第15話「稟音の家の予想大会、最終結論!」(2020年有馬記念予想編:その5) 

文字数 6,325文字

「じゃあ、有馬記念の最終検討会!開始するぜぇぃ!」
ツインテールと黒いゴスロリ仕様となるメイド服の裾を震わせ、稟音が声高々に宣言する。
「やりましょーっ!結論出しましょっ!」
久美が同じ赤いゴスロリ仕様のメイド服から、缶ビールをリビングの天井へ突き上げる。
ソファーで若々しく可愛らしい小悪魔たちに45歳の源司が挟まり、プルタブを起こす。

2020年12月26日は有馬記念の前夜、稟音の家。
リビングルームに響く「乾杯!」の音頭共に喉を鳴らすのは、何時もの三羽烏だ。

源司が右を見て、機嫌の良い久美に安堵する。
ほんの十五分前、ゴシックロリータ調のメイド服を「着るの!着ないの?」と稟音に迫られた久美は下着姿で大泣きしていた。
露な姿を横目に部屋を逃げた源司が、今は素敵な思い出をツマミに麦の香りを吐く。
可憐な姿に久美もお気に入りで、選んだ稟音が「美人姉妹だぜぇ」と源司の左で満足気だ。
「じゃあ、予想の再チェックだ……」
「……昨日のクリスマスパーティでチェックした馬は、と」そう呟く源司がuma-jin.netの馬柱をスマホに出すと、狡猾なエルフたちも髪を前後に揺らした。

「クロノジェネシスとカレンブーケドール」と源司。
「ラッキーライラックちゃんとオーソリティくん」と久美。
「ブラストワンピース」は雪乃の代わりという稟音。
加えて天皇賞秋は見切って失敗したが、今度は味方と「フィエールマン」の名も挙げる。
馬名を静かに耳にしていた源司が目を見開き、布告する。
「今回は当てるぞ!儲けるぞ!」
「よし来た!」
「儲けたら、スイーツ買いますぅ」
気合が入る二人、久美がささやかな願望を述べるのが妙に可愛い。

「この六頭で、いいかな?」
確認するように美女二人へ目を向けた。
「よく分からないかも?」ときょとんとする久美、稟音は顔を斜めに渋い表情だ。
どうした?と疑問符を投げる男に向け、何か言いたげな苦い顔の女がゆっくりと口を開く。
「雪乃っちやヒロコたちとクリスマスパーティで予想した時はキセキとバビットがやり合う前提だよなぁ……」
昨日を思い出す稟音が真顔を見せる。

「……二頭が先頭と番手で折り合ったら?単騎の逃げになったら?どうなる?」
キタサンブラックの再現は?と含みを放る。
「う、うーん」
腕を組む源司と顎に手にして顔を傾げる久美も肯定とも否定とも取れる唸りを出す。
「逃げ粘りも一考じゃぁないかな?」
言い終わってビールを飲み干し、ツインテールを揺するドヤ顔を「どうよ?」と押し付ける美少女が、迫る。
口角を吊り上げる不気味さに負けた源司が仕方ないと嘆息を吐く。

「キセキがいいんだろ!?」
馬名を聞いた美少女が思わず表情に花を開かし、彩る。
「キセキくんですかぁ、中山の逃げも見てみたいですぅ」
嬉々とする久美も両手を叩いて期待する。
「昨日の検討会でも話したけど、六つのコーナーで息抜いてマイペースで逃げたら、面白い」
逃げ馬のキセキが好きな稟音は調子落ちが無ければ、一昨年と昨年のリベンジだとウインクを投げる。
「キセキくんを買うなら馬券はどうするのですかぁ」の久美に「直近の実績重視かな」と源司が応える。
「現実的だな……」
天を仰ぐ稟音が小さく囁き、続ける。
「……好きな馬を憧れで買うのは有馬記念なら許されるか。でも、当てるのも重要だよねぇ」
ツインテを上下にしながら「的中して年越しだ」と大人の態度で納得する。

