第8話 仕事帰りの一杯

文字数 2,260文字

 今日も真夏日、か。

 暦の上では立夏を過ぎると夏というが記録的な観測が続き、当社の外注が車中で重度の熱中症を引き起こしたことがメディアに取り沙汰された影響を受け、社員の健康管理を配慮した社内報告が一時的に導入された。
 その中に有給消化の申請が紛れており一週間後、始末書を書く手前で経理の計らいにより、3連休を設けた。

 「遂に育児休暇ですか」

 新発売のタピオカミルクティーを差し出す、和真は笑いを堪えて頻り直す。

 「まぁいいんじゃない?どこか遊びに連れて行ってあげなよ」
 「それがな…」
 「いや、わかるよ。この時期は俺らにとってそれどころではない」
 「だよな。お前ならそういうと思ったよ」

 頷く俺達の視線の先にはあるのは情報誌のイベントスケジュール。
 今週末から各地で食のイベントが開催される。果樹園やワイナリーのイベントも積極的にこなしたいがペット同伴で行ける場所は限られてくる。炎天下で人が密集する会場に路嘉を連れていくのはどうも気が進まない。

 でも、行きたい。

 狙いは東京国際シネマの台湾祭
 日本で専門店を営む名店コラボの料理が目白押し、それも今日から5日間。
 魯肉飯(ルーローハン)は鉄板、数年前に行った夜市の芳香を思わせる一杯である確信から飯友を誘って初日の今夜決行。

 仕事帰りの涼しい時間、提灯の下で飲むビールはさぞや旨いだろう。まさに地上の楽園…だがエレベーターのドアが左右に割れたて現実に引き戻される。
 路嘉が会釈をしながら乗り込んできた。

 「お疲れ様です」

 ロビーのボタンを押した後、素知らぬ顔をして俺と和真の間に割って立つ。

 「営業っていいですね。仕事の帰りは飲みに行くんですか?」
 「いいですね。白鳥さんからお誘い頂けるなら喜んで」
 「違います。俺の上司は真面目だから有給も取れなくて全然会ってくれない。浮気してんのかなぁ…あ、すみません…愚痴っちゃって…失礼します」

 チーン

 颯爽と出ていく様に顔面蒼白な俺は一歩も動けず地下駐車場まで箱乗りしたまま項垂れる。

 ◇

 遠くから立ち上がるような積乱雲に警報、どこかで雨が降っている。
 晴れた上空は丹色が滲み濃藍に染まり切らないまま紅く連なる提灯を浮かべぼんやり照らし出す。待ち合わせ場所も人で込み合ってきた。聞きなれた声に顔を上げれば人違い、視線を泳がせているとスマホを耳に宛がい人波を渡る男がひとり、こちらに向かってきた。

 「絢斗みつけた。今から合流する」

 話しながら目で合図するのは佐伯宗一郎(さいきそういちろう)。飯友の中でも群を抜いて「ある事」に長けている男で界隈じゃ有名人。半年ぶりの再会だが変わらぬ風貌に一瞬たりとも油断はできない。

 なぜなら、この男は…

 「久しぶりだな。どうした連れない顔して、まだ根に持ってるのか?」
 「あんな振られ方して気にしない方がどうかしてる」
 「昔のことなんか忘れろ、行くぞ」

 腹立たしさを通り越して呆れる宗一郎について行くと和真といつもの連中が緑の瓶ビールを傾けながら迎えてくれた。一杯どうだと差し出され、お察しの通り濡れ手に泡とは正しくこの事だと笑いながら乾杯する先に、宗一郎の視線を鋭く捉えて離す。
 テーブルには所狭しと茶色が陣取り、できたての大鶏排(ダージーパイ)に噛みつくと五香粉の味やスパイスの辛味が広がる。俺の掌より大きい台湾からあげは動画サイトで脚光を浴び、某県に出没するキッチンカーの話題に夢中になる面々、和真が魯肉飯を食べている所をスマホ撮りしながら、ビールの泡を飲み干す。
 やや酸味が残るが食事に合わせるなら金牌だ。

 二杯目のフルーツビールをの飲み終えるとLINEの通知音が聞こえた。
 まるで他人事、人と集まっている時に個人的なやり取りをするのを好まない俺だが和真の目配せに画面をタッチすると路嘉が会場近くのビアガーデンで飲んでいる事を知って息を飲む。
 路嘉の個人アカウントに投稿された料理を見てホテルは限定できたが、食事をしている所を撮影していることから

と一緒にいることがわかった。
 しかし俺が関与する所ではない。
 スマホを置く俺に二度目の警告音が鳴る。
 『飲ませていいの?』
 隣の和真からだった。
 確かに、あの性格と酒の弱さから、誰にでも許す傾向は否めない。
 心配じゃないといえば嘘になるがどこまで自分が介入するべきか思い悩む姿を見せまいとする俺は和真の手助けにより、席を立つ。
 行き交う人の流れに逆らい肩をぶつけながら向かう途中の出来事。
 
 『仕事の帰りに知り合いと飲んでた』
 『今帰ったばかりだから後で連絡する』

 路嘉が嘘をついている。

 その後メッセージに既読は付かなかった。
 急ぎ足は徐々に勢いを落として止まり、戸惑いを隠すようにしてスマホの画面を消して人の流れに紛れながら、路嘉が誰かと居るホテルの灯が消えてしまえばいいと唇が触れる。

 このくらい男同士ならよくあること。

 今まで気が付かなかっただけで、やり過ごされていたかもしれない不信感を募らせると心が狭くなって舌打ちしながら顔を覆った。
 他人を傍に置けば何れこうなると知りながら曖昧な思いを寄せたのは俺の方で、路嘉を責めることはできない。何度も言い聞かせながら自販機の明かりに引き寄せられ、背を預けて空を見上げた。こうでもしないと…ああ、自分が情けない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

江波絢斗

176/65/37・A型

趣味が料理の純然たるアラサー部長。

仕事には誠実で真面目、温厚な性格。恋愛には臆病…元彼のあまい呪縛から

逃れられない一方で、令和チャンの彼氏に翻弄される日々。

好きなもの・肉、麺類、和菓子

白鳥路嘉

165/56/23 B型

平成最期の新入社員で毎日が食べ盛り!令和のツン担当タチわんこ

性格

・小悪魔です

・すぐ機嫌が悪くなります

・親しい人に対してどS

・好きな食べ物「絢斗のつくるごはん」

・酒が弱い

・基本めんどくさがり

・ぼっち嫌い

・絢斗が大好き過ぎる!でも浮気っぽい…飽きっぽい…

・怒ると泣く

・双子の兄はラガーマンで弟/溺愛♡

的場和真

180/69/37 O型

日本全国を食べ歩く!バイヤーが天職のイケメン営業バリダチ

絢斗の食を常にリードする、ティーインストラクターの資格を持つ紅茶王子。

オンラインで料理研究家として名を上げる。

実業家の父親と2人の母を持つ複雑な家庭環境で人間不信…

絢斗にずっと片思い。一途な面も?

性格

・見た目と中身が全然違う

・好きになったら一直線

・現状維持型マイペース人間

・恋愛アドバイザー

・絢斗以外にあまり興味がない

・キレると面倒くさい感じになります

佐伯宗一郎

185/72/32 AB型

絢斗の元彼。国民的スイーツ王子として芸能人レベルで活動中、タチ寄りのリバ。

甘い物が主食で「男」も食べ物として見ているせいか

病的な浮気性…他人に理解されないところがある天才肌。

激しい収集癖があり、一度言ったらきかない頑固者。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み