導したのはシギだ。目的のためなら不要な駒は排する、そんな感覚で。
「言う割に、憑き物が落ちた顔だな」
 傷つけ合った挙句、立て直せないまま二人の関係が終わろうとしているのに、シュントの顔はいっそ清々しい。抱き寄せて囁くと、シュントはくすぐったそうに、いつものように笑った。
「近すぎて見えなかったんだ、たぶん、お互いに」
 見ようとして来なかったの間違いだ、と訂正はせず、シギは背中に回る片腕の感触を黙って受け入れる。
 シュントが弟に負い目を感じ、脅かすものから守ろうとして来たように、フユトも兄への負い目を感じながら守ろうと足掻いてきた。やっていることは全く同じで、双子だからこそ同じような考え方をしているのに、彼らは不幸かな、同じ魂を分けた他人だ。箱庭に篭ろうとすればするほど、歪にひしゃげていく。
 二人は似ているからこそ、決定的な違いを避けてきた。表面的にわかったふりをして、無理やり、腑に落としてきたのだ。それは健全とはいえない。いつか何かが引っかかったとき、全てが溢れる危険性を孕む。
「それで、何しに来た」
 一度は受け入れた抱擁を、肩を掴んで引き剥がす。シュントは僅かに表情を曇らせたものの、シギにとって、この男が何に傷つこうと関係がない。照準は既にフユトに絞っている。シュントに憐憫や同情などしない。
「……最後に会いたくなって」
 ソファに座ったシギを見つめて、シュントはリビングの入り口から動かない。ここから先に踏み入ることを許されているかどうか、伺うような視線を見て、
「フユトを庇う必要はないのに、か」
 これまで、悪足掻きとも取れるほど躍起になっていた、シュントの行動理由を指摘してやる。
 シュントは驚いた様子も、動揺することもなく、素直に頷いた。
「俺の意地だから」
 言って、綺麗に微笑う。双子の母親とよく似た微笑に、凪いでいたはずの胸がざわついた。
 まるで何とも思っていない相手をその気にさせようとするのも、長年、そうやって生きてきたが故の玄人のプライドなのだろうか。フユトが存在している限り、結果はわかりきっているのに、無駄な労力だと思わなくもないが、刺激に対する体の反応はごまかせない。若いな、と他人事のように、シギは自分に対して思ってみる。
 想いと劣情は別物だ。そもそも、単なる排泄行為に情が伴うことなどない。頭ではそう思いながら、愉悦に浸るシュントの挙動は表情一つまで計算され尽くしていて、客を取っていただけのことはあると感心する。苦しげに、悩ましげに寄せられる眉と、自らの欲望に従ったような腰遣いと。そういうものに堕ちる連中は多かっただろう。本性が淫蕩であるわけでもないのに、あたかもそうであるように振る舞って、騙してきたわけだ。
 多幸を噛み締める唇を舌で割る。鼻から必死に息を抜いて窒息を避けるから、墜ちろとばかりに前立腺を抉る。顔を逸らしてキスを拒みながら、射精を促すように粘膜を絞り上げ、全身で絶頂を隠さず伝えてくる。
「う、ごくな……ッ!」
 極まる最中(さなか)も腰を止めずにいると、蕩けきった声が静止を求めるから、黙らせるように最奥を叩く。
 シュントが声も出せずに極まる。晒された喉をぬるりと舐め上げ、喉笛に歯を立てた。
「殺す気か」
 事後、あれだけ乱れたのが嘘のようにドライな態度で、シャワー上がりのシュントがじとりと睨め付けてくる。この温度差は嫌いじゃない。行為が終わってもくっ付いて離れないようなタイプなら、きっと、シュントと関係を持って崩壊を狙うことは諦めただろうと思う。
「悦すぎて死んだ人間はまだ見たことがないな」
 ベッドの縁に腰掛けたシュントの髪を、双肩に掛かるバスタオルで拭いてやりながら返すと、するりと伸びた左手が、シギの手を止めた。
「……そういうのは、いいから」
 照れたように言って、シュントが俯く。
「勘違いするから、やめろ」
 葛藤するような声音に、シギはただ、
「他意はない」
 と、感情もなく返した。
 甘やかしたくて、とか、隻腕で不自由だろうから、とか、そういうことじゃないのだ。考えずとも体が動く、反射のようなもので、尽くしたい思いは一切ない。なるほど、だからシュントは客のシギに堕ちたのだろうし、期待もしたのだろう。弟が危険な男に目を付けられたと盾になることより、愛して欲しいと願う本能を大事にしたのだろう。
 これは責任重大だ、と、シギは軽口を叩くように思う。もちろん、心から思って反省することはない。
「フユトにはやるなよ」
 シュントが振り向いて、険しい顔で警告する。シギがフユトを得ることには納得しているものの、蛇のような男に戯れで壊されることは警戒しているらしい。そんなこと、フユトにするつもりはないのに。
「……気を付ける」
 けれど、シュントを宥めるために同意した。機嫌を損ねた愛人を窘める、強欲な男のように、キスをした。
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