第10話 青いバラの髪飾り
文字数 2,208文字
貴族街。
昼間の光がさんさんと降りそそぐソラノ侯爵家の屋敷。
瓦屋根でできた木造の屋敷は、柱が年月を経て艶をはなっていた。
庭には松や梅、桜が植えてあるが、今は松が綺麗に剪定されてつやつやしている。
下には芝が植えてあり、ソラノ侯爵家の庭は緑にあふれていた。
その庭でお茶会が開かれていた。
招かれたのは、ハヤブサの婚約者のアオイ・スイヤ公爵令嬢、招いたのはシロタカの婚約者であるシャクナゲ・ソラノ侯爵令嬢である。
彼女らは緑茶に餡子の茶菓子を付け合わせて、庭に出したテーブルについて話をしていた。
「今日はお越しになってくださって有難うございます、アオイ様」
「いえ、わたくしも退屈していたところだったからちょうど良いわ。お招きありがとうございます、シャクナゲ様」
和やかに雑談に興じる二人は、お菓子を食べながら話しに夢中になっていく。
趣味の手芸の話をしたり、最近出版された恋愛物語の話をしたり、話題はつきない。
興がのってきたところで、アオイが最近の不満をきりだしたのは、当然の成り行きだったのかもしれない。
「ところで、シャクナゲ様。さいきん城にあがった娼妓のこと、知っていますか?」
「……いえ。娼妓が城になど上がれるわけがないのでは?」
不思議に思ったシャクナゲは疑問に思って聞いた。
「アオバラ……というらしいですわ。男の娼妓。ここだけの話で誰にも言わないって約束してくれます?」
「え、ええ」
アオイは女の子特有の決めセリフを言いながら、言ってはいけないことをシャクナゲに言ってしまった。
「私の婚約者である王太子ハヤブサ殿下の身代わりなのですって」
「身代わり? なぜ身代わりが必要なのですか? え? じゃあ、いま王太子宮にいらっしゃる方はだれ?」
「ハヤブサ様はちょっとご事情があっていま城をはなれていらっしゃるの。その間の身代わりが、娼妓のアオバラという男なのよ」
シャクナゲは呆然としてアオイの言葉を聞いていた。
「男? の娼妓? なぜ……」
「そうでしょう! しかも、ハヤブサ様に顔がうりふたつ、信じられません! いえ、信じたくないのです! 許せません!」
少女らしい憤懣 やるかたない顔でアオイはシャクナゲに不満をぶちまけていた。
「このことは絶対に内緒ですわよ?」
「え、ええ」
「絶対に!」
「分かっていますわ」
最後にそう言い含めてアオイは自分の屋敷に帰って行った。
シャクナゲは重大なことを聞いてしまい、胸がざわついてしまった。
彼女も十代の女の子。
秘密を秘密として胸にしまっておけるほど成熟していなかった。
夕食の席で沈んだ様子の娘の姿をみたソラノ侯爵は、夜にシャクナゲのもとを訪れた。
問い詰められたシャクナゲは、震えそうなほど不安な顔で、アオイの語った秘密をソラノ侯爵に話した。
ヒシクイ・ソラノ侯爵は娘のシャクナゲを抱きしめて言い含めた。
「それは絶対に他言してはいけないよ。誰か他に聞いているものはいなかったかね」
「ええ、私とアオイ様だけしかいません。メイドもいませんでした」
「私もだれにも言わない。だからシャクナゲ、事がおわるまで陽明城にはあがるな」
「それではシロタカ様に会えません」
「ことが終わったらゆっくりとお会いすればいい。この件には首をつっこまないことだ」
シャクナゲは静かにうなずいた。
一日が終わる。
コトリは王太子宮の豪華な寝台に横になって、一日の疲れを取るために寝ようとした。
すると、外から音がした。
ぶん、と棒を振る音が聞こえる。
何かと思って窓から外を見ると、セキレイが剣の素振りをしていた。
月の光を受けて、うすぼんやりとセキレイの後ろ姿がみえる。
まっすぐに前をみて木刀をふる彼は、凛として静かな雰囲気を漂わせていた。
力強い一刀ごとの素振りが、本当に何かを切るような勢いをもって振られている。
上半身の背中の筋肉の動きが着物越しにも見てとれた。
ふいにセキレイの裸体を思い出したコトリは、ふっと息を吐いて、その熱をやり過ごす。
そういえばセキレイはコトリにつきっきりで身代わりの訓練をしてくれた。
護衛の意味もかねて彼はコトリとずっと一緒だった。
だから、寝る前のわずかな時間しか、鍛錬をする暇がなかったのだろう。
窓を開けると、小さく気合の掛け声が聞こえる。
声を掛けようとして、やめた。
コトリはセキレイの鍛錬の邪魔をしたくなかった。
声を掛ける代わりに、ここに来るときに天翔楼から持ってきた荷物を開ける。
そこには、セキレイがコトリにくれた、宝石で出来た青い薔薇の髪飾りが入っていた。
いまもそれはきらきらと光を放っている。光のあたる位置によって葉の部分の宝石の色が変わる。珍しいものだった。
コトリは太夫 だったので、たくさんの客がたくさんの豪華なものをくれた。
でもこの髪飾り以外は、すべて自分つきの禿 へあげてしまった。
この髪飾りだけ、捨てることができなかったのだ。
だから、ここに持ってきた。