「実績なら、フィエールマン」
直近二戦の勝ち負けを続ける競馬ぶりから稟音が一番手に挙げる。
「源司の推すクロノジェネシスとカレンブーケドール」
「久美ちゃんのいうラッキーライラックちゃんとオーソリティくんか」
残りの二人もその馬名には得心する。
さて次はと源司と稟音が、さらに予想を重ねるべく、吐露する。
「後は馬券の種類と……」
「買い目かぁ……」
「その前に、お二人にはお話がありますぅ!!」
イキナリ、久美が稟音の会話を勢い良く遮る。
「私、昨夜は雪乃さんちにお泊りしましたぁ。朝は美味しいモーニングを頂きましたぁ……」
アレだけ飲んで酔い潰れたにしては元気な娘だと、稟音が独り言ちる。

「……でもぉ、源司さんと稟音ちゃん、二人っきりで何したんですかぁ?」
ほろ酔い加減の久美が目線を厳しくし、先に帰った源司と稟音へ震える指を突き付けた。
「久美って悪酔いするタイプだっけ?」と、源司と稟音が顔を見合わせる。
その二人が雪乃の喫茶店からの帰りへ意識を戻す。
恋人のように寄り添い身体を温めながら、肌寒い夜道でよろめく足を必死に繰り出して、稟音の家に向かった。
家に着き、リビングルームに入った途端を足がもつれて、抱き合いながらソファーに飛び込んだのを二人は思い出す。
ソファーで朝、稟音が目を覚ますと、昨日の服装でブランケットの暖かさを最初に感じた。
隣では源司も帰った姿で毛布に包まり、寝ていた。
帰宅するなりの爆睡を想起する稟音は含みを零すと、源司も連れて笑いを吹く。

「あぁ、ずるい、ズルい、狡いですぅ」と久美が嫌らしく悲しげが混じる目線で二人を刺しながら「二人だけで何したんですかぁ、昨夜はぁ?」と顔を近づけた。
「昨日のホープフルステークスの回想は……」
話題を切り替えようとする源司に稟音が口を重ねる。
「……来年のクラッシクを占うのに重要だよな」
二人の台詞を無視し、目と口を真ん中に集め歪める顔の久美は、泣き崩れそうだ。
マズイと思った源司と稟音がダイニングへ走り、冷蔵庫とワインセラーから小箱と瓶を取って返る。

「これ食べない?」
タイミング良く源司が突き出したのは、イチゴとチョコの小さなホールケーキだ。
昨夜、雪乃の店を後にした時、「がんばれ♡」と土産に貰ったケーキだ。
帰宅の際、リビングでもつれた時も源司が守り抜いた一品だった。
雪乃も応援がこの扱いと分かれば「源ちゃん、頑張れって言ったじゃない」との皮肉が聞こえそうだ。

「これも飲もうぜぇぃ」
昨日に引き続きシャンパンを久美の目の前に出現させる。
シャンパンは珍しい小規模メゾンの逸品を持つ稟音がそっと口を切る。
「さて、ホープフルステークスは……」
「もういいですぅ」
背中を震わせ、身がすくむ声を発する赤いゴスロリ娘。
黒いゴスロリが「久美ちゃん」と恐る恐る表情を覗き込む。
「源司さん、稟音ちゃん……」
名を呼ばれた二人が顔を引きつりながら、身体を硬くする。



「ケーキとシャンパンありがとうございますぅ」
満面の笑みが赤いメイド服の久美に良く似合っていた。
「ああ、そう」と拍子抜けの源司が気の抜けた返事を返す。
「よかったねぇ」と稟音も力なく語る。
「源司さんを困らせたくないですぅ」
力強く言の葉を出して、目尻を下げる久美はチョコケーキを出された段階で全てを把握したのだろう。
胸のザラツキを感じる稟音のツインテールと黒いメイド服が、複雑に揺れた。

「ホープフルステークスは凄かったなあ」
冷や汗の源司が今日のG1回顧を口にし出した。
「勝ったダノンザキッドは直線で力強く抜け出してなぁ……」
昨日、「大物」と評した稟音が鼻息を荒くして、「貫禄勝ち」とツインテールを前後に振った。
「……これで三連勝!皐月賞まではノンストップだぜぇ」と気を早くする。
「オーソクレースくんも前目の競馬で、踏ん張りましたぁ」
勝ち馬に食い下がった二着を久美が称えると、嬉しそうにシャンパンを口にする。
「ただなぁ……」
そう源司が嘆息を吐く、一、二、四着で三連単を取り逃していたのだ。
「ま、有馬記念を頑張ろうや!」
口を大きくした稟音、思い切り背中を叩く音もリビングに木霊した。
「その通りですぅ。明日ビシッと決めましょうよぉ!」
久美にまで右腕を打たれた源司は痛い笑いを浮かべて、目を閉じる。

