第96話 世界

文字数 896文字

 そんな簡単に変わってもらっても困る。
 100年かかってつくられたものは、その変質に同等の歳月、それ以上の歳月がかかるだろう。
 ここが世界というもので、その中でしか自分が生きられないのなら、ここで自分のすることをすることしかできない。

 何も、天に向かわずとも、この両の足がある。跳ねたところで、チャンと地に着くことができる。
 もしヒトが「徳」を身体ごと、つまり自分自身を知って、それを何でもないように日常に体現できるならば、それこそヒトを作った創造主から、心から喜ばれるだろう。

 1000年2000年なんてアッというまだ。
「人間なんて、塵みたいに本当にちっぽけな存在ですよね」という人もあるけれど、代替の効かない、ひとつひとつの大切な塵だと思う。
 モンテーニュの「エセー」をやっと読み終えて、そんなふうに感じた。
 歳をとって、よかったと思う。おそらく、若い頃はこんな本を読めなかった。また、こんなふうに感じられもしなかっただろうから。

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「思えば、ずっと同じことを言ってきた気がする」戦後文学の椎名麟三は言った。
 そんな言葉を思い出すのは、自分が同じこと言っている気になったからである。しかし、私は何を言ってきたのか。
 私は何も変わっていない。
 瀬戸内寂聴が、「そんなコロコロ言ってることが変わったらダメでしょう」と笑っていたが、コロコロ変われたらどんなにいいだろう。
 何が、変えさせないのだろう。たいした自我があるとは思えないのだが。

 昨日銭湯で、親しいおじいちゃんと久しぶりに会った。嬉しかった。飼っているワンちゃんや猫ちゃんの話を聞いている間中、私は笑っていた。すると、「なんでそんな笑っているの?」と、おじいちゃんも笑いながら聞いてきた。
「会えて、嬉しいからですよ」本心を言う。
「ま~た、うまいこと言うなあ」おじいちゃんが笑う。

 紙ヒコーキの話、補聴器の話、前も聞いたことのある話を私は笑って聞いていた。おじいちゃんが元気でいてくれることが嬉しい。
 私は、いつも同じような話をここに書いていると思う。たぶん、ほんとうに言いたいことは、きっと、そんなにないのだ。
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