第12話 罠
文字数 2,417文字
宴が終わって数日後、その日のセキレイは朝からピリピリとした雰囲気だとコトリは思った。
寝室にコトリを起こしに来たセキレイに今日の予定を聞いても、なんだかおかしい。
「宴も終わったし、今日は何をやればいいんだ?」
「あ、ああ……。今日は大事な話がある。午前中は用事があるから午後にはなす」
歯切れ悪く、良く分からないことを言う。
「じゃあ、俺は図書搭にでも行ってていいか?」
「図書塔?」
いまは図書搭も警備は厳重なので、心配ないだろうとセキレイは頷いた。
コトリは久しぶりに気分が楽になった。
図書塔というのだから、きっと人も少ないし休めると思ったからだ。
その間に、王太子宮の裏門には、一台の質素な馬車が到着していた。
「ハヤブサ様、おかえりなさいませ」
馬車から出てきた茶色の頭巾 をかむった人物は、それをはらいのける。
そこから長い金の髪がさらさらとこぼれ落ち、青い瞳でセキレイを見た。
「ああ、いま帰ったよ。ここからが勝負だね」
「ええ。きっと今日、動きがあるでしょう」
「きょうが正念場か」
そういうが、すたすたと王太子宮へと入り、ハヤブサはセキレイの部屋へと向かった。
「取り敢えず、今の状況では王太子宮でここが一番安全だと思われます。脱出するための窓も近くにありますし、本宮がすぐ傍ですから、逃げこむこともできます」
「ああ」
「動きがあるのはきっと夜でしょう。王太子宮の明かりが落ちるころ。宵闇 は悪事を働くのに都合がいい」
ハヤブサはセキレイと同じ、むらさき色の着物に着替えた。
それは、自分の方が身代わりのコトリであると、犯人に思わせるため。
これは犯人をはめるための罠だった。
ハヤブサにそっくりなアオバラを身請けしてハヤブサとして生活させる。
それを噂として周囲にばらまく。
だから、アオイはコトリのことを知っていたのだし、それを噂としてしゃべることも想定内だった。
だから、偽物のコトリには今のところ何の被害もなかった。
本物ではないと分かっていたから。
そこにハヤブサが馬車で王太子宮に帰ってきた。
脅迫状を送ったものは、きっとこの様子をみているはずだ。
ハヤブサが邪魔でしょうがないのだから、王太子宮を見張っているはず。
本物が帰ってきた。
それを知った犯人は、ハヤブサを王太子の位 から引きずり下ろすために、殺しにくるだろう。
いまコトリがいる図書塔は近衛兵が詰めている。
どこもかしこも警備が厚い。
このまま刺客がつかまって、犯人があぶりだせればいい、とセキレイは思った。
午前中を図書塔ですごしたコトリに、セキレイが昼食をもってコトリの元へとやってきた。
コトリの前には幼児が読むような絵本ばかりが積まれている。
城の敷地内の書庫であるので、難しい本が中心だが絵本なども有名な名作は蔵書していた。
サンドイッチをコトリに渡しながらセキレイは不思議に思ってコトリに聞いた。
「絵本が好きなのか?」
「絵本以外、読めないから。簡単な文字しか分からない。漢字とか、読めないし」
コトリは少し恥ずかし気に言った。
「ならば、俺が教えてやる。この件がおわったら、ゆっくり教えてやる」
「……」
その優しい言葉は、コトリには絵本の中のおとぎ話のように聞こえた。
この件が終わったらコトリは用済みになって、どこか遠い場所で家を貰って暮らすことになるだろう。生きていればの話だが。そこに城の侍従はくることができない。ハヤブサのことが大好きなセキレイは、きっと城の仕事を辞めることはないだろう。
ならば、セキレイとはこの件が終わったらさよならなのだ。
「コトリ、昼間言っていた大事な話がある。ハヤブサ様が王太子宮に帰ってこられた」
「……それって、どういうこと? 俺の仕事は終わったのか?」
セキレイはサンドイッチを食べ終わったコトリに、この計画のことを隅から隅まで話した。
今日が正念場だということ。
狙われるのは、間違いなくコトリの方だということ。
今日という日に犯行を限定するために、仕組まれた罠。
「今日もハヤブサ様の寝室で寝てくれ。俺や近衛兵が一晩中お前を守るから」
「……ああ…」
夜になった。
近衛兵に守られた寝室にコトリは薄黄色の着物を着て入り、寝間着には着替えずに朝を待つ。
ハヤブサはセキレイの部屋で朝を待つ。
犯人を油断させるために、王太子宮の明かりは深夜零時に落とされた。
セキレイは何かあったときのためにと、ハヤブサにこの部屋からの脱出方法を教えていた。
ハヤブサには屈強な近衛兵が二人ついていて、今もセキレイと同じむらさき色の着物をきていた。偽物だと思わせるために。
すると、セキレイの部屋に近衛隊長がやってきた。
「巡回をしているが、未だ怪しい動きはない」
そう報告にきた隊長にセキレイは激怒した。
「一番の手練れの貴殿が寝室を離れてどうする! いま、寝室には警備は何人いるんだ?!」
いま一番狙われて危ないのは寝室だ。コトリのいる場所。
「数名だがみな手練れだ。心配することはない。それにあそこにいるのはしょせん娼妓だった男ではないか。ハヤブサ様の方が大事なのは自明の理」
当然のように隊長は言い切った。
そして、それは間違っていない。
ちっと大きく舌打ちして、寝室の様子を見に行こうと思ったセキレイは、なにやらきな臭い匂いを感じた。木が燃えている匂い。王太子宮は木造建築だ。嫌な予感がした。
