第3話 追憶 前編
文字数 1,824文字
セキレイは、天翔楼を出て城下町から城を見上げた。すると、王太子宮 の明かりがちょうど落ちたところだった。
午前零時に城の内部の明かりはすべて落ちる。
しかし、外の明かりは警備のためについたままだ。
そのため、城は薄ぼんやりと白い壁を闇に浮かばせていた。
この国の城は、屋根に黒瓦を使った、五階だての楼閣だ。
横にも大きく、壁は白く、壮麗である。その横に王太子宮という、黒瓦に木造建築で出来た王太子のための住処 があった。
王太子宮にはハヤブサが寝ている。
どんな姿で寝ているのだろうか。せめて、一度だけでいいから口づけしたい相手。
セキレイはどんなにアオバラを抱いても、ハヤブサを思い出すとまた別の熱が身体にこもる。
どうしてこんな想いを抱くようになったのだろうか。
それを考えると、一つの思い出へと記憶は遡 って行く。
セキレイは八歳のころに遊び相手としてハヤブサに引き合わされた。
遊び相手だけでなく、勉強も一緒に受けるために。
それは、セキレイの父が侯爵位にある、由緒正しい家柄だったからだ。
ヤマセ侯爵には二人の息子がいた。一人は長男のライチョウで、ライチョウは侯爵位を継ぐための勉強に忙しかった。基本、この国の貴族は、長男に家督を継がせ、国から預かった領地は家督を継いだものだけのものだった。
だから、ヤマセ侯爵は、次男のセキレイを王宮にあげた。王太子宮に務めることが出来れば、将来困らないからだ。
「初めまして、ハヤブサ殿下。セキレイと申します」
礼儀正しく頭を下げたセキレイに、幼いハヤブサは相好を崩してセキレイの両手を取った。
「ああ、こちらこそよろしく頼む、セキレイ。それと、堅苦しい『殿下』はいらん」
両の手を握られて、満面の笑顔でそう言われ、セキレイは戸惑った。
「しかし……」
「ならばハヤブサ様、でいい」
幼いセキレイもあまりにハヤブサが喜ぶので顔がほころんでくる。
「はい、ハヤブサ様」
こうして、セキレイはハヤブサに付き従うようにして勉強をしたり、遊んだりした。
ハヤブサは年頃の少年らしく、勉強があまり好きではなく、遊んでいる方が活き活きとしていた。
そしてある日、セキレイたちが十を少しすぎたころ、少年時代の幕を引く決定的な出来事が起きたのだった。
いつもしぶしぶではあるけれど、勉強をしていたハヤブサが、何やら浮かれて朝からセキレイを外に連れ出した。だれもいないのを確かめて城の裏手の木の陰にセキレイを連れ込む。
そして、着物のたもとから古い紙を出した。
「これは昨日図書塔で見つけた秘密の地図だ」
「秘密の地図?」
セキレイは首を傾げる。
「ああよく見ろ、これは王太子宮の寝室の寝台の奥の壁から、地下へ潜って外の貴族街へ出る、秘密の通路が描かれてる」
目をキラキラさせてハヤブサはセキレイにその地図を見せた。
確かに、王太子宮の、いまハヤブサが使っている寝室から外へ出る方法が描かれていた。
「なんでこんなものが……」
「なあ、セキレイ。面白そうだから行ってみよう」
勢い込んで言うハヤブサに、セキレイはびっくりして彼を諫 めた。
「いけません、ハヤブサ様。これから授業があるでしょう? 先生の授業をすっぽかす気ですか? それに俺たちだけで貴族街へ行くなんて! 俺はともかくハヤブサ様に何かあったら大変です!」
「なんだ、つまらないヤツだな。それならば私一人で行ってくる」
すたすたと自分の寝室へ向かうハヤブサに、セキレイは焦った。
「待ってください、ハヤブサ様! 本当にいけません!」
「ならばついてくるな!」
「それもできません!」
ハヤブサはくるりとセキレイに振り向くと、真面目な顔になった。
「私はこれまでもよく頑張ってきたと思う。だから、少しだけ見逃して欲しい。何、私一人で行ってくるから。通路を確かめたらすぐに帰って来る」
そうして速足でセキレイから離れて行ってしまう。
セキレイは戸惑った。
ハヤブサは本気だ。
止めることが出来ないのなら、一緒に行くしかないではないか。
「お待ちください! ……俺も行きます!」
