第5話 シロタカとシャクナゲ

文字数 2,365文字

 最近、王太子宮が騒がしいと感じたのは、ハヤブサの弟のシロタカだ。
 一週間前から何やら警備が厳しくなった。
 近衛兵に聞いてもシロタカには、はぐらかすだけだ。

 シロタカは王太子宮の隣の小さな宮にすむ、ハヤブサの弟だ。
 やはり金色の髪を長く背中まで伸ばし、背筋の伸びた、性格的にも真っ直ぐな十五歳の少年。

 ある日、シロタカは自室のテーブルの上で書簡を見つけた。
 こんなところになぜ書簡が。
 不思議に思って開いてみると、手紙が一通でてきた。
 それを開いて読んでみる。
 
『ハヤブサを討て。王にはあなたがふさわしい』

 シロタカは目を見ひらいた。
 口の中がからからに乾いていくのを感じる。

 兄を討つ、などシロタカは考えたことも無かった。
 将来は王となられる兄上を手伝い、補佐する。
 それが自分の役目だと、幼いころからシロタカは教え込まれた。
 間違っても自分が王になりたいと思ったことは無いし、王には兄がふさわしいとシロタカの目から見ても思う。

 なによりシロタカは尊敬できる兄が好きだった。

 こんな手紙、どう処理をすればいいのか。
 兄に見られたら大変なことになるのでは?
 
 戸惑っていると、シロタカの部屋をノックする音が聞こえた。

「シロタカ様、シャクナゲです」

 可愛らしい高い声の少女だった。
 
「あ、……ああ、お入り」

 シロタカは急いで手紙を着物のたもとに隠した。
 入って来たシャクナゲは、赤い振袖を来た背の小さな少女だった。
 声の通りの可愛らしい顔で赤毛を複雑に結って、緑色の目をしていた。

 シャクナゲが部屋へ入ると、シロタカはシャクナゲに不審に思われないように平静を装う。
 しかし、シャクナゲにはシロタカの様子がいつもと違うことが一目瞭然だった。

「どうしましたか? シロタカ様」
「……いや、なんでもないが?」

 戸惑うシロタカにシャクナゲは着物の袖で口元を隠し、くすくすと笑う。

「シロタカ様は嘘をつけないかたですね。何かあったのでしょう?」
「……」

 シャクナゲは柔らかい声でシロタカの不安を拭うように声をかける。

「わたくしにも言えないことですか?」
「ああ。少し……考えさせてくれ」

シャクナゲはシロタカの婚約者だった。
二人はとても仲睦まじい。シャクナゲはシロタカが成人して正式に妃になることを夢見ていた。彼女はとてもシロタカを愛している。

「シロタカ様がそういうのなら、もう聴きません。それよりもお茶の時間ですよ。一緒にいただきましょう」

 甘い香りを漂わせながらシャクナゲはシロタカの傍に寄った。

「……ああ、そうだな」

 シロタカはシャクナゲの方を向いて、一拍おく。

「シャクナゲ。やはり今日の茶は一緒には飲めない。少し兄上のところへ行ってくる」

 そう言うなりシロタカは着物のたもとに手紙を入れたまま、ハヤブサのいる王太子宮へと向かった。


 
 そのころ、王太子宮では大臣やハヤブサの周りの者たちが顔をそろえて会議が開かれていた。
 次期王であるハヤブサを守るための対策をあれこれと話し合っていたのだ。

「やはり表だった行事には、身代わりをたてるのが得策かと」

 ある大臣が言うと、それに同意した大臣もいう。

「そうですね、これから后候補との目通りのための宴も開かれます。あの手紙を受け取ったいまの時期、人が大勢集まる場所はハヤブサ様には危険です」
 
「しかし身代わりをたてると言っても……ハヤブサ様に似た人を探すのが大変ではないか」

 長い白髭を撫でて頭を抱える大臣を見ながら、セキレイは息が詰まる気分でその話を聞いていた。
 
 身代わり……うってつけの人物がいるではないか。
 しかし、自分がアオバラと通じていたということが露見すると、王太子つきの侍従としては都合が悪い。

 しかし、アオバラは城下町一の傾城(けいせい)だ。
 自分でなくても知っている人が大勢いるだろう。
 調べれば、きっとすぐに見つけ出せる位置にアオバラはいる。

「……わしに心当たりがある」

 そう言ったのは、老齢の大臣だった。

「城下町の遊郭に、アオバラ太夫という傾城がいる。そやつが王太子にそっくりだと、最近話題になっているのを聞いたことがある」

 ざっとセキレイの顔から血の気が引いた。

「そのアオバラを国で身請けしよう」

 大臣がそういうのを、近衛隊長が遮った。

「そんな得体のしれない下賎のものを王太子宮にあげるのですか! 警備の問題があります!」

「しかし、アオバラならハヤブサ様の身代わりにはうってつけ」

 大臣が言うと、セキレイは声をあげた。

「ならば、アオバラの身請けは俺がします」

 セキレイの突然の発言に、大臣は驚いた声をあげる。

「なぜ? アオバラ太夫は遊郭一の娼妓。けっこうな金がかかるぞ」

「俺が一番ハヤブサ様のちかくにいるからです。だからアオバラ太夫も近くにおいておきたい。俺が監視しているのなら、アオバラとてハヤブサ様に不埒なことはできないでしょう」

 ちらりと近衛隊長を見る。

 近衛隊長は苦虫をかみ潰したような顔をした。

「ならばそのように事を進めよう。セキレイ、頼んだぞ」

 議長の大臣にそう言われ、セキレイは頭を下げた。

「はい。すぐにアオバラの身請けの準備を進めます」


 セキレイは内心、ホッとした。
 どんなに言い訳をつくろっていても。
 ほかの誰かにアオバラが身請けされるのは、我慢がならなかったから。
 
 そばに置いて監視、その目的もある。
 しかし、セキレイは何より一番、アオバラを他の人の手に渡したくなかった。
 



 
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登場人物紹介

主人公【セキレイ】

陽明国の王太子ハヤブサに仕える侍従。

剣術にもすぐれている。


【ハヤブサ】

陽明国の王太子。セキレイが仕える人で幼馴染。

セキレイが焦がれてやまない人。

しかし、王族なのでセキレイには決して手に入らない。

【アオバラ(コトリ)】

陽明国城下町にある遊郭『天翔楼』の一番の売れっ子太夫。

容姿が王太子ハヤブサにとても似ている。

そのためにセキレイに気に入られ、数奇な運命をたどることになる。

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