第4話 追憶 後編
文字数 3,216文字
王太子宮の寝室――ハヤブサの寝室にきた二人は、さっそく寝台の裏の壁を調べてみた。
二人で寝台へあがり、その奥の壁を丁寧に一枚ずつ押して行く。
すると、ちょうど中央にある板がガタッと外れたのだ。その奥には周りが石でできた洞窟が、黒々と続いていた。
「やった! ここだ」
ハヤブサが嬉気な声をあげた。
「行こう」
セキレイに声をかけてハヤブサはすらりと壁の中の洞窟へと入ってしまった。
「ハヤブサ様!」
セキレイも慌ててついていく。
中が暗いだろうと思っていたセキレイは、部屋から小さな手燭に火をつけて中に入った。
洞窟は暫く歩くと下へ続くなだらかな坂があり、そこを降りると一本道の地下道だった。
約十分ほどだろうか、一本道を曲がったりまっすぐに進んだりしていると、扉がみえた。
鍵がかかっているだろうか、と二人は不安になったが、扉は普通にあいた。
それは、セキレイたちは知らない事だったが、緊急時の脱出用秘密通路なのでいつでも使えるようにしたものだからだ。
扉を開くと、井戸のような竪穴が見え、そこからはしごで上に昇って行く様だった。
「なんだ、この通路は! 楽しいじゃないか!」
「そうですね、こんなものがあったなんて!」
顔を真っ黒にしてはしゃぐハヤブサと、それにつられるセキレイ。
彼らはその竪穴を登って外へ出た。
そこは貴族街の一角だった。広場のすみにある古井戸の跡から、セキレイたちは出てきたのだ。
貴族街は瓦屋根の大きな平屋の屋敷が立ち並ぶ、貴族のための街だった。
大きな木でできた門が屋敷の入口で、その奥に低木や花が計算された庭がある。
その奥が屋敷になっていて、木造建築でできた年代物の平屋敷が多かった。
ハヤブサは城の外に出たことで、はしゃいだ。
「みろ、セキレイ。やっぱりあの地図は本物だったんだ!」
「そうですね!」
「何か喉が渇いたな。水か何かあるだろうか」
「水もジュースもここでは買わないとないですよ」
ハヤブサは顔をしかめる。
目の前には広場に集まった人たちを対象にした売店がたっているのに。
城にいれば何でもないことが、城の外に出ると、とたんに不便になる。
「私は金をもってない」
「俺が少しもっています。ジュースを買いましょう」
「すまんな」
セキレイはみかんジュースを売店で二つ買うと、一つをハヤブサに渡した。
「椅子はないのか」
「売店ですから、立ったまま飲むのでしょう」
「はは、何もかも新鮮だな!」
ハヤブサはとても喜んだ。
ジュースを口に含むと、酸味と甘みが絶妙で、とても美味しい。
城の中で飲むものとは一味違った感じがした。
ジュースを飲みながらハヤブサは貴族街を歩く。
ここは名前のとおり、貴族たちの街であり、城のすぐ近くである。
裕福なものが集まっているので犯罪とは無縁、警備も城のものが出て徘徊しているので、治安はすこぶるいい場所だ。
さらに、貴族街は一般の人は入ることができない。
閉鎖された安全な場所だった。
貴族街を一回り見て、その頃には昼になっていた。
セキレイは腹が減ってきたのでまた売店でサンドイッチを買った。
「ハヤブサ様、サンドイッチを買ってきました。昼食にしましょう」
「ああ! これも立って食べるのか?」
「広場にベンチがあるから、そこで食べましょう」
ハヤブサとセキレイは貴族街の中央広場のベンチでサンドイッチに舌づつみをうつ。
好奇心が満たされ、腹もいっぱいになった。
空を見上げると雲一つない青空、天気はいいし、気分も上々だ。
ハヤブサもセキレイも、今まで体験したことのない解放感を感じ、広場で休んでいた。
「帰りたくないな。なんか、気持ちが良くて」