こうして、セキレイとハヤブサは秘密の通路を探すために、初めて授業をサボったのだった。
午前零時に城の内部の明かりはすべて落ちる。
しかし、外の明かりは警備のためについたままだ。
そのため、城は薄ぼんやりと白い壁を闇に浮かばせていた。
この国の城は、屋根に黒瓦を使った、五階だての楼閣だ。
横にも大きく、壁は白く、壮麗である。その横に王太子宮という、黒瓦に木造建築で出来た王太子のための
王太子宮にはハヤブサが寝ている。
どんな姿で寝ているのだろうか。せめて、一度だけでいいから口づけしたい相手。
セキレイはどんなにアオバラを抱いても、ハヤブサを思い出すとまた別の熱が身体にこもる。
どうしてこんな想いを抱くようになったのだろうか。
それを考えると、一つの思い出へと記憶は
セキレイは八歳のころに遊び相手としてハヤブサに引き合わされた。
遊び相手だけでなく、勉強も一緒に受けるために。
それは、セキレイの父が侯爵位にある、由緒正しい家柄だったからだ。
ヤマセ侯爵には二人の息子がいた。一人は長男のライチョウで、ライチョウは侯爵位を継ぐための勉強に忙しかった。基本、この国の貴族は、長男に家督を継がせ、国から預かった領地は家督を継いだものだけのものだった。
だから、ヤマセ侯爵は、次男のセキレイを王宮にあげた。王太子宮に務めることが出来れば、将来困らないからだ。
「初めまして、ハヤブサ殿下。セキレイと申します」
礼儀正しく頭を下げたセキレイに、幼いハヤブサは相好を崩してセキレイの両手を取った。
「ああ、こちらこそよろしく頼む、セキレイ。それと、堅苦しい『殿下』はいらん」
両の手を握られて、満面の笑顔でそう言われ、セキレイは戸惑った。
「しかし……」
「ならばハヤブサ様、でいい」
幼いセキレイもあまりにハヤブサが喜ぶので顔がほころんでくる。
「はい、ハヤブサ様」
こうして、セキレイはハヤブサに付き従うようにして勉強をしたり、遊んだりした。
ハヤブサは年頃の少年らしく、勉強があまり好きではなく、遊んでいる方が活き活きとしていた。
そしてある日、セキレイたちが十を少しすぎたころ、少年時代の幕を引く決定的な出来事が起きたのだった。
いつもしぶしぶではあるけれど、勉強をしていたハヤブサが、何やら浮かれて朝からセキレイを外に連れ出した。だれもいないのを確かめて城の裏手の木の陰にセキレイを連れ込む。
そして、着物のたもとから古い紙を出した。
「これは昨日図書塔で見つけた秘密の地図だ」
「秘密の地図?」
セキレイは首を傾げる。
「ああよく見ろ、これは王太子宮の寝室の寝台の奥の壁から、地下へ潜って外の貴族街へ出る、秘密の通路が描かれてる」
目をキラキラさせてハヤブサはセキレイにその地図を見せた。
確かに、王太子宮の、いまハヤブサが使っている寝室から外へ出る方法が描かれていた。
「なんでこんなものが……」
「なあ、セキレイ。面白そうだから行ってみよう」
勢い込んで言うハヤブサに、セキレイはびっくりして彼を
「いけません、ハヤブサ様。これから授業があるでしょう? 先生の授業をすっぽかす気ですか? それに俺たちだけで貴族街へ行くなんて! 俺はともかくハヤブサ様に何かあったら大変です!」
「なんだ、つまらないヤツだな。それならば私一人で行ってくる」
すたすたと自分の寝室へ向かうハヤブサに、セキレイは焦った。
「待ってください、ハヤブサ様! 本当にいけません!」
「ならばついてくるな!」
「それもできません!」
ハヤブサはくるりとセキレイに振り向くと、真面目な顔になった。
「私はこれまでもよく頑張ってきたと思う。だから、少しだけ見逃して欲しい。何、私一人で行ってくるから。通路を確かめたらすぐに帰って来る」
そうして速足でセキレイから離れて行ってしまう。
セキレイは戸惑った。
ハヤブサは本気だ。
止めることが出来ないのなら、一緒に行くしかないではないか。
「お待ちください! ……俺も行きます!」
こうして、セキレイとハヤブサは秘密の通路を探すために、初めて授業をサボったのだった。