第17話 Twist Scoop Dunk
文字数 1,994文字
路嘉の隣から逃げ出せる猶予はあった。
しかし残業を振ってまで一緒に居たい気持ちを優先した俺は今、レンタルショップでR18の暖簾を潜り、女性の裸体が並ぶ異世界で立ち尽くしている。
表を上げられず視線を反らした先にも激しいタイトル…いかがわしい。
「外で待ってる」
「…は?適当に見てて」
そう言われても女性に興味がない一方で顔が映らない男性の裸体のぼんやりとした部分に目を細めてしまわないよう必死に避けて角を曲がると、見たことがある横顔に小さな悲鳴が出た。
元彼、佐伯総一郎との遭遇に次ぎ
今彼、白鳥路嘉の板挟みにされる苦悩に、頭痛。些か血の巡りが良いらしい。
「何でお前がここに居るんだよ」
「男性モデルのバイト始めたんだ、これ…見て?」
通路側から顔を覗かせる路嘉がパッケージで遮られる直後、棚を背に迫って来る宗一郎の顔が近い。こんな所で襲われる理不尽さに抗っても、汗混じりのラストノートに鋭く反応して視線が導かれる。
「すみません。それ…俺のなんですけど」
パッケージを退かす
路嘉が横から割り込んできて、膝が折れる。
助かった…気が抜けると足元がフラつき、暖簾を潜る客人に倒れ込んだ。
「宗ちゃんおっそいよ。何や…って、絢斗?」
「あ、的場さん!」
「白鳥さんもお揃いで」
「聞いて!あそこの男に痴漢されたの」
「誰が?」
「絢斗が…」
「ふぅーん、痴漢?」
「迷子の仔猫ちゃんが居たので」
「エッチなおまわりさんだね。絢斗…大丈夫?」
冷静な判断ができない。
張り詰めた緊張に睡眠を要求する作用に絶え兼ね、そのまま和真に頭を預ける俺は自宅に運ばれ揺らぐ意識の中で花椒 の香りに目覚めた。
「豆腐は下茹でして、辛いソースに材料を足していく」
「葱はいつ入れるの?」
「味が決まってから。残りの中華スープをゆっくり注いで」
「これ?」
「そう、上手だね。味はどう?」
「ん……やばっ!店で食べる味」
「葱を入れて、水溶き片栗粉を混ぜ合わせたら完成」
和真が料理を教えている。
こちらに気が付いた路嘉は撮影している宗一郎を避けながら、皿を持ってきた。
今夜のメニュー
・麻婆豆腐
・豆もやしの時短ナムル
・茄子煮浸し
・レタスと玉子の中華スープ
「すまない、寝てた…」
「お疲れさん。冷蔵庫にあったもの、使ってよかった?」
和真の間を割って抱きつく路嘉の頭を撫でながら話を聞く。
初顔合わせにも関わらず、俺が寝ている間に路嘉はすっかり馴染んでいて安心した。
「う……んっま!俺、天才かも」
「殆ど和真が作ったよな?」
「いいから。絢斗には辛すぎるね」
確かに、激辛耐性の無い俺には花椒の刺激は強すぎるが、茄子の煮浸しの味付けを舌の上で解きながら飲み込む。
オリーブオイルか?
甘辛さのキレがよくさっぱりしている。疲れた体が欲するアイテムが全て凝縮された圧倒的、美味。副菜だが、これがメインに出てきても納得がいく。
「ねぇ…おやつはごはん食べてからにしなよ」
食事に手を付けない宗一郎を見兼ねた路嘉だが、オレオの黒いクッキーを回して上下離す食べ癖は相変わらずで
「回して、舐めて…」
「食べ物で遊ぶな」
「なんだお前知らないのか?」
Twist Scoop Dunk
それは、家族が笑顔になる魔法の言葉。
オレオをひとつ手に取り、クリームにフォークを刺して牛乳に半分落とす。
「俺にはこれが主食」
「え?おやつしか食べないの」
「仕事だから」
路嘉のレンゲから麻婆豆腐がゆっくりと零れる。自分が作った料理を食べない痴漢男の正体を知った途端、路嘉はレンゲを落として口を押えた。
「スイーツ王子、本人!?」
「和真は紅茶の王子様」
「ええ!じゃあ、あ…絢斗は?」
腕にしがみつく路嘉の瞳はアガーでコーティングされたタルトの様に輝く。
「セフレ?」
宗一郎のふざけた言葉に、路嘉はムッとして爪を立てる。
この面子では遅かれ早かれ関係性はバレる、だがフレンド募集した覚えは無い。
「痴漢のくせに…」
「あれは逢引きといってな」
「うるせぇ!今度やったら俺の作ったカレー食わせるからな」
「あはは。甘口なら食えるぞ」
「絶対だな…この野郎…腹壊しても知らねぇーぞ!!」
「どんだけ猟奇的なカレーなの!」
「カレーをマズく作る奴なんているの!」
「ごめん、俺が教えておく」
「絢斗は黙ってて」
「美食家相手に異世界カレーとか、お前どうかしてるぞ」
「食べたこと無いくせにディスんな!」
「はいはーい、痴話喧嘩しないの」
「それでは新メンバーに初心者を迎えるってことで…」
和真の音頭でグラスをぶつける、賑やかな食卓。
米を研いだことがない路嘉がカレーを美味しく作る事ができる日は来るのか?ダメなら俺がダールカレーを作ってやると頭を撫でる先に唇が降り注ぐ。俺たちの夜は、これから。