「さてと、有馬記念の馬券はどうするか?」
腕を組み瞑想し呟く源司、シャンパン片手の稟音が胸の内を探る。
「もう決まっているんだろ?」
顔を向けられ問われた男は、静かに頷く。
「どうせ変な馬券だよなぁ」と笑いながら、自らグラスにシャンパンを追加する。
「久美も決まっていますよぉ」
私もと言いつつ赤いゴスロリ娘もグラスを口元へ運ぶ。
苦笑交じりの源司が先に口先を動かす。
「パターンを分けようと思う」
「源司、その意味は?」
「稟音の希望通りさ、キセキをベースに考える……」
漆黒のメイドが思わず唾を飲み込む。

「……キセキとバビットが遣り合う競馬、これが第一シナリオ……」
比較的現実的な馬券で、資金の大半を投ずるという。
「……キセキがスルスルと逃げ遂せた場合が、第二シナリオだ」
「第一シナリオは、フィエールマン中心だな」
真剣な眼差しの黒いメイド服が念を押した。
「どんな馬券ですかぁ?」
赤いメイド服の女の子がグラス片手に問うた。

「三連単はフィエールマン軸一頭マルチで相手はクロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティ」
赤のゴスロリが了解とばかりにシャンパンを呷ると、黒のゴスロリが両手を腰に当て折り曲げて男の鼻先を指さした。
「で、第二シナリオは?」

「三連単のキセキ軸一頭マルチで相手はクロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティ」
キセキとフィエールマンの裏表で、三連単の軸一頭マルチの相手四頭だ。
源司の見立ては、またもや変な買い方だ。
「源司さぁ、フィエールマンとキセキ軸二頭マルチでクロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティにした方がよくね!?」
黒のゴスロリが鼻と鼻を着けて詰問すると「考えておく」だ。
「稟音はどうなんだ?」とシャンパンの香を男が、吐く。

「フィエールマン、クロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティ、キセキの馬連六頭ボックスに決まってるじゃん!!」
天井に右腕を突き上げ、左手を腰に当て黒ゴスメイドが尻を振る。
出た!稟音の必殺技?馬連六頭ボックスだ。
今回は馬連六頭ボックスでも損はしないだろうという想定だ。
近しい二人を横目に「久美の馬券も聞いてぇ」と源司におねだりだ。
「分かった、わかった」と頭を撫でる。

「オーソリティくんとラッキーライラックちゃんのワイドですぅ」
的中を優先したワイドボックスでなく、久美渾身の好配当一点勝負だ。
「よし、決まったぁ!」
叫ぶ稟音が、続いて乾杯の音頭を取る。
三人はシャンパンを喉に滑らせ、次々とパスタとビザを胃の腑に納める。
ツインテを掻き上げる黒いゴスロリメイドは、ソファーで下着が見えそうな胡坐をかく。
シャンパンをグイグイいきながら、繰り返す「当たるといいなぁ」がオッサンだ。
微妙な態度の稟音に源司と赤いゴスロリメイドの久美が、苦笑いと大笑いを繰り返す。
だが、源司の最終馬券が翌日になるのを三人は未だ知らない。

2020年12月27日は有馬記念の当日で、昼近く。
前日の予想大会で三人は酔って眠くなったと、ソファーで寝落ちていた。
先に起きた源司がふと見ると、久美と稟音は厚手の毛布にくるまって寝息を立てていた。
陽光はリビングを暖めるように女子二人の顔に注ぐが、起きようとはしない。
大人しいと、両人は人形のように可愛らしい。
起こすのが勿体ないと思う中年男は、少女たちの寝顔を眺め続けた。
玄関から短い呼び鈴が響く。
何事かと源司の意識が玄関へ向く。

「前田さん、源司さん」
玄関で姓と名を呼ぶ女の声、どこかで聞いたことがあるが思い出せない。
柱の時計は十一時を指していた。
日曜のこの時間に誰が何の目的で稟音の家を訪れ、源司の名を呼ぶのか。
男は呼ばれた方へ、慎重に歩みを進めた。
引き戸の磨りガラスに写るシルエット、身体のラインからスカートを穿いた女性だ。
源司は「稟音の家に知っている女性だとすると」と、想起をフル回転させる。