「そういう訳にもいきません……」
セキレイはハヤブサの気持ちがとても良く分かっていた。
毎日分刻みの予定をこなし、礼儀で縛られたハヤブサには、身体も心も解放される時間がとても少ない。
まして、今日みたいに自由な日なんて、皆無だった。
それでも、ハヤブサはこの国の王太子候補だ。正式に王太子になるのは成人してからだが、すでに王太子宮に住む、将来この国の王になる人物。
「もうそろそろ帰らないとな」
そう呟いたハヤブサの声は、とても寂しそうだとセキレイは思った。
「ええ、帰りましょうか。きっと大目玉でしょうけど」
「そうだな」
二人の少年は、寂し気な笑顔で城へ戻ったのだった。
問題はここからだった。
朝からハヤブサの姿が見えないと知った城の者たちは、大わらわでハヤブサを探していた。
――なにかあったのでは
――かどわかされたのでは
そんな心配をされ、二人が城に帰ってきたとき、二人はすぐにハヤブサの父がいる王の間へと通された。
王は難しい顔でハヤブサの顔を見ると、たんたんと言った。
「お前が勝手なことをすると、周りの者が迷惑するということに気が付かなかったか」
「……」
「お前がすっぽかした授業の教師は、暇を出した。部屋付きのメイドもな」
「何故ですか! 父上! 悪いのは私です!」
暇を出された教師とメイドは、当然ながら仕事を失ったことになる。
王太子候補であるハヤブサのところから解雇となれば、他に仕事を探すのも難しい。
仮にもハヤブサのところへ来る教師とメイドなので、家柄はわるくなくお金に困ることはないだろうが、不名誉はなはだしいことであるのは確かで、信用の問題もある。
自分のせいで解雇された二人に、ハヤブサは後悔で胸が痛んだ。
「お前が勝手に城の外で遊んでいたからだ! 誰かが手引きしたかもしれない、その可能性を考えての処置だ。お前はこの国の王になる。お前の言葉、お前の行動ひとつで回りのものが動くのだ。言動には気を付け、行動を慎 め!」
その晩、セキレイも父であるヤマセ侯爵に頬を打たれた。
一発だけだったが、とても強烈なものだった。
何故お止めしなかった、と散々に怒られた。
しかし、なにを言ってもハヤブサのせいになってしまうので、セキレイは黙っていた。
次の日の朝、教室で会ったハヤブサは、いつもと顔つきが違っていた。
静かで決意に満ちた大人の顔で、セキレイに話しかける。
「昨日は悪かったな。……頬を打たれたか」
悲しそうにセキレイの紫に変色した頬をハヤブサは親指で撫でた。
「セキレイ。私は、もうあんなことはしない。だから今回のことに呆れないで、私のこれからを見ていてほしい。私はいずれ王になる。そのときに国を支えるための勉強をする。もう、嫌だなんて言わない。私は多くの人を頼りにして国を背負うことになるだろう。セキレイ、お前も私の横で私を助ける人物になってほしい」
「……はい。おおせのままに」
セキレイの返事を聞くと、ハヤブサはにこりと笑顔になった。
朝の光の中で、決意と共に笑ったハヤブサの顔は、金の髪が輝いて、とても神々しく尊いものに見えた。
それが今でもセキレイは忘れられない。
いま思い出しても、あのときにハヤブサに恋をしてしまったのだとセキレイは思う。
幼いころから王になることを決意していたハヤブサ。
王には弟王子であるシロタカがふさわしいなんて、そんなことは絶対にない。
少なくてもずっとハヤブサの近くにいたセキレイはそう思う。
犯人は何を血迷った脅迫状を送ってきたのか。
ハヤブサを守る警備の準備は万端だ。
だから、今の王太子宮は安全だ。
明日はまた、ハヤブサのことで大臣たちと会議がある。
