第86話 大滝詠一を思う

文字数 926文字

 こんな時期、つまりコロナ禍、こういう音楽がいいのではないかと思う。この人も、内向的な人だったし、「ひとりで遊ぶ」を基本に生きていたと思う。
「ナイアガラ・レコード」… 東京は福生の自宅をレコーディング場にしていた様子で、「趣味」で音楽をやっている、というのが否応なく伝わってきて、妙に親近感、ああ、イイなあ、と微笑める。

 大滝さんは凝り性だったらしく、長島茂雄が大好きで、1つのことに夢中になると、もうノメリ込んでいたらしい。あんころ餅が好きで、「アンアン小唄」では、あんこと餅がくっついたり離れたりする描写を、男女の恋仲に比喩させて、リズミカルにのせている。
「はっぴぃえんど」の頃はよく知らない。「ボーカリストとしての僕は高校時代がピークだった」と言っているから、プロとして自分の声量は相応でない意識もあったようだ。

 馬場こずえさんのラジオ番組を歌った「土曜の夜の恋人に」、沢田研二に送った「あの娘に御用心」、コマーシャルソングの「サイダー」「ドレッサー」「出前一丁」。
 ドラムには思い入れがあったようで、何よりリズムを重視して作曲していた。「僕のつくる詞には、意味がありません」とも言っている。

 インターネットで、レコードやCDを介さずに音楽が聴ける時代になって、大滝さんは「すごいものが出てきた」と感嘆していた。何年もアルバムを出さず、ようやく発売という時、「どうして今までつくらなかったんですか」という小室等の質問に、「ひとえに才能がないだけです…」と応えていた。

 大滝さんの音楽は、「個人的に楽しんでやってます」というのが特色だったのに、ネットの普及で誰もが個人的に音楽を楽しめる環境になった。その変化と大滝さんの活動は、当然無関係ではなかったろう。
 ’80年代前後は、ディスコで踊るような時代だったし、携帯電話もなかった。ひとりで部屋にいる時間は、まるでこの世にひとりぽっちだった。
 そんな部屋の中で、大滝さんの優しい声には、ずいぶん癒された。

「恋するカレン」「ブルー・バレンタイン」のように、女にふられる曲が多かった。
「人って、みんなひとりなんだから、ひとりで愉しもうか。」そんな気分にさせてくれた。
 言葉で、そんなことは一言もいわずに。
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