第11話 宴
文字数 2,291文字
朝、いつもどおりにコトリを起こしに来たセキレイは、窓辺に置いてある荷物を見て、不審に思った。こんなところになぜ、汚い風呂敷包みが? そう思って中を見てみる。すると、そこにはセキレイがアオバラに贈った、宝石でできた青いバラの髪飾りが入っていた。
セキレイは目を開いてそれを凝視した。
そうだ、この包みはアオバラが天翔楼からもってきた唯一の私物だ。
その髪飾りは、アオバラがハヤブサにとても似ていたから、夢中になって彼を抱いていたころに贈ったもの。それをコトリは今も大事に持っていた。
コトリはセキレイが自分を誰かの代わりにしていることを知っていた、と言っていた。
そう、身請けするときに。
セキレイはコトリに酷いことをしたのに、コトリはセキレイの贈ったものを今も持っている―― 数少ない私物の一つにいれて。
「コトリ……」
その意味が判らないほど、セキレイは鈍くない。
セキレイは胸がつぶれるような後悔を感じた。
髪飾りをコトリの荷物に戻すと、セキレイは深呼吸をした。そして、寝台で寝ている彼の肩をそっと叩く。
「起きろ。朝だ。今日は宴の日だ」
うっすら開いた青い瞳に、セキレイは優しく笑いかけた。
朝食を食べると、コトリは白い洋装に着替えさせられた。
今日は宴。
昼から始まるこの行事は、夜まで続く。
軽食がテーブルに並び、酒がふるまわれ。
それが王太子宮の大広間で開かれる。
昼前になると、城の敷地に馬車が続々と到着した。
コトリの控室からもその馬車は見えるし、ガラガラという音がひっきりなしに聞こえる。
この宴の人数の多さを物語っている。
「何人くらいくるんだっけ?」
「二百人くらいかな」
セキレイに言われ、コトリは緊張の溜息を吐く。
「地方貴族の令嬢なんかも来るし、その令嬢をめあてに貴族の子弟も来る。まあ、集団お見合いという様相だな」
「俺は誰と踊ればいいんだ? あのアオイ姫ともおどるのか?」
「アオイ姫が嫌でなければ踊ってみてもいいと思うが……」
「嫌がるだろうね」
この前のダンスホールでの一件を思い出し、コトリは肩をすくめた。
それにしても白地に金色の飾りがついた服をきたコトリは、とても凛々しく見えた。
金の長い髪はよく梳かれていて、ハヤブサと同じように結ってある。
体型的にはコトリの方が若干細いが背丈はおなじくらいなので、ハヤブサの礼服を問題なく着ることができた。
背筋の伸びた彼は姿勢も綺麗で、今日はどこからみてもハヤブサだった。
「もうそろそろ会場へむかうぞ。準備はいいか」
セキレイが言う。
「ああ、いいよ。椅子に座って、たまに何人かの女の子と踊る、それだけでいいんだよな」
「ああ。下手にしゃべってもバレるからな。極力だまっていろ」
「了解。へまはしない」
そうして、セキレイとコトリは宴の会場へ向かった。
荘厳な照明器具、鏡でできた壁、淡い橙色のひかり、テーブルに並ぶ料理と酒。
この世の楽園のような光景が大広間には広がっていた。
コトリが大広間へ姿を現すと、会場がざわついた。
何人かと握手をして、「今日の天気は上々ですね」や「楽しんで行ってください」、「遠くからようこそ」など決まった文句を言う。
王太子ハヤブサの登場で会場はわいた。
さらに盛り上がるように楽団が音楽をかなで、人々は思い思いの人とダンスを始める。
コトリはさっそく貴族の少女にダンスを申し込み、一曲踊った。
それを見ていた少女が私とも踊ってください、と次にコトリと踊る。
踊りを覚えるのが上手かったコトリは、うまくダンスをこなした。
それを見ていたセキレイは、女の子と踊るコトリを見て、何か胸がモヤモヤとしていた。
コトリが女の子に向ける視線、笑いながら談笑する姿、それを見ていると彼を奪いにいきたくなる。
それは彼がハヤブサの姿をしているからではなかった。
いつもはコトリがハヤブサの姿とかぶるたびに口づけたくなる衝動にかられたが、今回は違う。
ハヤブサならばあっさりとあきらめもつく感情が、コトリ相手だと我慢ができない。
たとえば、ハヤブサがアオイと結婚してもセキレイは受け入れられる。
だが、コトリがいま誰か女の子の手を握っていることさえ、セキレイは受け入れることができなかった。
それはつまり――
自分のこころが明確に分かり、セキレイは目がひらく思いがした。
宴が終わり、控室へひきあげたセキレイとコトリは、一日の疲れが出てぐったりと椅子にもたれていた。
「お疲れ様、コトリ。よく頑張ったな」
「ああ……」
緊張で食べ物なんてほとんど胃にいれていない。
宴が終わったらほっとして腹もすいてきた。
「俺、何か食べたい。粥 とかでいいんだけど」
コトリがそういうと、セキレイは作って来てやる、といって部屋から出て行った。
そういえば、食事もいつもセキレイがもってきてくれていた。
それは、やはり毒が混入されないように、セキレイが作ってくれていたのだろう。
セキレイだって疲れているだろうに、粥をつくりに行かせてしまって悪かったな、とコトリは後悔した。