廊下に出てみると、暗闇の中、白い煙が充満している。
ちろちろと赤い炎が壁を舐めていた。
王太子宮のいたるところから、火の手があがっていた。
寝室にコトリを起こしに来たセキレイに今日の予定を聞いても、なんだかおかしい。
「宴も終わったし、今日は何をやればいいんだ?」
「あ、ああ……。今日は大事な話がある。午前中は用事があるから午後にはなす」
歯切れ悪く、良く分からないことを言う。
「じゃあ、俺は図書搭にでも行ってていいか?」
「図書塔?」
いまは図書搭も警備は厳重なので、心配ないだろうとセキレイは頷いた。
コトリは久しぶりに気分が楽になった。
図書塔というのだから、きっと人も少ないし休めると思ったからだ。
その間に、王太子宮の裏門には、一台の質素な馬車が到着していた。
「ハヤブサ様、おかえりなさいませ」
馬車から出てきた茶色の
そこから長い金の髪がさらさらとこぼれ落ち、青い瞳でセキレイを見た。
「ああ、いま帰ったよ。ここからが勝負だね」
「ええ。きっと今日、動きがあるでしょう」
「きょうが正念場か」
そういうが、すたすたと王太子宮へと入り、ハヤブサはセキレイの部屋へと向かった。
「取り敢えず、今の状況では王太子宮でここが一番安全だと思われます。脱出するための窓も近くにありますし、本宮がすぐ傍ですから、逃げこむこともできます」
「ああ」
「動きがあるのはきっと夜でしょう。王太子宮の明かりが落ちるころ。
ハヤブサはセキレイと同じ、むらさき色の着物に着替えた。
それは、自分の方が身代わりのコトリであると、犯人に思わせるため。
これは犯人をはめるための罠だった。
ハヤブサにそっくりなアオバラを身請けしてハヤブサとして生活させる。
それを噂として周囲にばらまく。
だから、アオイはコトリのことを知っていたのだし、それを噂としてしゃべることも想定内だった。
だから、偽物のコトリには今のところ何の被害もなかった。
本物ではないと分かっていたから。
そこにハヤブサが馬車で王太子宮に帰ってきた。
脅迫状を送ったものは、きっとこの様子をみているはずだ。
ハヤブサが邪魔でしょうがないのだから、王太子宮を見張っているはず。
本物が帰ってきた。
それを知った犯人は、ハヤブサを王太子の
いまコトリがいる図書塔は近衛兵が詰めている。
どこもかしこも警備が厚い。
このまま刺客がつかまって、犯人があぶりだせればいい、とセキレイは思った。
午前中を図書塔ですごしたコトリに、セキレイが昼食をもってコトリの元へとやってきた。
コトリの前には幼児が読むような絵本ばかりが積まれている。
城の敷地内の書庫であるので、難しい本が中心だが絵本なども有名な名作は蔵書していた。
サンドイッチをコトリに渡しながらセキレイは不思議に思ってコトリに聞いた。
「絵本が好きなのか?」
「絵本以外、読めないから。簡単な文字しか分からない。漢字とか、読めないし」
コトリは少し恥ずかし気に言った。
「ならば、俺が教えてやる。この件がおわったら、ゆっくり教えてやる」
「……」
その優しい言葉は、コトリには絵本の中のおとぎ話のように聞こえた。
この件が終わったらコトリは用済みになって、どこか遠い場所で家を貰って暮らすことになるだろう。生きていればの話だが。そこに城の侍従はくることができない。ハヤブサのことが大好きなセキレイは、きっと城の仕事を辞めることはないだろう。
ならば、セキレイとはこの件が終わったらさよならなのだ。
「コトリ、昼間言っていた大事な話がある。ハヤブサ様が王太子宮に帰ってこられた」
「……それって、どういうこと? 俺の仕事は終わったのか?」
セキレイはサンドイッチを食べ終わったコトリに、この計画のことを隅から隅まで話した。
今日が正念場だということ。
狙われるのは、間違いなくコトリの方だということ。
今日という日に犯行を限定するために、仕組まれた罠。
「今日もハヤブサ様の寝室で寝てくれ。俺や近衛兵が一晩中お前を守るから」
「……ああ…」
夜になった。
近衛兵に守られた寝室にコトリは薄黄色の着物を着て入り、寝間着には着替えずに朝を待つ。
ハヤブサはセキレイの部屋で朝を待つ。
犯人を油断させるために、王太子宮の明かりは深夜零時に落とされた。
セキレイは何かあったときのためにと、ハヤブサにこの部屋からの脱出方法を教えていた。
ハヤブサには屈強な近衛兵が二人ついていて、今もセキレイと同じむらさき色の着物をきていた。偽物だと思わせるために。
すると、セキレイの部屋に近衛隊長がやってきた。
「巡回をしているが、未だ怪しい動きはない」
そう報告にきた隊長にセキレイは激怒した。
「一番の手練れの貴殿が寝室を離れてどうする! いま、寝室には警備は何人いるんだ?!」
いま一番狙われて危ないのは寝室だ。コトリのいる場所。
「数名だがみな手練れだ。心配することはない。それにあそこにいるのはしょせん娼妓だった男ではないか。ハヤブサ様の方が大事なのは自明の理」
当然のように隊長は言い切った。
そして、それは間違っていない。
ちっと大きく舌打ちして、寝室の様子を見に行こうと思ったセキレイは、なにやらきな臭い匂いを感じた。木が燃えている匂い。王太子宮は木造建築だ。嫌な予感がした。
廊下に出てみると、暗闇の中、白い煙が充満している。
ちろちろと赤い炎が壁を舐めていた。
王太子宮のいたるところから、火の手があがっていた。