第5話 ロシアンティー

文字数 1,270文字

 定時、オフィスラブは命取り。

 そう決めつけていた俺は今まで何のためにそれを守って来たのか、今となっては知るはずもない現実が降りかかっている。

 「だから、和真とは付き合ってないから」
 「証拠は?家にあげる仲なのに、信じられない」

 もうずっとこの調子で論議しているが、なぜ和真との関係を話題にしなければいけないのか理解できない。それより一夜限りの出来事に対する責任とやらを巡り毅然とした態度で応戦しているのだが、どうにも話の決着が見えない。

 「お前だって仲のいい男のひとりやふたり、いるだろ」
 「そこで個人情報の開示させる?」
 「まさか俺と…付き合うとか言い出すなよ」
 「うわ…最低…もういいよ。最初から遊びのつもりなんでしょう」

 お互い感情的になったところで話は終わった。
 これが俺と白鳥の馴れ初め、手始めLINEの交換をして別れたが疲労の色を隠せず、オフィスに戻れば上司から今日は早く帰れと言われる始末。先が思いやられる。

 ◇
 
 あれから一週間、顔を合わせることなく距離もそのまま進展も無く週末を迎えた。
 俺が言うまで和真は何も聞いてこない。お互いのプライベートには口出しをしない仲だが、和真の雰囲気を察して打ち上げる事にした。


 「面倒くさいね、俺なら無理」


 ざっくり、和真はこういう男だ。俺は割り切れなくて自損事故を起こしている。
 和真もそれはよく知っていて、鍋の底に気泡が立つタイミングで火を止めてティーポットを洗い流した後、純銀製のドザールに茶葉を規定量すくい流れるようにしてお湯を注ぐ。正確な体内時計を刻みながら2分10秒、話は途切れることなく茜色のアッサムを最期の一滴までティーカップに注ぐ和真の手元から目が離せない。
 小さな瓶の蓋を開けて苺のジャムをひと匙
 溶かしたらロシアンティーの完成。
 アッサム特有の芳醇な香りに甘さが漂い、唇を寄せればやはり鋭く甘い。
 飲み込んで温度が引いてくると苺の甘酸っぱさがほのかに残る。
 今まで飲むのは日本茶くらいで紅茶には好き嫌いがあったが、和真に出会ってから淹れてくれる紅茶は飲めなかったものがない。

 「甘すぎない?」
 「いや、前に行ったベトナムコーヒーの専門店で飲んだあれよか断然飲みやすい。あれは刺激的な甘さだった」

 グラスの底にコンデンスミルク
 深入りのコーヒー豆で入れた真っ黒なコーヒーが二層に分かれいてるベトナムコーヒーはよく混ぜて飲んでも胃袋に溜まる甘ったるさが応える代物。

 「そう?スペキュロスが欲しくなるけどね」
 「ああ、ロータスか。たまに食べたくなる味だな」
 「シナモンは世界を魅了するスパイス。俺も最初は苦手だったけど、嫌いなものは好きになる要素が必ずある。それを拒否してる理由がどっかにあって気が付いてしまった時には、もう恋に落ちてる」

 和真は微笑みながら、ティーカップの淵を指先で愛おし気になぞっていた。


 「上手くやってください」


 甘いため息をつきながら俺は頷いた。
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登場人物紹介

江波絢斗

176/65/37・A型

趣味が料理の純然たるアラサー部長。

仕事には誠実で真面目、温厚な性格。恋愛には臆病…元彼のあまい呪縛から

逃れられない一方で、令和チャンの彼氏に翻弄される日々。

好きなもの・肉、麺類、和菓子

白鳥路嘉

165/56/23 B型

平成最期の新入社員で毎日が食べ盛り!令和のツン担当タチわんこ

性格

・小悪魔です

・すぐ機嫌が悪くなります

・親しい人に対してどS

・好きな食べ物「絢斗のつくるごはん」

・酒が弱い

・基本めんどくさがり

・ぼっち嫌い

・絢斗が大好き過ぎる!でも浮気っぽい…飽きっぽい…

・怒ると泣く

・双子の兄はラガーマンで弟/溺愛♡

的場和真

180/69/37 O型

日本全国を食べ歩く!バイヤーが天職のイケメン営業バリダチ

絢斗の食を常にリードする、ティーインストラクターの資格を持つ紅茶王子。

オンラインで料理研究家として名を上げる。

実業家の父親と2人の母を持つ複雑な家庭環境で人間不信…

絢斗にずっと片思い。一途な面も?

性格

・見た目と中身が全然違う

・好きになったら一直線

・現状維持型マイペース人間

・恋愛アドバイザー

・絢斗以外にあまり興味がない

・キレると面倒くさい感じになります

佐伯宗一郎

185/72/32 AB型

絢斗の元彼。国民的スイーツ王子として芸能人レベルで活動中、タチ寄りのリバ。

甘い物が主食で「男」も食べ物として見ているせいか

病的な浮気性…他人に理解されないところがある天才肌。

激しい収集癖があり、一度言ったらきかない頑固者。

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