それを思い出して、セキレイは王太子宮を横目に見ながら貴族街にある自分の屋敷へと帰って行った。
二人で寝台へあがり、その奥の壁を丁寧に一枚ずつ押して行く。
すると、ちょうど中央にある板がガタッと外れたのだ。その奥には周りが石でできた洞窟が、黒々と続いていた。
「やった! ここだ」
ハヤブサが嬉気な声をあげた。
「行こう」
セキレイに声をかけてハヤブサはすらりと壁の中の洞窟へと入ってしまった。
「ハヤブサ様!」
セキレイも慌ててついていく。
中が暗いだろうと思っていたセキレイは、部屋から小さな手燭に火をつけて中に入った。
洞窟は暫く歩くと下へ続くなだらかな坂があり、そこを降りると一本道の地下道だった。
約十分ほどだろうか、一本道を曲がったりまっすぐに進んだりしていると、扉がみえた。
鍵がかかっているだろうか、と二人は不安になったが、扉は普通にあいた。
それは、セキレイたちは知らない事だったが、緊急時の脱出用秘密通路なのでいつでも使えるようにしたものだからだ。
扉を開くと、井戸のような竪穴が見え、そこからはしごで上に昇って行く様だった。
「なんだ、この通路は! 楽しいじゃないか!」
「そうですね、こんなものがあったなんて!」
顔を真っ黒にしてはしゃぐハヤブサと、それにつられるセキレイ。
彼らはその竪穴を登って外へ出た。
そこは貴族街の一角だった。広場のすみにある古井戸の跡から、セキレイたちは出てきたのだ。
貴族街は瓦屋根の大きな平屋の屋敷が立ち並ぶ、貴族のための街だった。
大きな木でできた門が屋敷の入口で、その奥に低木や花が計算された庭がある。
その奥が屋敷になっていて、木造建築でできた年代物の平屋敷が多かった。
ハヤブサは城の外に出たことで、はしゃいだ。
「みろ、セキレイ。やっぱりあの地図は本物だったんだ!」
「そうですね!」
「何か喉が渇いたな。水か何かあるだろうか」
「水もジュースもここでは買わないとないですよ」
ハヤブサは顔をしかめる。
目の前には広場に集まった人たちを対象にした売店がたっているのに。
城にいれば何でもないことが、城の外に出ると、とたんに不便になる。
「私は金をもってない」
「俺が少しもっています。ジュースを買いましょう」
「すまんな」
セキレイはみかんジュースを売店で二つ買うと、一つをハヤブサに渡した。
「椅子はないのか」
「売店ですから、立ったまま飲むのでしょう」
「はは、何もかも新鮮だな!」
ハヤブサはとても喜んだ。
ジュースを口に含むと、酸味と甘みが絶妙で、とても美味しい。
城の中で飲むものとは一味違った感じがした。
ジュースを飲みながらハヤブサは貴族街を歩く。
ここは名前のとおり、貴族たちの街であり、城のすぐ近くである。
裕福なものが集まっているので犯罪とは無縁、警備も城のものが出て徘徊しているので、治安はすこぶるいい場所だ。
さらに、貴族街は一般の人は入ることができない。
閉鎖された安全な場所だった。
貴族街を一回り見て、その頃には昼になっていた。
セキレイは腹が減ってきたのでまた売店でサンドイッチを買った。
「ハヤブサ様、サンドイッチを買ってきました。昼食にしましょう」
「ああ! これも立って食べるのか?」
「広場にベンチがあるから、そこで食べましょう」
ハヤブサとセキレイは貴族街の中央広場のベンチでサンドイッチに舌づつみをうつ。
好奇心が満たされ、腹もいっぱいになった。
空を見上げると雲一つない青空、天気はいいし、気分も上々だ。
ハヤブサもセキレイも、今まで体験したことのない解放感を感じ、広場で休んでいた。
「帰りたくないな。なんか、気持ちが良くて」
「そういう訳にもいきません……」