しかし残業を振ってまで一緒に居たい気持ちを優先した俺は今、レンタルショップでR18の暖簾を潜り、女性の裸体が並ぶ異世界で立ち尽くしている。
表を上げられず視線を反らした先にも激しいタイトル…いかがわしい。
「外で待ってる」
「…は?適当に見てて」
そう言われても女性に興味がない一方で顔が映らない男性の裸体のぼんやりとした部分に目を細めてしまわないよう必死に避けて角を曲がると、見たことがある横顔に小さな悲鳴が出た。
元彼、佐伯総一郎との遭遇に次ぎ
今彼、白鳥路嘉の板挟みにされる苦悩に、頭痛。些か血の巡りが良いらしい。
「何でお前がここに居るんだよ」
「男性モデルのバイト始めたんだ、これ…見て?」
通路側から顔を覗かせる路嘉がパッケージで遮られる直後、棚を背に迫って来る宗一郎の顔が近い。こんな所で襲われる理不尽さに抗っても、汗混じりのラストノートに鋭く反応して視線が導かれる。
「すみません。それ…俺のなんですけど」
パッケージを退かす
路嘉が横から割り込んできて、膝が折れる。
助かった…気が抜けると足元がフラつき、暖簾を潜る客人に倒れ込んだ。
「宗ちゃんおっそいよ。何や…って、絢斗?」
「あ、的場さん!」
「白鳥さんもお揃いで」
「聞いて!あそこの男に痴漢されたの」
「誰が?」
「絢斗が…」
「ふぅーん、痴漢?」
「迷子の仔猫ちゃんが居たので」
「エッチなおまわりさんだね。絢斗…大丈夫?」
冷静な判断ができない。
張り詰めた緊張に睡眠を要求する作用に絶え兼ね、そのまま和真に頭を預ける俺は自宅に運ばれ揺らぐ意識の中で
「豆腐は下茹でして、辛いソースに材料を足していく」
「葱はいつ入れるの?」
「味が決まってから。残りの中華スープをゆっくり注いで」
「これ?」
「そう、上手だね。味はどう?」
「ん……やばっ!店で食べる味」
「葱を入れて、水溶き片栗粉を混ぜ合わせたら完成」
和真が料理を教えている。
こちらに気が付いた路嘉は撮影している宗一郎を避けながら、皿を持ってきた。
今夜のメニュー
・麻婆豆腐
・豆もやしの時短ナムル
・茄子煮浸し
・レタスと玉子の中華スープ
「すまない、寝てた…」
「お疲れさん。冷蔵庫にあったもの、使ってよかった?」
和真の間を割って抱きつく路嘉の頭を撫でながら話を聞く。
初顔合わせにも関わらず、俺が寝ている間に路嘉はすっかり馴染んでいて安心した。
「う……んっま!俺、天才かも」
「殆ど和真が作ったよな?」
「いいから。絢斗には辛すぎるね」
確かに、激辛耐性の無い俺には花椒の刺激は強すぎるが、茄子の煮浸しの味付けを舌の上で解きながら飲み込む。
オリーブオイルか?
甘辛さのキレがよくさっぱりしている。疲れた体が欲するアイテムが全て凝縮された圧倒的、美味。副菜だが、これがメインに出てきても納得がいく。
「ねぇ…おやつはごはん食べてからにしなよ」
食事に手を付けない宗一郎を見兼ねた路嘉だが、オレオの黒いクッキーを回して上下離す食べ癖は相変わらずで
あの言葉
を呟く。「回して、舐めて…」
「食べ物で遊ぶな」
「なんだお前知らないのか?」
Twist Scoop Dunk
それは、家族が笑顔になる魔法の言葉。
オレオをひとつ手に取り、クリームにフォークを刺して牛乳に半分落とす。
「俺にはこれが主食」
「え?おやつしか食べないの」
「仕事だから」
路嘉のレンゲから麻婆豆腐がゆっくりと零れる。自分が作った料理を食べない痴漢男の正体を知った途端、路嘉はレンゲを落として口を押えた。
「スイーツ王子、本人!?」
「和真は紅茶の王子様」
「ええ!じゃあ、あ…絢斗は?」
腕にしがみつく路嘉の瞳はアガーでコーティングされたタルトの様に輝く。
「セフレ?」
宗一郎のふざけた言葉に、路嘉はムッとして爪を立てる。
この面子では遅かれ早かれ関係性はバレる、だがフレンド募集した覚えは無い。
「痴漢のくせに…」
「あれは逢引きといってな」
「うるせぇ!今度やったら俺の作ったカレー食わせるからな」
「あはは。甘口なら食えるぞ」
「絶対だな…この野郎…腹壊しても知らねぇーぞ!!」
「どんだけ猟奇的なカレーなの!」
「カレーをマズく作る奴なんているの!」
「ごめん、俺が教えておく」
「絢斗は黙ってて」
「美食家相手に異世界カレーとか、お前どうかしてるぞ」
「食べたこと無いくせにディスんな!」
「はいはーい、痴話喧嘩しないの」
「それでは新メンバーに初心者を迎えるってことで…」
和真の音頭でグラスをぶつける、賑やかな食卓。
米を研いだことがない路嘉がカレーを美味しく作る事ができる日は来るのか?ダメなら俺がダールカレーを作ってやると頭を撫でる先に唇が降り注ぐ。俺たちの夜は、これから。