第1話 アオバラ
文字数 2,210文字
陽明国、この国は世界の東の海に浮かぶ、小さな島だ。
島国ゆえの海からの恵み、そして島の中心にそびえる山から採れる山の恵み。そして、山からの貴金属によって、この国はとても富み栄えている。
島国なので他国からの侵攻が難しく、船を使わないとこの国には入れないということも、この国の富を守っている一因だった。
セキレイは紋付袴の姿で板張りの城の廊下を速足で歩いていた。
今日は、この国の王太子ハヤブサ様の十八歳の誕生日である。
神前での儀式がおわり、控室でほっと息をついているところ、王太子に呼び出されたのだ。
セキレイは王太子つきの侍従だった。幼いころ王太子であるハヤブサの遊び相手として引き合わされ、それ以来ずっとハヤブサに付き従っている。
ハヤブサはとても聡明な、王太子たる王太子だ。
勤勉で真面目、度胸もあり、性格はおおらか。
神事の儀式の為に腰まで伸ばした長い金髪と、青い瞳、すべらかな肌の美丈夫。
王たる資質に恵まれているだけでなく、容姿にも恵まれている。
セキレイはハヤブサの部屋の前まで来ると、立ち止まって襟を正した。
一つ息を吐いて扉をたたく。
「ハヤブサ様。セキレイ参りました」
「ああ、入れ」
中からなめらかなハヤブサの声がした。
セキレイは扉を開いて、中に入る。
大きく取られた窓から部屋には昼の光がさんさんと入っている。その窓の前にハヤブサは座っていた。十八歳の神事のために複雑に結った豪奢なかたちの金の髪が陽に透けて輝いている。
白地に金糸の刺繍の入った着物も、彼に良く似合っていた。
この国の王太子は見惚れるくらい、美しい。
「セキレイ。何をぼうっとしている」
「いえ、あまりに立派なお姿なので見惚れてしまいました」
おどけて言えば、ハヤブサは苦笑した。
「そういうお前だって今年で十八、そして私よりも立派な体格の剣士になったではないか」
「恐れ入ります」
セキレイもにこりと笑う。
そう、セキレイもハヤブサと同じ歳、そしてハヤブサの一番の侍従であるため、剣術を極めていた。いわずもがな、不貞の輩からハヤブサを守るためだ。
剣術をするのに邪魔にならないように茶色の髪は短く切られていた。
ハヤブサよりも頭一つ分身体も大きいし、運動をしているので胸板も厚い。
「それでご用事とは? どうされましたか」
セキレイが聞くと、ハヤブサは机の上から一通の書簡をセキレイに見せた。
渡すところで、
「ああ、気をつけろ。内側に刃が仕掛けてある」
と言う。
「やいば?」
セキレイはいぶかしく思い、中を良く改めてみた。
そこには確かに鋭い刃が付いていた。
「ハヤブサ様、お怪我は?」
一気に血の気がひいて、セキレイはハヤブサの顔を見た。
ハヤブサは両の手をセキレイの方へあげて怪我のないことを見せる。
「私は手紙をナイフで切っているからな。手は無事だ」
「手紙の中をみても?」
「ああ。ろくでもないことがかいてあるがな」
セキレイが刃をよけて中の手紙を見ると、そこには幼児の書いたような文字でこう書かれていた。
『王太子の位をおりろ。王にはシロタカ様がふさわしい』
シロタカとは今年十五歳になるハヤブサの弟である。
「なんでまたこんな脅迫状を送って来たのか。警戒されるだけなのに、犯人はバカだな」
ハヤブサはテーブルに肘をつき、顎に手を当てて笑った。
「笑いごとではありません。十八歳の儀式を終えて、正式に王太子となったハヤブサ様にこのような……。至急、警備のものを増やして犯人を捕まえましょう」
「ああよろしく頼むよ、セキレイ。私もまだ死にたくないからね」
あらかたの警備の準備が終わったのは、それから一週間ほどたったころだった。
犯人は見つからず、この手紙をここに置いたものさえ分からなかった。
せめてもの対処で、部屋付きのメイドはクビになり、暇をだされた。
一息ついたセキレイは、自分の屋敷へと帰る前に、遊郭へと足を向けた。
彼はいまだ独身だ。それには大きな理由があった。
そこにある、『天翔楼 』という店はセキレイの馴染みの店でなじみの傾城 がいる。
朱塗りの柱が何本も立ち並ぶ広間には、きらびやかな着物で着飾った妙齢の男たちがたむろしていた。
そう、ここはそういう店。男が、男や女に春を売る店だ。
その筋では一番の高級娼館。
天翔楼の頭 がやってくると、セキレイをみて相好を崩した。
頭 は坊主頭の筋肉質な男だった。
「いらっしゃいませ、セキレイ様。あの子、ずっとセキレイ様がくるのを待っていましてよ」
すると、店の中央にしつらえてある大階段から青い着物を着た傾城が静かに降りてきた。
長い腰までの金髪、青い目、すべらかな肌。金糸の髪は、うわべだけすくって後ろで豪華な髪飾りを使って結ってあった。それはセキレイが彼にあげたもの――
「ああ、やっと来てくれたね、セキレイ。ずっと待っていたよ」
「このところ立て込んでいてね。悪かった、アオバラ。俺もずっと会いたかった」
