第13話 王太子宮炎上

文字数 2,415文字

「ハヤブサ様を安全なところへ!」

 近衛隊長が叫ぶ。さきほどセキレイが教えた脱出方法でハヤブサは王太子宮の外へと簡単に出ることができる。窓から出て行こうとするハヤブサが手を伸ばした。
 
「セキレイ、お前も来るんだ!」

 ハヤブサの手が、セキレイを呼んでいる。
 しかし、セキレイは動けなかった。

「ハヤブサ様……」
「なんだ、早く来い!」

 必死になってセキレイの身を案じるハヤブサに、セキレイは深く頭を下げた。

「昔……俺はあなたと約束しましたね。王になるあなたを助けると。でも、もう、出来そうにありません」
「……何を言っている?」

 火の手が回る。煙がセキレイの部屋まで入ってきた。
 早くしないとセキレイは火に飲まれて死ぬ。

「お供できなくなってしまい、申し訳ありません、ハヤブサ様」

 頭をあげてそう言うと、また深くハヤブサに向かって頭を下げる。そして、きびすを返してセキレイは寝室へ向かって走った。

 コトリ……!

 心の中で大事な人の名前を叫びながら。
 
 火のまわりは早かった。
 もともと木造建築でできた王太子宮は、火に弱い。

 もくもくと煙にまかれ、セキレイは息がくるしくなっていく。
 袖を口に当て、煙から少しでも呼吸をまもり、寝室へ走る。

 寝室の控えの間の扉を開けると、警備の近衛兵二人が袈裟切りに切られて倒れていた。
 それを見てセキレイは蒼白になる。

「コトリ!」

 寝室からがきん、と刃がこすれる音がする。
 だれかが戦っているのだ。

「コトリ!」
「セキレイ!」

 切羽詰まった声音だがコトリの反応があった。
 無事を確認し、一気に血が全身に回る。
 寝室の扉をあけてセキレイは腰の刀を抜きはなつ。

「コトリ! 無事か!」

 コトリを守るようにたったいま、凶手(きょうしゅ)の手で近衛兵の一人が倒れたところだった。
 すかさずコトリと凶手の間にい入ったセキレイは、近衛兵を殺した凶手の片足を素早く切り付ける。振りかぶって向かってくる凶手の刀を自分の刀ではじき返し、怯んだ相手の胴を急所を外して突き刺した。

 殺してしまっては、犯人が分からなくなる。
 生け捕って、首謀者を聞き出さなければ。 
 
「……そいつは偽物か」

 凶手がつぶやく。
 セキレイが「コトリ」と呼んだことから、それがバレてしまったのだ。

「まあ、いい。二人で死ね」

 凶手は一歩窓辺へ下がると、何かを下へたたきつけた。
 とたんに火の手がぼうっと上がる。
 火は天井までとどき、なめるように寝室を焼いていく。

 「火薬か……!」

 凶手は窓を割り、外へと脱出し、セキレイとコトリは中に取り残された。

 激しく咳き込むコトリの背をさすり、セキレイはコトリを抱きしめる。

 セキレイが来た道も火の手が回っている。周りじゅうに火がまわり、熱くて呼吸もままならない。火の粉がぱちぱちと音を立てながらセキレイとコトリの周りに舞っていた。
 
「セキレイ」
「なんだ」
「身代わりの為に命をかけるなんて……ばかだね。俺なんかを助けるために……セキレイはばかだよ」

 コトリは泣きながら笑って、セキレイに口づけをした。
 セキレイは以前言ったように、本当に命をかけてコトリを守りに来てくれた。
 侯爵家の人間が、一介の娼妓を。

 涙を流すコトリに、セキレイは激しくかみつくような口付けをかえす。
 今までこんな口づけをされたことがないほどの、激しい口づけ。
 コトリはセキレイが初めて自分に向けて口づけをしてくれたのだと感じた。
 情熱的で、熱い、まさに燃えるような口づけ。

 唇を離すと、セキレイは怒鳴る。

「身代わりのために命がかけられるか! お前だから俺は戻ってきたんだ!」

 セキレイは周りを見回した。
 何か、脱出方法はないか。
 この状況で助かる道はないのか。

「俺はこのまま死ぬ気はない。コトリと一緒に生きて行きたい!」
 
 コトリを守るように抱きしめて、セキレイは必死で頭を巡らせた。
 すると、寝台の後ろの壁の隙間に煙がすいこまれているのが見えた。

「あ……」

 そうだ。
 あれは何年前だったろうか。
 ハヤブサと寝室からの秘密の通路を確かめるために、王太子宮の地下道を通り、貴族街に出た――

「コトリ、助かるぞ!」
「……え?」

 ごほごほとせき込むコトリを担ぎ上げて寝台に乗り、後ろの壁を足で蹴飛ばす。
 そこにぽっかりと黒い地下道への入口が開いた。
 
「ここを出口まで走るんだ! 最初のうちは急な坂になっているから気をつけろ!」
「……ああ! 分かった!」

 コトリを先に行かせ、セキレイは後からその道を走りぬける。
 
 地下道は暗闇だった。
 壁にぶつかりながらもコトリとセキレイは前に進む。

「のどが痛い……」
「俺もだ。でももう少しで助かる。外に出たらどこかで水を飲もう」

 必死で足を動かして、暗くて先の見えない道を走る。

「もう少しいけば、扉があるはずだ」
「扉?」
「ああ。幼いころは気が付かなかったが、この地下道は緊急時の脱出用通路なのだろう。貴族街まで続いている」

しばらく歩いて熱が感じられなくなると、二人は手を前にかざしながら歩いた。
すると、セキレイの手が金属にあたる。扉まできたのだ。

「ここが開けば、貴族街の枯れ井戸にでる」
「すっげー。秘密の通路か」

 扉はすんなりと開き、セキレイとコトリは井戸に伝ったはしごを登って、貴族街に出た。

 外に出た二人は顔を合わせた。

「助かった……」
「ああ……」

 生きていることを喜びあい、抱き合ってまた噛みつくような口づけを交わす。

「もう大丈夫だ」

 背後では、少し高い位置にある王太子宮がごうごうと音をたてて燃えさかっていた。

 
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登場人物紹介

主人公【セキレイ】

陽明国の王太子ハヤブサに仕える侍従。

剣術にもすぐれている。


【ハヤブサ】

陽明国の王太子。セキレイが仕える人で幼馴染。

セキレイが焦がれてやまない人。

しかし、王族なのでセキレイには決して手に入らない。

【アオバラ(コトリ)】

陽明国城下町にある遊郭『天翔楼』の一番の売れっ子太夫。

容姿が王太子ハヤブサにとても似ている。

そのためにセキレイに気に入られ、数奇な運命をたどることになる。

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