セキレイはハヤブサの気持ちがとても良く分かっていた。
毎日分刻みの予定をこなし、礼儀で縛られたハヤブサには、身体も心も解放される時間がとても少ない。
まして、今日みたいに自由な日なんて、皆無だった。
それでも、ハヤブサはこの国の王太子候補だ。正式に王太子になるのは成人してからだが、すでに王太子宮に住む、将来この国の王になる人物。
「もうそろそろ帰らないとな」
そう呟いたハヤブサの声は、とても寂しそうだとセキレイは思った。
「ええ、帰りましょうか。きっと大目玉でしょうけど」
「そうだな」
二人の少年は、寂し気な笑顔で城へ戻ったのだった。
問題はここからだった。
朝からハヤブサの姿が見えないと知った城の者たちは、大わらわでハヤブサを探していた。
――なにかあったのでは
――かどわかされたのでは
そんな心配をされ、二人が城に帰ってきたとき、二人はすぐにハヤブサの父がいる王の間へと通された。
王は難しい顔でハヤブサの顔を見ると、たんたんと言った。
「お前が勝手なことをすると、周りの者が迷惑するということに気が付かなかったか」
「……」
「お前がすっぽかした授業の教師は、暇を出した。部屋付きのメイドもな」
「何故ですか! 父上! 悪いのは私です!」
暇を出された教師とメイドは、当然ながら仕事を失ったことになる。
王太子候補であるハヤブサのところから解雇となれば、他に仕事を探すのも難しい。
仮にもハヤブサのところへ来る教師とメイドなので、家柄はわるくなくお金に困ることはないだろうが、不名誉はなはだしいことであるのは確かで、信用の問題もある。
自分のせいで解雇された二人に、ハヤブサは後悔で胸が痛んだ。
「お前が勝手に城の外で遊んでいたからだ! 誰かが手引きしたかもしれない、その可能性を考えての処置だ。お前はこの国の王になる。お前の言葉、お前の行動ひとつで回りのものが動くのだ。言動には気を付け、行動を
その晩、セキレイも父であるヤマセ侯爵に頬を打たれた。
一発だけだったが、とても強烈なものだった。
何故お止めしなかった、と散々に怒られた。
しかし、なにを言ってもハヤブサのせいになってしまうので、セキレイは黙っていた。
次の日の朝、教室で会ったハヤブサは、いつもと顔つきが違っていた。
静かで決意に満ちた大人の顔で、セキレイに話しかける。
「昨日は悪かったな。……頬を打たれたか」
悲しそうにセキレイの紫に変色した頬をハヤブサは親指で撫でた。
「セキレイ。私は、もうあんなことはしない。だから今回のことに呆れないで、私のこれからを見ていてほしい。私はいずれ王になる。そのときに国を支えるための勉強をする。もう、嫌だなんて言わない。私は多くの人を頼りにして国を背負うことになるだろう。セキレイ、お前も私の横で私を助ける人物になってほしい」
「……はい。おおせのままに」
セキレイの返事を聞くと、ハヤブサはにこりと笑顔になった。
朝の光の中で、決意と共に笑ったハヤブサの顔は、金の髪が輝いて、とても神々しく尊いものに見えた。
それが今でもセキレイは忘れられない。
いま思い出しても、あのときにハヤブサに恋をしてしまったのだとセキレイは思う。
幼いころから王になることを決意していたハヤブサ。
王には弟王子であるシロタカがふさわしいなんて、そんなことは絶対にない。
少なくてもずっとハヤブサの近くにいたセキレイはそう思う。
犯人は何を血迷った脅迫状を送ってきたのか。
ハヤブサを守る警備の準備は万端だ。
だから、今の王太子宮は安全だ。
明日はまた、ハヤブサのことで大臣たちと会議がある。
それを思い出して、セキレイは王太子宮を横目に見ながら貴族街にある自分の屋敷へと帰って行った。