セキレイはアオバラと呼んだ傾城を抱き寄せると優しく口付けた。
この国の王太子にそっくりな、アオバラに。
島国ゆえの海からの恵み、そして島の中心にそびえる山から採れる山の恵み。そして、山からの貴金属によって、この国はとても富み栄えている。
島国なので他国からの侵攻が難しく、船を使わないとこの国には入れないということも、この国の富を守っている一因だった。
セキレイは紋付袴の姿で板張りの城の廊下を速足で歩いていた。
今日は、この国の王太子ハヤブサ様の十八歳の誕生日である。
神前での儀式がおわり、控室でほっと息をついているところ、王太子に呼び出されたのだ。
セキレイは王太子つきの侍従だった。幼いころ王太子であるハヤブサの遊び相手として引き合わされ、それ以来ずっとハヤブサに付き従っている。
ハヤブサはとても聡明な、王太子たる王太子だ。
勤勉で真面目、度胸もあり、性格はおおらか。
神事の儀式の為に腰まで伸ばした長い金髪と、青い瞳、すべらかな肌の美丈夫。
王たる資質に恵まれているだけでなく、容姿にも恵まれている。
セキレイはハヤブサの部屋の前まで来ると、立ち止まって襟を正した。
一つ息を吐いて扉をたたく。
「ハヤブサ様。セキレイ参りました」
「ああ、入れ」
中からなめらかなハヤブサの声がした。
セキレイは扉を開いて、中に入る。
大きく取られた窓から部屋には昼の光がさんさんと入っている。その窓の前にハヤブサは座っていた。十八歳の神事のために複雑に結った豪奢なかたちの金の髪が陽に透けて輝いている。
白地に金糸の刺繍の入った着物も、彼に良く似合っていた。
この国の王太子は見惚れるくらい、美しい。
「セキレイ。何をぼうっとしている」
「いえ、あまりに立派なお姿なので見惚れてしまいました」
おどけて言えば、ハヤブサは苦笑した。
「そういうお前だって今年で十八、そして私よりも立派な体格の剣士になったではないか」
「恐れ入ります」
セキレイもにこりと笑う。
そう、セキレイもハヤブサと同じ歳、そしてハヤブサの一番の侍従であるため、剣術を極めていた。いわずもがな、不貞の輩からハヤブサを守るためだ。
剣術をするのに邪魔にならないように茶色の髪は短く切られていた。
ハヤブサよりも頭一つ分身体も大きいし、運動をしているので胸板も厚い。
「それでご用事とは? どうされましたか」
セキレイが聞くと、ハヤブサは机の上から一通の書簡をセキレイに見せた。
渡すところで、
「ああ、気をつけろ。内側に刃が仕掛けてある」
と言う。
「やいば?」
セキレイはいぶかしく思い、中を良く改めてみた。
そこには確かに鋭い刃が付いていた。
「ハヤブサ様、お怪我は?」
一気に血の気がひいて、セキレイはハヤブサの顔を見た。
ハヤブサは両の手をセキレイの方へあげて怪我のないことを見せる。
「私は手紙をナイフで切っているからな。手は無事だ」
「手紙の中をみても?」
「ああ。ろくでもないことがかいてあるがな」
セキレイが刃をよけて中の手紙を見ると、そこには幼児の書いたような文字でこう書かれていた。
『王太子の位をおりろ。王にはシロタカ様がふさわしい』
シロタカとは今年十五歳になるハヤブサの弟である。
「なんでまたこんな脅迫状を送って来たのか。警戒されるだけなのに、犯人はバカだな」
ハヤブサはテーブルに肘をつき、顎に手を当てて笑った。
「笑いごとではありません。十八歳の儀式を終えて、正式に王太子となったハヤブサ様にこのような……。至急、警備のものを増やして犯人を捕まえましょう」
「ああよろしく頼むよ、セキレイ。私もまだ死にたくないからね」
あらかたの警備の準備が終わったのは、それから一週間ほどたったころだった。
犯人は見つからず、この手紙をここに置いたものさえ分からなかった。
せめてもの対処で、部屋付きのメイドはクビになり、暇をだされた。
一息ついたセキレイは、自分の屋敷へと帰る前に、遊郭へと足を向けた。
彼はいまだ独身だ。それには大きな理由があった。
そこにある、『
朱塗りの柱が何本も立ち並ぶ広間には、きらびやかな着物で着飾った妙齢の男たちがたむろしていた。
そう、ここはそういう店。男が、男や女に春を売る店だ。
その筋では一番の高級娼館。
天翔楼の
「いらっしゃいませ、セキレイ様。あの子、ずっとセキレイ様がくるのを待っていましてよ」
すると、店の中央にしつらえてある大階段から青い着物を着た傾城が静かに降りてきた。
長い腰までの金髪、青い目、すべらかな肌。金糸の髪は、うわべだけすくって後ろで豪華な髪飾りを使って結ってあった。それはセキレイが彼にあげたもの――
「ああ、やっと来てくれたね、セキレイ。ずっと待っていたよ」
「このところ立て込んでいてね。悪かった、アオバラ。俺もずっと会いたかった」
セキレイはアオバラと呼んだ傾城を抱き寄せると優しく口付けた。
この国の王太子にそっくりな、アオバラに。