だが、しばらくしてセキレイがもってきた粥を食べると、あまりの美味しさに一気に食べてしまう。
「おいしかった!」
「それは良かった」
満足気なコトリを見て、セキレイ自身も満足し、心が暖かくなった。
セキレイは目を開いてそれを凝視した。
そうだ、この包みはアオバラが天翔楼からもってきた唯一の私物だ。
その髪飾りは、アオバラがハヤブサにとても似ていたから、夢中になって彼を抱いていたころに贈ったもの。それをコトリは今も大事に持っていた。
コトリはセキレイが自分を誰かの代わりにしていることを知っていた、と言っていた。
そう、身請けするときに。
セキレイはコトリに酷いことをしたのに、コトリはセキレイの贈ったものを今も持っている―― 数少ない私物の一つにいれて。
「コトリ……」
その意味が判らないほど、セキレイは鈍くない。
セキレイは胸がつぶれるような後悔を感じた。
髪飾りをコトリの荷物に戻すと、セキレイは深呼吸をした。そして、寝台で寝ている彼の肩をそっと叩く。
「起きろ。朝だ。今日は宴の日だ」
うっすら開いた青い瞳に、セキレイは優しく笑いかけた。
朝食を食べると、コトリは白い洋装に着替えさせられた。
今日は宴。
昼から始まるこの行事は、夜まで続く。
軽食がテーブルに並び、酒がふるまわれ。
それが王太子宮の大広間で開かれる。
昼前になると、城の敷地に馬車が続々と到着した。
コトリの控室からもその馬車は見えるし、ガラガラという音がひっきりなしに聞こえる。
この宴の人数の多さを物語っている。
「何人くらいくるんだっけ?」
「二百人くらいかな」
セキレイに言われ、コトリは緊張の溜息を吐く。
「地方貴族の令嬢なんかも来るし、その令嬢をめあてに貴族の子弟も来る。まあ、集団お見合いという様相だな」
「俺は誰と踊ればいいんだ? あのアオイ姫ともおどるのか?」
「アオイ姫が嫌でなければ踊ってみてもいいと思うが……」
「嫌がるだろうね」
この前のダンスホールでの一件を思い出し、コトリは肩をすくめた。
それにしても白地に金色の飾りがついた服をきたコトリは、とても凛々しく見えた。
金の長い髪はよく梳かれていて、ハヤブサと同じように結ってある。
体型的にはコトリの方が若干細いが背丈はおなじくらいなので、ハヤブサの礼服を問題なく着ることができた。
背筋の伸びた彼は姿勢も綺麗で、今日はどこからみてもハヤブサだった。
「もうそろそろ会場へむかうぞ。準備はいいか」
セキレイが言う。
「ああ、いいよ。椅子に座って、たまに何人かの女の子と踊る、それだけでいいんだよな」
「ああ。下手にしゃべってもバレるからな。極力だまっていろ」
「了解。へまはしない」
そうして、セキレイとコトリは宴の会場へ向かった。
荘厳な照明器具、鏡でできた壁、淡い橙色のひかり、テーブルに並ぶ料理と酒。
この世の楽園のような光景が大広間には広がっていた。
コトリが大広間へ姿を現すと、会場がざわついた。
何人かと握手をして、「今日の天気は上々ですね」や「楽しんで行ってください」、「遠くからようこそ」など決まった文句を言う。
王太子ハヤブサの登場で会場はわいた。
さらに盛り上がるように楽団が音楽をかなで、人々は思い思いの人とダンスを始める。
コトリはさっそく貴族の少女にダンスを申し込み、一曲踊った。
それを見ていた少女が私とも踊ってください、と次にコトリと踊る。
踊りを覚えるのが上手かったコトリは、うまくダンスをこなした。
それを見ていたセキレイは、女の子と踊るコトリを見て、何か胸がモヤモヤとしていた。
コトリが女の子に向ける視線、笑いながら談笑する姿、それを見ていると彼を奪いにいきたくなる。
それは彼がハヤブサの姿をしているからではなかった。
いつもはコトリがハヤブサの姿とかぶるたびに口づけたくなる衝動にかられたが、今回は違う。
ハヤブサならばあっさりとあきらめもつく感情が、コトリ相手だと我慢ができない。
たとえば、ハヤブサがアオイと結婚してもセキレイは受け入れられる。
だが、コトリがいま誰か女の子の手を握っていることさえ、セキレイは受け入れることができなかった。
それはつまり――
自分のこころが明確に分かり、セキレイは目がひらく思いがした。
宴が終わり、控室へひきあげたセキレイとコトリは、一日の疲れが出てぐったりと椅子にもたれていた。
「お疲れ様、コトリ。よく頑張ったな」
「ああ……」
緊張で食べ物なんてほとんど胃にいれていない。
宴が終わったらほっとして腹もすいてきた。
「俺、何か食べたい。
コトリがそういうと、セキレイは作って来てやる、といって部屋から出て行った。
そういえば、食事もいつもセキレイがもってきてくれていた。
それは、やはり毒が混入されないように、セキレイが作ってくれていたのだろう。
セキレイだって疲れているだろうに、粥をつくりに行かせてしまって悪かったな、とコトリは後悔した。
だが、しばらくしてセキレイがもってきた粥を食べると、あまりの美味しさに一気に食べてしまう。
「おいしかった!」
「それは良かった」
満足気なコトリを見て、セキレイ自身も満足し、心が暖かくなった。