第10話 珈琲とチーズケーキ

文字数 1,362文字

 週末は休日返上、こんな事で有給消化が実現するのか。
 宗一郎との約束をキャンセルするのが忍びなくて、ギリギリまで書類をまとめて先方に連絡を取りながら夏空を仰ぐ。
 いい天気だ、仕事してる場合じゃない…何やってんだ、俺は。

 「お疲れ様です」

 声をかけられ反射的に顔を上げると、路嘉が立っていた。

 「今日、出勤してるって聞いたから」
 「会社では話かけるなと言った筈だ」
 「いいでしょう、誰も居ないし…お昼食べた?これ、差し入れ」

 手渡されたビニール袋には缶コーヒーとチーズケーキ。
 これはコンビニで再販したやつじゃないか
 どこで入手したのか尋ねる寸でに言葉を堰き止める。
 あの日の嘘に傷つく自分に追い立てられ、路嘉に嫌な思いをさせるくらいなら黙っている方が利口だ。

 「何も聞かないんだね」

 今にも泣きだす揺らぎに俺の方が動揺して、肩に手を伸ばしてしまった。
 しまった。今、勤務中…
 場所を弁えて手を引くと路嘉の目から涙がこぼれる。


 泣かせて、しまった…。


 俺は完全に悪者になった気分で、ため息をつかないようにゆっくり息を吐くと心拍数が跳ね返り急がせる。緊張感に耐え切れずオフィスから路嘉を連れ出して話だけでも聞くことにした。
 頼む、頼むから声を出して泣かないでくれ。
 社内で部下を泣かせるなんてコンプライアンスを重要視しているうちの会社ではあってはならないこと。一部始終、監視カメラで録画されている。
 どんな理由で相手が感情的になっても泣いたらまずい、落ち着け。
 宗一郎のように慰めてやる術を直ぐに思いつくほどロマンチストでもなければ、和真のように優しい言葉で包み込んでやれる度量も、俺には無い。
 惨憺たる状況に路嘉の言葉が続く。

 「もっとキレイに遊んでよ」
 「遊び…て、誰もそんなこと言ってないだろ」
 「そんな風にしか見えないよ」
 「じゃあ聞くけどお前この間、誰と飲んでた?」

 つい声を荒げてしまい、驚いて足を止める路嘉の背中を押しながら暗がりの給湯室へ押し込みドアを閉めた途端に抱きつかれた勢いで壁に手を付く。
 背後のドア越しに台車を押しながら電話の取次ぎをする業者の騒々しさ、狭間に立たされる俺は息を潜めて、見上げる路嘉から顔を背けた。
 
 「怒ってるの?友達と飲んでた」
 「そうか。いつもならすぐ既読になるのに返事がなかったから」
 「絢斗には関係ないでしょう」
 「お前のこと心配して悪いのかよ」
 「悪いけど?絢斗が構ってくれないから慰めて貰ったの」


 ………は??


 「奥さんいる人だし一回だけ。もうしないから、ちゃんと俺のこと見てて」
 

 何を言ってるのか理解できなくて、語彙力…
 そうか、俺は浮気をされたんだな。起きてしまった事は変えられない、路嘉の男らしさに絶望するのではなく俺ができる償いを建設的に考えよう。
 路嘉が飽きないように満足させて…やれる自信が全くない。
 メンタル落ちたくらいで不倫するなんざ、どういう了見だ。ふざけたこと言いやがって今度やったらただで済むと思うなよ。そんな意味合いを込めて小悪魔の頭を撫でてやる俺の精一杯なエピソードを聞く宗一郎は気の毒そうな目で、ルージュのファルコネを注いだ。
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登場人物紹介

江波絢斗

176/65/37・A型

趣味が料理の純然たるアラサー部長。

仕事には誠実で真面目、温厚な性格。恋愛には臆病…元彼のあまい呪縛から

逃れられない一方で、令和チャンの彼氏に翻弄される日々。

好きなもの・肉、麺類、和菓子

白鳥路嘉

165/56/23 B型

平成最期の新入社員で毎日が食べ盛り!令和のツン担当タチわんこ

性格

・小悪魔です

・すぐ機嫌が悪くなります

・親しい人に対してどS

・好きな食べ物「絢斗のつくるごはん」

・酒が弱い

・基本めんどくさがり

・ぼっち嫌い

・絢斗が大好き過ぎる!でも浮気っぽい…飽きっぽい…

・怒ると泣く

・双子の兄はラガーマンで弟/溺愛♡

的場和真

180/69/37 O型

日本全国を食べ歩く!バイヤーが天職のイケメン営業バリダチ

絢斗の食を常にリードする、ティーインストラクターの資格を持つ紅茶王子。

オンラインで料理研究家として名を上げる。

実業家の父親と2人の母を持つ複雑な家庭環境で人間不信…

絢斗にずっと片思い。一途な面も?

性格

・見た目と中身が全然違う

・好きになったら一直線

・現状維持型マイペース人間

・恋愛アドバイザー

・絢斗以外にあまり興味がない

・キレると面倒くさい感じになります

佐伯宗一郎

185/72/32 AB型

絢斗の元彼。国民的スイーツ王子として芸能人レベルで活動中、タチ寄りのリバ。

甘い物が主食で「男」も食べ物として見ているせいか

病的な浮気性…他人に理解されないところがある天才肌。

激しい収集癖があり、一度言ったらきかない頑固者。

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