第6話 アオバラの身請け

文字数 2,287文字

 夕方になって起き出したアオバラは、食事を摂っている間に天翔楼の(かしら)に呼び出された。

「アオバラ、ちょっとわたしの部屋へきてくれない? 話があるの」

 坊主頭の筋肉質な(かしら)は、アオバラを自分の部屋へと呼びつけた。
 食事が終わって頭の部屋に行ったアオバラを待っていたのは、侯爵家からの身請けの話。
 
「侯爵家?」

 だれかそんな客がいただろうか? 考えても思い出せなかった。
 
「ええ、そうなの。侯爵家次男の方。城の侍従を務めている、名前はセキレイ・ヤマセ」
「セキレイ!?」

 名前を聞いてアオバラは仰天した。
 初めてセキレイの身分を知ったからだ。

「セキレイが俺を身請け?!」
 
 何か不審なものを感じたアオバラは眉をひそめた。侯爵家なんてやんごとない家柄の貴族が、男の傾城を身請けするなんて、信じられない。

「それで、ね、アオバラ。ここからが重要なのだけど、この話は国からきているの。だから断れない」
「断れない……。きな臭いな。どうして俺なんだ?」
「それは……あんたが王太子殿下に似ているからでしょうよ」

 当然というように頭は言った。

「俺が王太子殿下に似てる?」
「そうよ。なんのためにその金髪をながく伸ばしていると思ってるの? その青い目も、禿(かむろ)に結わせる髪型も、王太子殿下に似せてるのよ」
「……俺、知らなかった……」

 アオバラは王太子を見たことが無かったし、王太子の容姿は「立派で美しい方」としか噂では流れて来なかった。
 
(え? セキレイは侯爵家次男の城の侍従で、俺は王太子に似てる……セキレイの想い人は王太子殿下?!)

 重要なことに気が付いて、頭がくらくらする。

「断れないのか……この身請けの話は……」

 (かしら)は気の毒そうにアオバラをみて頷く。

「ええ。今日中に支度をして、明日の朝には城からセキレイ様が迎えに来るわ。その時に詳しいことを聞かせてもらえるそうよ」
「……分かった……」
「ああ、今日は仕事をしなくていいから、明日の支度をしなさいね」

 (かしら)の言葉を聞きながら、アオバラは自分の部屋へと戻る。
 嫌な予感がする。
 自分が国から頼まれて城へあがるなんて。
 きっとろくでもないことが待っていそうだ。
 そう思うと暗澹(あんたん)たる気持ちになって、部屋に帰るアオバラの足を重くした。



 次の日、セキレイは朝早く天翔楼を訪れ、奥の部屋へと通された。
 椅子に座って(かしら)とテーブルについていたアオバラは、夜の顔とは印象が違う。
 にこやかさやあだっぽさがなく、不安に揺れた厳しい顔つきでセキレイを見ていた。

「おはよう、アオバラ。身請けの話は聞いてるか?」
「ああ。聞いている。でも詳しいことはまだ……」
「ならば今説明する」

 そこでセキレイはここ最近、王太子宮で起こった一連の出来事をアオバラに説明した。
 ハヤブサに脅迫状がきたこと、警備を万全にしたこと、そして裏の情報でシロタカにも書簡が届いていたこと。そして会議で決まった身代わりの件と身請けの話。

 そこまで聞いて、アオバラは眉間に皺を寄せた。

「つまり……俺にハヤブサ殿下の身代わりになれ、と言っているのか」
「早い話がそうだ」

 かっとアオバラの頭に血が上った。

「断る!!」

 バンと机を両手で叩いて立ち上がる。

「セキレイ、お前は俺を何だと思ってるんだ! いつも俺のところに(かよ)ってくるのも俺が誰かの身代わりなのだろうと俺は知っていた! セキレイは王太子殿下が好きなんだろう! だから俺を抱くんだろう! そこまではいい、こっちも仕事だからな。でも、今度は身請けした先で王太子殿下の代わりに俺に死ねというのか!」

 あらく息を吐いてアオバラはセキレイに怒鳴った。

「それならば、ここの傾城でいる方がずっとマシだ!」

 部屋を出て行こうとするアオバラの肩を天翔楼の頭が押して、椅子に強引に座らせる。

「何するんだ!」
「いったでしょ。この話は断れないって。国の秘密を聞いてしまった今、あんたもわたしも後には引けないの」

 アオバラの剣幕はセキレイの予想の範疇内だった。
 自分でもひどいことを言っている自覚はある。
 だから、あらかじめ用意しておいた言葉をアオバラにかける。

「ずっと身代わりをして欲しいわけではない。犯人が見つかるまで、犯人がつかまったらアオバラ、君は自由だ。報償金もたくさん出るし、好きな場所に家も与えられる。一生遊んで暮らせる金が国から保証される」

「そんなもの、いらない。命の方が大事だ」

「アオバラ、君のことは俺が命に代えても守る」

 そう言ったセキレイの言葉に、アオバラは鼻で笑った。

「はっ。それこそ信じられない。一介の娼妓に侯爵家の人間が命を掛ける?」
「ああ。もっとも、俺はそう簡単にやられはしない。剣技も極めたし、力もある。頼りにしてくれていい」
「たしかに、鍛えてるみたいだけどね……」

 セキレイの肉体を思い出す。彼の身体は筋肉質で無駄がなかった。
 剣技を極めたといっただけあって、今も帯剣していて細身の刀を二本脇に差している。

「アオバラ、絶対に、君のことは守る」

 力強くそう言い切ったセキレイに、アオバラは脱力して大きくため息を吐いた。

「どっちみち断れないんだろ? ならば城に行くしかないじゃないか……」

 細く呟いた彼を、天翔楼の頭が腕を組んで気の毒そうに見つめていた。
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登場人物紹介

主人公【セキレイ】

陽明国の王太子ハヤブサに仕える侍従。

剣術にもすぐれている。


【ハヤブサ】

陽明国の王太子。セキレイが仕える人で幼馴染。

セキレイが焦がれてやまない人。

しかし、王族なのでセキレイには決して手に入らない。

【アオバラ(コトリ)】

陽明国城下町にある遊郭『天翔楼』の一番の売れっ子太夫。

容姿が王太子ハヤブサにとても似ている。

そのためにセキレイに気に入られ、数奇な運命をたどることになる。

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