「俺も何やってんだろ……」
髪飾りを愛おし気に撫でながら、コトリはつぶやく。
そして、また荷物の中へとそれをしまった。
昼間の光がさんさんと降りそそぐソラノ侯爵家の屋敷。
瓦屋根でできた木造の屋敷は、柱が年月を経て艶をはなっていた。
庭には松や梅、桜が植えてあるが、今は松が綺麗に剪定されてつやつやしている。
下には芝が植えてあり、ソラノ侯爵家の庭は緑にあふれていた。
その庭でお茶会が開かれていた。
招かれたのは、ハヤブサの婚約者のアオイ・スイヤ公爵令嬢、招いたのはシロタカの婚約者であるシャクナゲ・ソラノ侯爵令嬢である。
彼女らは緑茶に餡子の茶菓子を付け合わせて、庭に出したテーブルについて話をしていた。
「今日はお越しになってくださって有難うございます、アオイ様」
「いえ、わたくしも退屈していたところだったからちょうど良いわ。お招きありがとうございます、シャクナゲ様」
和やかに雑談に興じる二人は、お菓子を食べながら話しに夢中になっていく。
趣味の手芸の話をしたり、最近出版された恋愛物語の話をしたり、話題はつきない。
興がのってきたところで、アオイが最近の不満をきりだしたのは、当然の成り行きだったのかもしれない。
「ところで、シャクナゲ様。さいきん城にあがった娼妓のこと、知っていますか?」
「……いえ。娼妓が城になど上がれるわけがないのでは?」
不思議に思ったシャクナゲは疑問に思って聞いた。
「アオバラ……というらしいですわ。男の娼妓。ここだけの話で誰にも言わないって約束してくれます?」
「え、ええ」
アオイは女の子特有の決めセリフを言いながら、言ってはいけないことをシャクナゲに言ってしまった。
「私の婚約者である王太子ハヤブサ殿下の身代わりなのですって」
「身代わり? なぜ身代わりが必要なのですか? え? じゃあ、いま王太子宮にいらっしゃる方はだれ?」
「ハヤブサ様はちょっとご事情があっていま城をはなれていらっしゃるの。その間の身代わりが、娼妓のアオバラという男なのよ」
シャクナゲは呆然としてアオイの言葉を聞いていた。
「男? の娼妓? なぜ……」
「そうでしょう! しかも、ハヤブサ様に顔がうりふたつ、信じられません! いえ、信じたくないのです! 許せません!」
少女らしい
「このことは絶対に内緒ですわよ?」
「え、ええ」
「絶対に!」
「分かっていますわ」
最後にそう言い含めてアオイは自分の屋敷に帰って行った。
シャクナゲは重大なことを聞いてしまい、胸がざわついてしまった。
彼女も十代の女の子。
秘密を秘密として胸にしまっておけるほど成熟していなかった。
夕食の席で沈んだ様子の娘の姿をみたソラノ侯爵は、夜にシャクナゲのもとを訪れた。
問い詰められたシャクナゲは、震えそうなほど不安な顔で、アオイの語った秘密をソラノ侯爵に話した。
ヒシクイ・ソラノ侯爵は娘のシャクナゲを抱きしめて言い含めた。
「それは絶対に他言してはいけないよ。誰か他に聞いているものはいなかったかね」
「ええ、私とアオイ様だけしかいません。メイドもいませんでした」
「私もだれにも言わない。だからシャクナゲ、事がおわるまで陽明城にはあがるな」
「それではシロタカ様に会えません」
「ことが終わったらゆっくりとお会いすればいい。この件には首をつっこまないことだ」
シャクナゲは静かにうなずいた。
一日が終わる。
コトリは王太子宮の豪華な寝台に横になって、一日の疲れを取るために寝ようとした。
すると、外から音がした。
ぶん、と棒を振る音が聞こえる。
何かと思って窓から外を見ると、セキレイが剣の素振りをしていた。
月の光を受けて、うすぼんやりとセキレイの後ろ姿がみえる。
まっすぐに前をみて木刀をふる彼は、凛として静かな雰囲気を漂わせていた。
力強い一刀ごとの素振りが、本当に何かを切るような勢いをもって振られている。
上半身の背中の筋肉の動きが着物越しにも見てとれた。
ふいにセキレイの裸体を思い出したコトリは、ふっと息を吐いて、その熱をやり過ごす。
そういえばセキレイはコトリにつきっきりで身代わりの訓練をしてくれた。
護衛の意味もかねて彼はコトリとずっと一緒だった。
だから、寝る前のわずかな時間しか、鍛錬をする暇がなかったのだろう。
窓を開けると、小さく気合の掛け声が聞こえる。
声を掛けようとして、やめた。
コトリはセキレイの鍛錬の邪魔をしたくなかった。
声を掛ける代わりに、ここに来るときに天翔楼から持ってきた荷物を開ける。
そこには、セキレイがコトリにくれた、宝石で出来た青い薔薇の髪飾りが入っていた。
いまもそれはきらきらと光を放っている。光のあたる位置によって葉の部分の宝石の色が変わる。珍しいものだった。
コトリは
でもこの髪飾り以外は、すべて自分つきの
この髪飾りだけ、捨てることができなかったのだ。
だから、ここに持ってきた。
「俺も何やってんだろ……」
髪飾りを愛おし気に撫でながら、コトリはつぶやく。
そして、また荷物の中へとそれをしまった。