「入っても宜しいでしょうか」
人を諭すような声音に思わず「はい」と返事し、引き戸をスライドさせてしまった。
メガネが知性を醸し出す三十路の美女がタイトスカートとスーツ、トレンチコートを纏い、佇立していた。
細面を飾る漆黒のボブは佳麗で、コートを着ても身体の綺麗さが分かる。
まるで美魔女だ。

「あの、不動産屋ですが……」
「えっ」
源司は絶句し、息を飲む。
稟音の家をトランクルーム代わりに紹介した不動産屋は、六十絡みの初老の女性だった。
目の前にいるのは女盛りの三十半ばの美女だ。



「何のご用でしょうか……」
源司は玄関前も何だからと家の中へ彼女を誘い、廊下に腰を下ろすのを促した。
礼を述べた女はコートを脱ぎながら、来訪の目的を告げる。
「実は今日起きる時、ご宣託がありまして……」
眉をしかめる源司に心配無いと破顔で応える。
「……今日は競馬で大きなレースがあるんですよね?」
「ええ、有馬記念というG1、いや大レースがあります」
そうですよねと言う彼女はバックに手を掛ける。
所作は優雅で、端麗な姿は酸いも甘いも噛み分けたオトナの色香を今が頂上と漂わせる。
この人も稟音の影響を受けたのか、皆、マイナス二十五歳で現れる。
「今日は私も参加させて頂けませんでしょうか」
美魔女が取り出した一枚の紙、六頭の馬名が几帳面な筆跡で書いてある。

「フィエールマン、クロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティ、キセキ」
フィエールマンのみ赤い丸が付いた馬名を目にする源司は言葉が詰まる。
美女と競馬を観戦するのは悪くはないと頭が巡るが、ここは稟音の家だ。

「有馬記念、観ましょうよ!」
稟音の声音、源司と不動産屋は振り返る。
口許を緩める家の女主人が「馬券が決まったな」と犬歯を浮かべていた。
「不動産屋さん、上がってくださいよ。いつも世話になっていますし」
「そうですよ。源司さんが競馬を教えてくださいます」
稟音に続いて、久美がひょっこりと顔を出した。

「ありがとうごさいます」
しなかやに腰を折る不動産屋、右脇を稟音、左脇を久美が抱えて廊下へと誘った。
美魔女は片目を源司に投げ「よろしくおねがいします」と優しく頭を下げる。
まさか、まさかの来訪者だ。
「久美ちゃん。お茶と競馬観戦の支度ね」と指示する稟音がリビングへと廊下を走り、久美が「お茶は私が用意するので、テレビの準備をお願いします」と連携しながら後を追う。

「三連単は、フィエールマン軸一頭マルチでクロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティ、キセキ」
有馬記念の最終結論を宣言した源司は馬券について、これもご縁だと納得する。

「源司ーっ、競馬しようぜぃっ!」
「早くリビングに来てくださいよぉ」
リビングの入口で元気に稟音がツインテールを振りかざすと、溌溂とした久美が続く。
「分かったーっ」と源司が若々しい返事を発すると、美魔女を競馬観戦のソファーへ誘う。

まずは目先の2020年、最後の競馬だ。
有馬記念に期待しつつ、来年はどうなるのかと頭を巡らせる。

来年、2021年のG1を若返る女性たち、初恋の人である稟音、妻の久美、高校の先輩の雪乃と洋子、そして不動産屋の美魔女と一緒に競馬の予想するのだが、また別な話となる。

今秋から続く、謎めいた展開も未来への期待に胸膨らませる源司だった。


*ジャパンカップ、買い目
源司:
「三連単フィエールマン軸一頭マルチ、クロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティ、キセキ」

稟音:
「馬連六点ボックス、フィエールマン、クロノジェネシス、ラッキーライラック、カレンブーケドール、オーソリティ、キセキ」

久美:
「ワイド、オーソリティくんとラッキーライラックちゃん(^0^)」


第三話、了。

イラスト:みかん

*参考文献
 オトコの娘のための変身ガイド カワイイは女の子だけのものじゃない
 編著者 女装普及委員会
 発行所 遊タイム出版
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